20.rose (ヘンリー×クリス)


その日 ―― イングランド国王の居城は数知れない薔薇で埋め尽くされていた。



「流石にコレだけの薔薇を集めると…圧巻だな」
大抵のことでは動じない ―― ふてぶてしいとも言う ―― ヘンリーが呟くと、側に控えていたジョーノもげんなりとした顔色で頷いた。
「薔薇って女の使う香水の元にもなるんだろ? う〜気持ち悪っ…」
「そうだな。流石にちょっとキツイぜ…」
元々、化粧や香水にまみれた貴婦人相手より、血なまぐさい戦場を駆け巡る方を好むジョーノである。薔薇の咽るような芳香には流石に辟易して、ヘンリーの許しがあれば外聞も構わず逃げ出したいところ。
更に、
「フン、馬鹿馬鹿しい。薔薇などの品種改良に金や時間を費やすなど愚かなことだ。こんなもの、食えるわけでもあるまいが」
「ま、確かに食えはしないが…一応、平和の証っていう名目だからな」
「それこそ片腹痛いわ。俺も貴様もこんな薔薇に縁などないにも等しいではないか」
そう言ってフンと不機嫌そうに顔を背けるのは、「英国の白薔薇」と名高い王妃サマである。
その名も ―― クリスティナ・セト・ローゼンクロイツ・オブ・ヨーク
凛とした姿に蒼穹の瞳。
何者をも恐れず面と向う潔さに、決して媚びない蒼天のごとき自尊心。
正に気高く咲き誇る剣弁咲きの白い薔薇 ―― と言ったところだ。



実はこの日、王都ロンドンでは王家主催の薔薇の品評会が行われていた。
英国王室と薔薇のつながりは古くからあり、特に現国王ヘンリーは赤薔薇ランカスターの血筋で王妃クリスは白薔薇ヨーク家の養女(勿論、れっきとした男だが)という曰くまである。
尤も、先ほどクリスが言ったように、ランカスターの血筋とは言え傍流にすぎないチューダー家のヘンリーと、クリスにいたってはそのヘンリーの策略でヨークの養女にされたというのが事実であるから、別に赤薔薇にも白薔薇にも興味などわかないというのが本音である。
とはいえ、戦争の終結と平和の証という名目で両家の薔薇を掛け合わせるということは、政治的には意味のないこととばかりは言えないものだ。
「ま、いいじゃないか。こんなことで国内の平安をアピールできるなら安いものだぜ?」
そんなまっとうそうな返事をするものの、ヘンリーの本心がクリスを着飾って見せびらかしたということを知っているジョーノにしてみれば、頭の痛いところである。
(ったく、なんでこんなのがいいんだか?)
確かに外見は、並みの貴婦人や令嬢では足元にも及ばないほどの美貌である。
その上、歩く国立図書館といわれるほどの知識量と機略に立ち向かえるものはまず存在しないし、ロンドン塔よりも高いといわれるプライドにいたっては ―― 刃向かえば玉砕・粉砕・撃砕は確実である。



「Oh, クリス。相変わらずの美しさですネ」
ふと気が付くと、いつの間にかクリスの前には片目が義眼のアヤシイ男が立っていた。
かつて、クリスが率いていた薔薇十字団の部下でもあるペガサス・J・クロフォード。王妃となったクリスに、大胆にも大っぴらに口説きにかかる ―― コレでも一応、英国貴族である。
「今度、私の城にも来てくだサーイ。新種のローズティでお迎えしマース」
いつもなら速攻で割り込んでくるヘンリーであるが、どうやらこちらも別の貴族に捕まって、品種の説明を聞かされているようだ。
「…貴様の怪しいクスリ入りの茶など飲めるか」
「おやおや信用されていないようデース。とても残念デース」
無視したつもりがいつの間にか手まで握られて。
それでなくても氷点下のご機嫌が、更に絶対零度まで急降下していくのが伺える。
「一応忠告はしておくぞ、ペガサス。さっさとこの手を離せ」
尤も、以前の「薔薇十字団」総帥という地位にいたときであれば、愛想笑いの一つでもして躱すところであろうが、王妃という立場になっては、そんな猫かぶりは一切見せないクリスである。むしろやりたい放題と言ってもいいくらいであるのだが ――
「Oh! あいかわらずつれないデース。でもそんなところが…」
独特のオーバーアクションで口説きにかかれば ―― 当然、返答は、
「出でよ、イブリースっ!」
―― キシャーッ!
大きさこそはミニチュア版。だがその咆哮とともに放たれる光の渦は、
「あ ―― ったく、またかよっ!」
ぺパガサスもろとも壁の一部が消えてなくなるのは ―― いつものことである。



「頼むからっ! これ以上俺の仕事を増やすなよっ!」
「フン、貴様の生ぬるい警備が足らんのだ。あんな不埒なもの、招く方が間違いであろう」
そういってコレを幸いと離宮に戻りかけるクリスを、ヘンリーが逃がすはずはない。
「…やっぱり、どうせ掛け合わせるならオレとクリスの子供だよな♪ よし、これから子作りに励もうぜ☆」
「冗談ではないわっ! こんな昼間から…。いや、そもそも子供などできるわけがなかろうっ!?」
「そんなことは判らないぜ。なんたって愛があるからな♪」
「そんなものあるかっ!」





Fin.

「rose」といえば…やはりヘンクリ。
でも我が家のアルバ・マキシマは最近元気がないらしい。
ちなみに、ヨーク・オブ・ランカスターはピンクの薔薇です。

一応、赤と白の混合ということ?

2004.12.11.

rainy fragments