22.入浴 (闇遊戯×海馬)


ドアを開けて足を踏み入れると、ひんやりとしたタイルの感触にゾワリと寒気が襲ってきた。
帰宅したときに一度使っているバスルームだが、既に蒸気は水滴に変わって湿度は冷気さえ伴っている。
それを打ち払うように、コックをひねってやや熱めのシャワーにした海馬だが、ふと思い立ってバスタブにも給湯を試みた。
既に時刻は明日となり、日没を懐かしむよりも日の出を待ったほうが早いというもの。
当然ワーカーホリックな海馬であるから、朝から仕事が待ち構えていることは間違いがなく、少しでも眠っておいた方がいいことは判っているのだが ――
「フン、ヤツのいるベッドになど、戻れるか」
口調はあくまでも忌々しく、だがどこかその蒼穹に艶めいたものを残しながらそう呟くと、海馬は忌々しい思いを振りきるように、頭からシャワーの湯をかぶっていた。
栗色の髪がしっとりと濡れて重みを増し、ポタポタと水滴を肩に落とす。その水滴の上にボディシャンプーを滑らせようとして ―― 肌に刻まれた刻印を冷ややかに見下ろした。
「こんなところにまでつけおって…あの節操なしめ」
湯で温められてほんのりとピンクに染まりつつある肌には、それ以上に鮮やかな朱印がちりばめられている。
それはまるで水面に浮かぶ桜の花びらのようでもあり、一つ一つ丹念に刻まれたことを覚えていた。
『ホント、お前ってば感じやすいよな』
『どうせ仕事のときはネクタイを締めてるんだろう? だったら見えやしないって』
『素直になれよ、海馬。次はどこに刻んで欲しい?』
そう、今頃は海馬のものであるはずのベッドで安眠を貪っているだろうあの男は、己のものであるという跡をつけることに異様なほど執着して。
まるでいずれはいなくなる自分の痕跡を、海馬の身体に刻み込もうとしているようだった。
だから ―― 当然、刻むことも注ぐこともためらうような男ではなくて、
その一つ一つを刻まれたときのことを思い出したそのとき、熱めの湯を浴びているにもかかわらずゾクリとした悪寒が海馬の背筋に走った。
「…っ…あっ…」
シャワーの湯に混じって、遊戯が海馬の中に残したものが流れていく。
咄嗟に力が入ってしまったために大した量が流れることはなかったが、だがそれが零れる感触は何度経験しても慣れることはできなかった。
何度も注がれたから、ちょっと気を許せば溢れるほどということは判っている。
だが ―― それはまるで粗相をしているようで、自然に力が入ってしまうのは仕方のないこと。
かといってこのままでなどいられるわけもなく ―― あとは自分でかき出すしかないということも判っているのだが。
「くっ…だから、中で出すなと言っておるのに…!」
言って聞くような男でないこともわかっている。
だから、最初からこんな戯れなど許さなければよいのだろうが ―― それができない以上、認めたくはないが同罪だ。
「…」
あまり時間をかければ、遊戯は自分がベッドにいないことに気がつくだろう。そうなれば、この状況では逃げ場がない。
だからようやく観念した海馬は、片足をバスタブのふちに乗せると、シャワーを片手にとって反対の手を伸ばしかけた、そのとき ――
「いい眺めだな、海馬」
まるで行く手をさえぎるように、遊戯が声をかけた。



「貴様…っ!」
「オレも汗をかいたし、身体が汚れたからな。一緒に入らせてもらうぜ?」
「ふざけるな、俺が先に入っておるだろうがっ!」
「別に二人でも狭くないだろ?」
「…」
「どうした? オレのことは気にしなくていいぜ。続けろよ」
「 ―― っ!」
「それとも、オレがかき出してやろうか?」



―― ピチャっ…
天井に張り付いていた水滴が、その重さに耐え切れず湯船に落下してくる。
そのたびに静まっていたはずの水面に波紋が広がり、ぐったりと遊戯の肩口にもたれかかった海馬の髪を揺らしていた。
「悪いな。節操ナシで」
「判っているなら…少しは自重しろ…」
「それは無理だな。お前を前にして理性なんかもたないぜ?」
元々理性などかけらもないだろうといってやりたいところだが ―― 散々啼かされたあとでは無駄に声を出すのも億劫だから。
「…離せ。もう…出る」
そういって先に上がろうとすれば、しっかりと膝に抱きこまれて動けないことに気がついた。
「そう言うなよ。もうちょっとあったまっていけ。ああ、眠たかったら寝てもいいぜ。ちゃんとお姫様抱っこでベッドに運んでやるから」
そんな事を言われれば ―― いつもなら速攻でナイフの1本も飛んできそうなところなのだが、程よい温もりは確かに心地良かったらしく、
「フン…落としたら、許さんぞ…」
そう呟くと海馬は静かに目を閉じていた。





Fin.

スミマセン、途中で逃げました。
後始末は遊戯か青眼がやるのがウチのパターンなんですが、たまにはその…自分でというのも〜とかとか。

ようするに、いつもは気を失うまでやられちゃっているということですね。
…フォローにならんな。_| ̄|○

2005.03.05.

Atelier Black-White