23.手をつないで (ファラオ×セト)


「まぁ、ありきたりといえばありきたりですけど…」
そう言って笑っていたのは、エジプトにその人ありと言われているアイシスだった。



「…って、大丈夫か? セトっ!」
突然の轟音とともに襲ってきた暗闇に、ユギは慌てて声を上げた。
辺りはそれこそ漆黒の闇。自分の伸ばした手の先が見えないほどというのも事実である。
だが、倒れた自分の上には人肌の温もりと重みを感じており、肩口に触れる髪の感触に手を伸ばしてみれば、
「…っ、煩いわっ!」
―― バシッ!
思い切りダイレクトに振り払われると同時に、決して重くはなかった温もりまで慌てて飛びのいたようだった。
「全く貴様というヤツは…この状況をどうするつもりだっ!」
「どうするって言われてもなぁ。俺だって、まさかこんなことになるとは思わなかったんだぜ?」
「当たり前だっ! 謀っておったのなら、この場で殺してくれるわっ!」
おいおい、これでも俺はエジプトの次期国王なんだぜ? と言いたい所であるが、まぁそれはおいといて。
しかし、流石にこの状況を招いてしまったユギとしても、弁解の余地は限りなく少ないようだ。



そもそものことの起こりは ―― 王子としての公務もほったらかして、どうやってセトを口説き落とすかばかりに気を取られていたところを見かねたアイシスの助言が始まりだった。
「よく言うではありませんか? 危ないところを助けてもらったのがきっかけ、とか」
よくぞ聞いてくれました!(←聞いたわけではないのだが・苦笑)といわんばかりで、いつもの政略の授業とは比べようにならない熱心さで講義を始めたアイシスに、その時点で間違いだったと気づくべきだったのだ。
「危険な状態や緊張した状態にあるとき、人間はどうしても精神的には興奮するものです。ですからそんなときに告白されたりすれば、相手に対する好意と勘違いしてしまうということがあるんですわ」
「だからって、セトを危険な目にはあわせられないぜ」
「別に命の危険ばかりでなくてもよろしいでしょう? 王子なら、一見危険そうに見えて実は全く安全な場所もご存知ではありませんか?」
例えば、ナイルの西岸にある秘密のオアシスとか ―― と、王宮脱走の常習犯であるユギであれば、確かにそれも無きにしも非ずで。
(っていうか、なんでお前がそれを知っているんだよっ!)
と思うのも ―― 遠視能力に長けたスピリアの主である。所詮はお見通しというところなのだろう。
「確かにありきたりではありますけど、それはそれだけ効果があるから使われる手立てなんですわ。是非、がんばってくださいませv」
妙ににこやかにそんな風に言われると、それはそれで何か企んでいるとしか思えないのだが、
「…そうだな。それにアイツのことだ。また仕事三昧でここの所はロクに休んでないしな」
と、とってつけたような言い訳をつけて、王宮を後にしたのがその日の夕方だった。



そのあと、大神殿に潜り込んでセトにディアハを申し込んで。
「どうせなら、もっと広いところで心置きなくやろうぜ? その方が、シモンやアクナディンに邪魔される心配もないだろ?」
「うむ…それは確かにそうだな」
なにせ、仮にも世継ぎの王子。たとえ遊びだからといっても、精霊を ―― それもセトの青眼を呼び出してのディアハになれば、いくら三幻神を呼び出せるユギといっても、無傷でいられることは限りなく少ない。
勿論手を抜いたりすれば速攻+本気で殺されかねないが、それでも極力セトを傷つけまいとするユギとは異なり、セトはそれこそ容赦がないから。
(ついでに、青眼自身も殺る気満々だしな)
そのため、専らセトとディアハをするときはシモンやアクナディンが目を光らせることになり、お互いに全力を出せないという、セトにとっては面白くないことこの上ないというところだったはずだ。
(ま、その分はマハードがいいように遊ばれてるって言う話も聞くけどな)
だから、誘い出すのは割りに簡単で、ユギが良く知っているオアシスに連れ出すまでは簡単だったのだ。
問題は ―― その途中、王家の谷を近道して抜けようとしたことで。
夜の墓地なんてちょっと危なそうかも?という安易な考えで誘い出し、ついでにどうせならちょっと怖がらせてみる(99パーセントありえないけど)のも面白いかもなどと悪戯心を起こしたのが間違いで。
どうやら建設途中で放棄された古い墓の上を通ってしまったらしく、落盤が起きて ―― 気がついたときには漆黒の谷底に落ちてしまったらしかった。



「とりあえず、怪我はなさそうだな?」
漆黒の闇で流石に姿は見えないが、それでもセトの声には何の変調もなかったのでそう聞けば、
「フン、これしきのことで、この俺が怪我などするか」
そう言ってプイっと向く姿まで想像できるようなセトに、とりあえずは一安心する。
尤も、足元が崩れたとき、咄嗟にセトを横抱きにして庇ったのはユギである。寧ろ怪我をしている可能性が高いのはこちらのほうで、
「…そういうお前はどうなのだ?」
「フフン、なんだ。お前が心配してくれるのか? 嬉しいぜ、セトv」
「ば、誰が心配などっ! 仮にも王子である貴様に怪我などされては、この俺が迷惑をこうむるからだっ!」
慌ててそんな風に叫ぶセトだが、どこか照れたように聞こえるのは気のせいばかりではないと思いたい。
(全く、素直じゃないんだからなv)
ついでにせめて顔だけでも見えていれば ―― ツンと取り澄ましつつもどこかはにかんだような表情であることは間違いないと思うから、それが見えないこの状況が少々悔しいユギである。
しかし、
「まぁそうだな。それに…これだけ頭から砂をかぶったら、流石に抜け出したのがシモンかマハードにばれるぜ」
「貴様にとってはいつものことだろうがな」
そんな嫌味を言うことも忘れないセトだが、流石にこの埃っぽさには我慢もならないようで、一刻も早く身体を清めたいと立ち上がれば、
「とにかく、これではディアハどころではないわ。事が大げさになる前に王都に戻るぞ」
「ちょ、ちょっと待てって。無闇に歩くのはヤバくないか?」
「心配するな。青眼が案内をしてくれる」
そう言ったセトの肩には、いつの間にか通常の十分の一サイズの青眼がとまっていた。
流石にその巨体を実体化させれば更に落盤を悪化させかねないという配慮なのだろう。そうでなければ、今頃はユギに向かって爆裂疾風弾の一つも放たれているはずである。
だが、そう言って歩き始めたセトと異なり、ユギは困った顔でため息をついたきり、動く気配はない。
それどころか、
「…まさか、足でもくじいたのか?」
青眼の力でセトの周辺だけは光が蘇っており、その輪のはずれでうずくまっているユギの姿に気がついた。
「まぁ…な。ちょっと着地に失敗したみたいだぜ」
「な…」
ええい、ドジを踏みおって!と、いつもならそう罵倒するところではある。
だが ―― それも思えば自分を庇って落ちたから。
それに気がつかない、セトではない。
但し、
「…どうせ貴様のことだ。なにか良からぬことを企んでおったのだろう? 自業自得だな」
「あはは、相変わらずキツイな。お前は」
だが、そういうセトも ―― どこかいつもよりトーンダウンしているのは事実である。
「…まぁ良い。一応、借りは借りだ。ほら、手を貸してやる」
「え?」
「ここを出るまで、手を引いてやるといっておるのだ。出たらあとはオベリスクにでも運んでもらえ!」
そう言って差し出された白くて細い手はちょっと冷たくて ―― だが、握り返せば確かに人肌の温もりが心地よかった。





Fin.

…長すぎっ! 手を繋ぐというシチュエーションにもっていくのが、めっちゃこの2人では大変です。
却ってベッ○インの方がラク…って、ヲイヲイ。

しかしこの状況、却ってユギの方がラブラブ度が上がったのではないかと思います。
寧ろセトのほうは、ユギを荷物扱いの方が近いかも?

2005.03.13.

Silverry moon light