28.滋養強壮・栄養満点 (ヘンリー×クリス)


ふわりと風が吹き込み、天幕が揺れた。
「ん…」
一瞬差し込んだ光の眩しさに手を翳そうとして、身動きが取れないことに気が付く。
身長こそは自分の方が上のはずなのに、何故か抱かれるとすっぽりと入ってしまう忌々しい腕。そして、憎たらしいほどに自信に満ちて、少し上り気味の口の端が不敵な笑みを浮かべていた。
だが ――
「…疲れているのなら、さっさと大人しく眠っておればよいものを」
挑発してくる赤い瞳は流石に今は閉じられているが、流石にその縁にはほんの僅かに隈ができているのも事実だ。
だから ―― いつもならベッドから蹴落とすところを、そっと肩を抱いて入る手を離して、ベッドの上に起き上がると、
「…っ」
久々の情事に、あられもない場所が悲鳴を上げている。
尤も、声を出そうにも喉も枯れているのも事実で、ゆっくりと息を吐くと床に落ちていたバスローブをまとって立ちあがった。



「ん…っ…クリス…ん?」
寝返りと同時に愛しい人を抱きしめようとして、ベッドの隣が空っぽであることに漸く気が付いた。
「あ…れ? クリス?」
そっと乱れたシーツに手を伸ばせば、辛うじて僅かな温もりは残っていたが ―― 目的の相手はどうやらかなり前に起きてしまったようだ。
「おかしいな。昨夜はいつもよりちょっと無理をさせたと思ったのにな」
そんなことを当の本人が耳にすれば、おそらく「ちょっとどころではないわっ!」と爆裂疾風弾が飛んでくるところだろうが ―― それはそれ。
とあるいざこざで1ヶ月ほど王宮を離れていたヘンリーにしてみれば、アレでも全然足りないぜと思うところである。
それなのに ――
「お目覚めになられましたか、陛下?」
ベッドを覆った天幕の向こうから、かすかな衣擦れの音ともにヘンリーを呼ぶ声がした。
「ああ…イシュタルか?」
「はい」
見なくても、ニッコリと微笑んでいるのだろうということは想像に容易いほどの優しい声であるが ―― こういうときのイシュタルが一番厄介だと言うことはヘンリーも気がついている。
事実、
「お目覚めになられましたのなら、早くお支度をなさってください。既に謁見を待っている特使の方々が広間にてお待ちですわ」
口調はあくまでも穏便に。だが、さっさと動かなければ、引きずり出すぞといわんばかりであることは間違いない。
それが判っていながら、ヘンリーの方はベッドの上に半身を起こすと、大げさに溜息をついて面倒そうに頭を抱えた。
「…あのな、イシュタル。オレは昨日戻ったばかりなんだぜ? 今日一日くらいは休ませてくれてもいいんじゃないか?」
「何を仰います? 十分、昨夜はお楽しみになられましたでしょう? 本来でしたら、昨夜から戦勝祝賀の宴を開くところですのに、陛下がどうしてもと仰るから一日延期したのですよ。お陰で祝辞にいらした特使の方々もお待たせしておりますし、早く謁見の間においでくださいませ」
まるで昨夜のアレコレを見ていたような口調だが ―― 実際、スピリアで見ていたのかもしれない。
一応昨夜は、流石に疲れたから早く寝るといって、この後宮に入ったのはまだ日が沈み切る前。
その際には当然片手にクリスの細腰を抱いており、実際に寝入ったのは東の空が白み始めた頃だった。
まぁおかげで実際の睡眠時間は短くても、心も体もリフレッシュしているのは間違いないのだが ――
「1ヶ月も禁欲生活だったんだぜ? もうちょっとクリスといちゃつきたいところなんだがな…」
などと呟けば、後宮を取り仕切るイシュタルが黙っているはずもない。
「一応申し上げておきますが…このまま祝賀の宴を引き伸ばすのでしたら、こちらへのお渡りはご遠慮願います。陛下の代わりに王妃様に特使の方々のお相手をしていただくことになりますからね」
というか、恐らく特使達にしてみれば、それはそれでもいいのかもしれないが、
「何だと? 絶対にそれは許さないぜ!」
突然ガバッと天幕を捲りあげてベッドから飛び出すと、そのあとのヘンリーの行動は早かった。



「…で、ヘンリーは謁見をしているというわけだな?」
王妃専用の執務室のカウチに寝そべって、クリスは物憂げにイシュタルからの報告を聞くとまるでいい気味とでも言わんばかりに微笑んだ。
「はい、それはもう昨日のお疲れも吹き飛んだご様子で。随分と精力的に政務をこなしておられますわ」
「フン。ヤツだとて伊達に王位に付いたわけではないからな。その気になればあの程度の政務など、容易いものだろう」
「ええ、そうですわね」
何せ、移動にも10日を要する地でのいざこざで、それを短期決戦で納めた挙句の強行軍であったのだ。流石にヘンリーといえどもその疲労は極限に達していたのは間違いなくて。
だが、王都に戻れば留守中の政務や戦勝の祝いなど、やらなくてはいけないことは山積みになっていたのも事実。それを一晩の休息(?)でここまで回復させたのは、ひとえにクリスのお陰としか言いようがない。
尤も、その反動(?)で、クリスの方は動くのも儘ならぬほどのダメージ状態であるようだが。
しかし、
「では、戦勝祝賀の宴は夕方ですので。その頃お迎えにあがります」
「何? 俺にも出ろという気か?」
「勿論でしょう? 貴方は陛下の大事なご正室。お側にいていただかなくては、示しが付きませんわ」
というか、クリスが出なければ ―― ヘンリーもいつ逃亡するか判らないというもので。
だが、見世物になることなど好まないクリスである上に、今日は流石に体調も思わしくない。できればこのまま独りでゆっくりしていたいところなのだろうが、
「そうそう、祝賀の宴が終わりましたら、陛下とご静養がてらアングルシーにいかれてはいかがです? あの地でしたら陛下とデュエルをなさっても構いませんよ」
何せ英国最強の神のカードをもつヘンリーと、ドラゴン族最強の青眼の白竜をしもべに持つクリスである。この二人の本気のデュエルともなれば、それこそ周りへの被害は甚大であり、王宮警護役のジョーノが毎回泣かされているのは周知のとおりである。
それを解禁となれば ―― クリスの闘志に火がつくのは当然のこと。
「フン。その言葉、間違いなかろうな?」
「ええ。なんでしたら証文でも書きましょうか?」
「…いいだろう。だが、祝宴が始めるまではここで休んでいるぞ?」
「ええ、構いませんわ。陛下にもそうお伝えしておきましょう」
そう言ってイシュタルが部屋を後にすれば、休むといいながら嬉々としてデッキの構築にいそしむクリスを思い浮かべるのは容易いこと。



「本当に、陛下も王妃様も、お互いが最高の秘薬ですわね」
そう微笑するイシュタルこそが、英国最強の策士であることはまちがいない。





Fin.

かつてのCM、「24時間戦えますか?」
ええ、うちのヘンリー様もクリス様も、相手が相手なら全然OKです。

尤も、戦う内容が違うけどね。(苦笑)

2005.09.03.

rainy fragments