20.後悔 (ヘンリー×クリス)


そっとベッドに近づき、ヘンリーは恐る恐るその頬に触れてみた。
「…クリス…」
元々白く透き通るような肌の持ち主だが、血の気を失った今は更に青白く冷たく、まるで白磁か白蝋のようだ。その上身動き一つないともなれば、このまま目が覚めないのではないかと不安にさえなってくる。
だが、
「ん…」
ほんの僅かな温もりと、かすかな吐息。
そして、枕元のイブリーズが蹲ったままクリスと同じ蒼穹を向けていた。
「グゥルル…」
まるで大事な雛鳥を守る親鳥のよう。
さながらヘンリーは、その雛を狙う狼といったところか。
しかし、
「判っている。邪魔はしないぜ。ただ…心配くらいはさせてくれ」
「グルル…」
「ああ、そうだったな。これも、元はといえばオレのせいだ」
威嚇してくる蒼穹は、明らかに非難の色が濃い。いや、いつもならそれよりも先に問答無用で攻撃してくるところだが ―― 流石にその気力はないのだろう。
光属性では最強といわれる聖獣だが、いまはヘンリーの手で「収縮」の枷を嵌められたままである。お陰で通常の10分の1にも満たない大きさである上に、その攻撃力もかなり抑制されている。
その上先日の戦で負った傷がまだ癒え切ってはいないし、それよりもクリスと分け合って削った命は、まだ完全には回復していないはずだ。
だから、目の前でさも当然というようにクリスに触れてくるヘンリーを、できるところなら叩きのめして追い出したいところでもあるのに ―― 今は威嚇の視線を向けるしかできなくて。
(ええいっ、クリスから離れろっ! 貴様が触れるなど許されるとでも思うのかっ!)
勿論コミュニケーションなど出来るわけもないのだが、イブリーズがそう叫んでいることなど、ヘンリーにはお見通しである。
しかし ―― それで怯むヘンリーでもなく、
「言っただろう? クリスはオレのものだって」
「グルル…!」
「お前の献身ぶりは判ってるぜ。でも、だからってオレとクリスの仲を邪魔するのは許さないぜ」
尤も、今回は実際に邪魔をされる前に「封印」させてしまっていたのも事実で。
おかげでクリスもかなりお怒りだったが ―― まぁそれはそれ。
「確かにちょっとばっかし無理はさせたが…クリスだって喜んでたのは判ってるよな?」
「グゥ…! ルルル…」
「それを邪魔するお前も悪いんだぜ?」
「グルルっ! グゥ…」
「まぁ、お前が怒るのも無理はないが…後悔はしてないぜ」
そう言って、ニヤリと唇の端をあげて見せれば
「グゥ…キシャーっ!」
当然、イブリーズの苛立ちはマックスになるというものだ。
とはいっても、この状態では流石にヘンリーを叩きのめすこともできないどころか、部屋から押し出すこともできない。
ところが、
「…後悔はともかく、反省はしていただきたいですね」
呆れる様な声が氷の刃となって耳に届き、ヘンリーはサッと顔色を変えて振り向いた。
そこに立っていたのは、英国どころか欧州でも最恐と誉れの高い女魔道師 ――
「イシュタル…?」
ここは王宮でも最奥にある後宮。本来なら何人も立ち入ることなどできないはずなのだが ―― イシュタルにはそんな道理など通用しないらしい。
それどころか、
「申し上げたはずですわ。明日はウェディングドレスの仮縫いがありますから、クリスを寝こませるようなことはなさいませんように、と。既成事実を作ってしまうというのは構いませんが、これでは肝心のクリスが明日は起きられそうにありませんわね」
「そ、それは…」
「折角、当代切ってのゴージャスでセクシーなドレスにしようと思っておりましたのに」
これではまた準備が遅れて、肝心の式もいつになることやらと。わざとらしく溜息までつかれて。
しかも、
「こうなっては仕方がありませんわ。結婚式の準備が終わるまで、陛下には後宮への立ち入りを控えていただきます。よろしいですね?」
「冗談じゃないぜ!」
「ホホホ…悔やむなら、その節操なしなご自身をお恨みなさいませ」



そうして問答無用で後宮から追い出されたヘンリーだが、
「くそう…覚えてろよ! 結婚式が終わったら、それまで我慢していた分を倍にしてクリスといちゃついてやるからなっ!」
どうやら後悔も反省も全くナシのようだった。





Fin.

結婚式が延びるのは困りものなんですが、
それよりもラブイチャができれば幸せなヘンリーさん。
…こんなことばっかりしてるから、なかなか結婚式話が進まないのよっ!
というのは、浅葱の反省点です。(苦笑)

しかし、ヘンリーさんもクリスも、「後悔」というモノからは程遠い性格と思いますね。

2005.11.05.

rainy fragments