31.病院 (闇遊戯×海馬)


「海馬っ!」
ドアを叩き壊すのではと思われるほどの勢いで開くと、遊戯は返事も待たずに部屋に駆け込んだ。
室内は流石に一流ホテルのスィートには及ばない広さではあるが、それなりに豪華な作りに選ばれた調度品が鎮座している。
だがホテルと決定的に違うのは ―― 一番日当たりの良い場所を占領しているのが、セミダブルサイズの白いベッドと言うこと。
「…遊戯? 何故、貴様がここに…?」
そのベッドにビジネススーツの上着を置いていた海馬は、少し驚いたようにネクタイを結んでいた手を止めた。
「怪我したって聞いたから…起きたりして大丈夫なのか?」
「…誰に聞いた?」
ここにいることは極秘のはずで、磯野に命じて社内に緘口令を敷いているはずだ。
だが、
「ああ、モクバだ。兄サマが死んじゃうって泣きついてきたんだぜ? 大丈夫なのか?」
「…大げさなことを。ちょっとかすっただけだ」
口を滑らせたのが社内の人間であれば、即刻クビにしてやるところだが ―― 相手が最愛の弟ならば仕方が無いところ。それに、それだけ心配をかけたと思えば尚のことだ、
尤も、なぜモクバが遊戯に泣きつくのかということについては ―― かなり忌々しく思わなくも無いのだが。
それに、
「怪我したのは腕だって聞いたが…顔は無事だな。ったく、どこの野郎だ、オレの海馬に怪我なんかさせやがって」
いきなり正面に立って頬を包み込むように覗き込まれると、いつもの不敵な紅い瞳がどこか心配げに見上げてくる。そんなことをされればいつもなら速攻で殴り倒しているところだが ―― そんな風に見られることには慣れていない海馬にはどうしたらいいか判らなくて、
「誰が貴様のだと? 勝手に決めるな」
そう言いながら遊戯の腕を振り払おうとするが、その一瞬に秀麗な眉が歪められるのを遊戯は見逃さなかった。
「何がかすっただけだ。3針縫ったって聞いたぞ」
そう言って細い右腕を掴めばそこには白い包帯が巻かれていて、海馬の瞳が凍りつくように睨んできた。
「貴様には関係ないことだ。その手を離せ」
「ヤダな。離して欲しけりゃ、自分で振り払ってみろよ」
「…貴様…」
元々海馬は気が長い方ではなく、特に遊戯相手には怒っているか怒鳴っている方が多いと言うもの。だから睨まれることになど慣れているといえばそれまでなのだが、今日は更にご機嫌がよろしくないようだ。
(まぁそれも無理はないか)
海馬が暴漢に襲われると言うのは、今に始まったことではない。今でこそアミューズメント界の最高峰と言われる会社であるが、海馬コーポレーションは元を正せば軍需財閥であり、その富を得るために犠牲になった者は数知れない。お陰で海馬の代になってもその恨みを引きずるものは存在するし、それを知って殊勝にしている海馬でもない。ついでに言えば、海馬自身もかなり強引に事を進める傾向があるため、敵の数は増えても減ることは皆無に等しいときている。
お陰でライバル会社は山のように存在するから、それらを迎撃しつつ会社を守り立てるために、その忙しさは並みの人間では悲鳴を上げるところだ。
だから、
「大体そんな格好をして…どこに行くつもりだ? まさか会社に戻る気じゃないだろうな?」
つい先週まで海外を駆け回り、漸く日本に戻ってきたと聞いていた。だが帰国してからもその多忙ぶりは相変わらずで、遊戯が海馬邸に忍び込んでも肝心の主は留守と来ていたはず。
「入院するほどの大げさなものではない」
「確かに、怪我自体はそうだろうけど…」
そう言ってもう片方の腕を掴むと、遊戯はそのまま海馬をベッドに押し倒した。
「たかがチンピラ一人、お前が避けきれなかったって方が問題だろ?」
「 ―― っ!」
そう、海馬はその激しい気性に比例して、体術もかなりの腕前のはず。その上、殺気を感じ取るのも素早いし、それでなくてもSPを常時侍らせている。
今回もナイフで切りかかってきた暴漢の存在にいち早く気が付いたのは海馬自身だったのだが、咄嗟に反応が遅れたのは、ここ数日の無理のせいで一瞬立ちくらみを起こしたのが原因だった。
そのことを、恐らく一番忌々しく思っているのは海馬自身であろうから、暗にそれを指摘されれば、当然カッとなるのは手に取るように判るというもの。
「いい機会だぜ、海馬。会社の方はモクバが巧くやるって言ってたから、少しここで休めよ」
「貴様に指図されるいわれは無い!」
「フン…素直じゃないな」
それでなくても体力が落ちているところに、怪我による出血で貧血気味でもある。そんな状態で押し倒されてしまえば、海馬に逃げ道などあるはずも無く ―― 遊戯は手早く海馬のネクタイを解くと、そのままそれで海馬の両腕を縛り上げた。
「あんまり暴れるなよ、海馬。さもないと…傷口が開くぜ?」
「解け、遊戯! 貴様、こんなことをして、ただで済むと思うなっ!」
この状態になれば、最早海馬に逃れる術は存在しない。だがそれが判っていても、媚びたりしないのが海馬瀬人だ。
(ったく、可愛くない…)
流石にこの体勢は不本意だし、何をされるのかと思えば不安にもなるだろう。
だが、キッと睨みあげてくる蒼穹には、絶対に怯えなど見せる事は許されない。
どんなときでも気丈で気高く、そのプライドは揺るがないから。
だからこそ ―― 手に入れたいと切望してやまない、セレスト・ブルー。
「ただで済ませるわけが無いだろ? 相棒は授業中だったんだぜ。それをサボらせたんだからな」
「だったらさっさと学校に戻れっ!」
「ああ、お前を寝かしつけたらな」
そういうと宥めるようにその朱唇を塞いだ。



音を立てないようにドアを閉めると、廊下では心配そうに膝を抱えたモクバが待っていた。
「遊戯、兄サマは?」
恐らく心配で眠っていなかったのだろう。大きな瞳が少し赤く充血している。
「大丈夫だ。今夜はぐっすり眠ってるぜ」
「そっか。良かったぜぃ」
ほっと胸を撫で下ろしたモクバの頭を撫でると、遊戯は広い海馬邸の廊下を進んだ。
結局、夕方には病院を後にして海馬邸に戻ったのはつい先ほど。流石に疲れ切っていた海馬も、このまま明日の朝までゆっくり眠ることだろう。
それはモクバにとっても悪く無い結果ではあったが、ここのところの無理を思えば、一度ちゃんと病院で診てもらった方がとも思わなくも無い。だから、
「でも…どうして退院させちゃったんだよ。ちゃんと病院で診てもらった方が良かったんじゃないのか?」
「ああ、まぁ…気にするなよ。要は海馬を休ませればいいんだろ?」
「そうだけど…」
「また無理をするようなら、今度は入院させるって言ってあるからな。暫くは家で大人しくしているはずだ」
そう言いきる遊戯に、何となく納得がいかないのは無理もない。
何せ最愛の兄サマは、例えモクバが同じ事を言っても、デュエルと仕事に関しては決して妥協などする人ではないはずで。それが遊戯なら聞くというのは ――
「…また罰ゲームでも仕組んだのか? あんまり兄サマを虐めるなよな!」
唯一海馬が認めている、敗者は勝者に従うという不文律。今回も遊戯がそれを振りかざしたのかと思えば、休んでくれるのは嬉しくても、何となく腑に落ちない。
だから玄関で見送りしなにそう叫んだモクバだったが、
「オレが海馬を虐めるわけがないだろう? 存分に可愛がっただけだぜ☆」
そう、病院のベッドに押し倒して数ヶ月ぶりの逢瀬に至って。
ちょっと羽目を外して、その白い肌に誰のものかという刻印を思いっきり刻み付けたものだから、
「貴様っ! こんな痕をつけおって…医者にだって診せられるかっ!」
そう怒鳴り散らす海馬を宥めるために退院を余儀なくされたのは、遊戯と海馬だけが知る事情だった。





Fin.

ちょっとSSとは言えない長さ…ですか?
オチはかなり前からできていたのですが、ソコに至るまでが七転八倒でした。(苦笑)

浅葱には珍しく、強気な闇様。
まぁたまにはいいかな、と。

2005.11.27.

Atelier Black-White