32.そいつはどうかな (ヘンリー×クリス)


「ククク…貴様の悪運もここまでのようだな?」
少し興奮しているのか、白皙にうっすらと朱を交えたクリスは、高飛車に言い放った。
だがヘンリーは全く動じた気配がなく、相変わらずの強気だ。
「そいつはどうかな? デュエルって言うのは、最後の瞬間までどうなるか判らないものだぜ?」
それは、名だたるデュエリストであるクリスも十分に承知しているところ。
だが、相手が特にヘンリーであれば。クリスの気性としては逃げは許されない。
「貴様の口八丁には惑わされんぞ。この状況を覆すことなど、もはやできまい! 行け、イブリース! 滅びのバーストストリーム!」
「キシャーッ!」
クリスの攻撃命令と同時に、今まで寄り添うように尾を絡ませていた青眼イブリースが咆哮をあげる。しかし、
「魔法カード発動、増殖! そして更に、クリボーの特殊効果発動! 機雷化!」
その指令とともに、今までも防備に近かったヘンリーの周りを無数に増殖したクリボーが埋め尽くし、更にバーストストリームの弾道を機雷化による誘発で威力を削いでいく。しかも、誘発した爆発は更にイブリースまでをも飲み込み ――
「キシャーッ…!」
「イブリース!」
無数の爆煙に覆われたイブリースはその巨体を苦しげにのたうつと、さも不本意そうな一つ咆哮を上げてカードに戻った。
それを、呆然と見つめるクリスに、
「…だから言っただろう? 力に頼った戦いは、結構モロイって」
そう言ってニヤリと笑うと、ヘンリーはクリスの繊手をとって、口付けた。
すると、
「どうやら、勝負はあったようですわね」
そう言っていつの間に現れたのか、知らぬものが見れば女神のような微笑とともに現れたのは ―― 英国最恐の女魔道師、イシュタルである。
「やはり…陛下の勝利ですか。流石ですわね」
それでなくても巻け知らずの最強デュエリストではある。だが、クリスがアンティになれば、それこそヘンリーに負けはありえない。
「とにかく、これで約束どおり、フランスにはクリスも連れて行くからな」
「ええ、承知しました。既にご出立の準備も整っておりますわ。あとは王妃様のお支度のみ」
そう、荷造りの方は既に出来上がって。あとはクリス自身の支度のみ。
長く続いた戦乱が平定された英国を、列強は虎視眈々と狙っているのが現実である。だが、当初はここまで早急に回復するとは思っていなかった各国が手をこまねいていた間にもはや戦力では簡単に対抗できない状態であり、そうなれば次に狙うのは政略的なものとなる。
そう、若き国王ヘンリーが戦争まで起こして手に入れた最愛の王妃とはいえクリスはれっきとした男であるから、当然、世継ぎなど産めるはずもない。そのため、そこに目をつけて、政略結婚を申し込む国は後を絶たない状態であった。おかげで今回、フランス国王がヴェルサイユでの舞踏会にわざわざ招待状を送ってきたのも、あわよくばフランスの姫をヘンリーに近づけさせようと言う見え透いた手なのだが ――
「本当は、何にも着ていないお前がサイコーに綺麗なんだけど…それは俺だけの特権だからな。思いっきりゴージャスに着飾って、ヴェルサイユの連中の度肝を抜いてやるぜ!」
「オホホ…それはステキですわ。是非、姑息なネズミどもの鼻を明かしてきてくださいませ」
「ああ、任せておけ☆」
そんな風に何故か盛り上がっているイシュタルとヘンリーの会話に、当のクリスも漸く現実を取り戻した。
「な…着飾るなど聞いていないぞ! 大体、フランスに行くのは親善が目的だろうがっ!」
そうしてヘンリーの腕を振りほどこうともがくが、
「敗者は勝者に従う ―― だったよな?」
「 ―― っ!」
「ちゃんと俺とお前がラブラブの夫婦だって所を見せ付けてやろうな♪」



そうしてクリスが支度をしに自室に戻ると、
「どうせなら…パリだけじゃなくてローマとかアテネとか。あちこち回ってくるのも良いよな」
すっかり気分は新婚旅行になっているヘンリーは、ヨーロッパの地図を広げるとそれぞれの観光地を楽しそうに指で辿り始めた。
「折角の新婚旅行だからな。どうせならゆっくり観光もしたいし」
「…陛下。お言葉ですが、新婚旅行ではございませんでしょう?」
「まぁ硬いことは言うなよ。やっと、クリスも出かける気になってくれたんだぜ?」
何せクリスは戦争まで起こして手にいれた大事な王妃様。勿論、自分だけのものとして独占したいのも事実だが、着飾って見せびらかしたいと思うのもやめられないところ。
「さて…と、そろそろ支度ができたよな? ちょっと見てくるぜ」
そう言って鼻歌交じりにクリスの部屋へと向うヘンリーを見送ると、
(まるで子供、ですわね…)
そうイシュタルが溜息をつきたくなるのも仕方がないのだが ――
そもそも外国で、煩いサイモンやイシュタルがいないとなれば(一応、護衛としてジョーノは同行するが) ―― あのヘンリーが真面目に政務をこなすとは思えない。
しかし、
「…どうせ、私や宰相閣下が同行しないのをよいことに、クリスを寝室に引きずりこむお考えなのでしょうけど…それはどうでしょうね?」



一方、自室に戻ったクリスは、
「くっ…あの、ヒトデ頭め。性懲りも無く、またよからぬ事を企んでいるにきまっておるわ!」
そう文句を言いながらも、ヘンリーからというドレスに身を包むと、それは文句のつけようが無いほどに似合っていた。
その姿は、まさに地上に舞い降りた戦女神。気に入らない国王だが、クリスに対する見立ての目だけは確かなので、イブリースも眼を見張る美しさだ。
そして ―― そんなクリスを、あのヘンリーが見逃すはずも無い。
「そろそろ着替えは終わったか? しかも二人っきりの旅行なんて…ククク…楽しみだぜ☆」
そうスキップでもしそうなほど楽しそうに向ってくるヘンリーの気配を感じて、
「グゥ…グルルルル…」(フン、そいつはどうだか。貴様の思い通りになると思うなよ)
角を曲がったクリスの部屋の前では、ミニサイズとはいえピンポイントでの攻撃態勢に入ったイブリースが待ち構えていた。





Fin.

すっかり気分は新婚旅行のヘンリーさん。
ええ、クリスが付いてきてくれなきゃ、外国なんか行きませんね。
(っていうか、クリスのいないところには、行く気にならない?)

しかし、外交ででかけるとなると…クリスさんは見事な知略で相手を翻弄して、
有利な条件で戦争とか起こしかねない気もするんですが…?

デュエルの細かいところは多めに見てください。
考えていたら、とてもSSにはなりそうになくなったので。(苦笑)

2005.12.31.

rainy fragments