34.モテモテ (ヘンリー×クリス)


「しばらく王妃サマには静養を取っていただきます。お会いしたかったら、陛下はご自分の政務を片付けてくださいませ」
そう言ってイシュタルがクリスを拉致っていたのは、ロンドンに初雪が降った翌日だった。



―― バサッ…
極力音を立てずに舞い降りると、イブリースはその場にひれ伏した。
白銀に覆われた世界は静寂そのもので、まるで一枚の絵のように動かない。
だが、イブリースが見守る先には湯煙の立ち上がる温泉があり、
「どこに行っていたのだ、イブリース?」
「キュゥ…ルルル…」
「まぁいい。そうだ、お前もこっちにこないか? なかなかいい湯だぞ?」
そういう声は湯煙の奥から聞こえてきて、イブリースはちょっと躊躇いながらも波を立てないように入ってきた。
外は再び雪が降り始めた冬に覆われているが、ここの泉は温泉にもなっているため、他より暖かくなっている。実はここはかつてより怪我を負った竜族が傷を癒す聖地となっており、本来であれば人間の立ち入ることは出来ない場所であるが ―― イブリースの主は別格である。
「グゥ…ルルル…」
「ここへ来い、イブリース。ああ、そうだな。少しもたれさせてくれるか?」
そういうと、クリスはその裸身をイブリースの尾に預け、そっと目を閉じた。
正直なところ、クリスがここまで自分をさらけ出すのは珍しい。それは例え最愛の下僕であるイブリースの前であっても滅多にないことで ―― そのこと自体は素直に嬉しいものだが、そうさせている原因を思えば、腹立だしいことこの上ない。
そもそも今クリスを悩ませている古傷も、元を正せば、あの忌々しいヒトデ頭が原因であることは間違いがない。しかも、上手いことを言ってクリスを我が物にした挙句、毎夜毎夜の ―― である。その上、本来すべき政務の殆どは(イブリースの主観で)クリスに押し付けているし。
おかげで流石のクリスもあれやこれやの疲労とこの寒さからくる傷の痛みで体調を崩してしまった。
となれば、おとなしく静養させてやればいいところなのだが ―― 何せクリスはオレのモノvと憚らぬヘンリーである。ほっておけばクリスと後宮にこもって更に政務をないがしろにし、それを見かねたクリスが不調を押して執務をしかねない。
流石にそれは拙かろうと見かねたイシュタルの計らいで、クリスはアングルシーの精霊の森にある城での静養となり ―― 当然、ヘンリーは出入り禁止となっていた。
だが、それでおとなしくしているヘンリーでないことも十分承知している。
だから手下の竜たちにこの辺りの守備を固めさせた上でロンドンまで偵察に行ってきたのだが ――
「グゥ…ルルル…ルルル…」
安らかな寝息さえきこえそうなクリスを起こさないように、イブリースは主と同じ蒼い瞳を森の奥へと向けていた。



アングルシーはイングランドでも有数の聖地である。そのため、ここには邪心を持つものを排除する力が働き ―― 闇の力を持つヘンリーにとっては鬼門中の鬼門であった。
勿論、三幻神の力をもってすればこの地を破壊することも出来なくはないが ―― そんなことをすれば、クリスに離婚を言い渡されかねない。
おかげでオシリスに乗ってきたものの、その下僕は森の入り口に待機させて単独やってきたのだが ―― 当然のように、この地に住むドラゴン族をはじめとする精霊たちから手荒い歓迎を受けたヘンリーであった。
そう、到着するなりエメラルド・ドラゴンにサファイア・ドラゴン、ダイヤモンド・ドラゴンの総攻撃で ――
「全く、クリスがドラゴンに愛されてるのは知ってたが…これはいくらなんでもやりすぎだろうが!」
そう怒鳴りつつも、「ドラゴン族封印の壺」だけは封印しているヘンリーである。
何せ最愛のクリスは…どう贔屓目に見ても自分よりもドラゴンを愛しているだろうから。
ここでそんな禁じ手を使ったら ―― 離婚どころか殺されても文句は言えない。(かもしれない)
「くそう…どうせ今頃はイブリースが我が物顔で侍っているに違いないぜ」
そう思えば ―― 更に焦燥に駆られるというもの。
勿論、クリスがイブリースと浮気するとは思えないが、まかり間違ってということは考えられなくもないし。万が一ということが起こった場合、はっきり言ってクリスがイブリースを選ぶほうが確率が高いし、全ドラゴン族もそれを望むことは想像に容易い。そうなれば、幾ら強大な力を持つヘンリーといえども、そう簡単に奪い返すことは出来ないし ―― そもそもドラゴンたちに刃を向けた時点で、クリスからは離婚通達が来かねない。
と、そんなことを思っていたその時 ――
―― ドサドサドサッ!
通りかかった古い大木の上から、毛むくじゃらの小さな塊が雨のように降ってきた。
「な、なんだっ!…っと、お前は…確か、ブラウニー?」
「クリクリーっv」
以前、やはりこの森の奥にある城で静養していたクリスに逢うためにやってきた際、他の妖精たちが悉くヘンリーの邪魔をしてきたのに ―― 何故か妙に懐いた毛むくじゃらの妖精である。
「そうか、お前たちか。何だ、今度もオレの手伝いをしてくれるのか? サンキューな」
「クリ〜クリクリ〜」
精霊の中でもブラウニーは、気に入った人間にはとことん尽くすというヤツである。おかげで何故か気に入られているヘンリーにとっては心強いことこの上ないのだが ―― 勿論、ドラゴンたちに比べればその攻撃力などたかが知れている。
「全く、これだけ精霊がいるのに、オレの味方はお前たちだけか」
「クリ〜?」
「まぁゼロよりはマシだが…先が思いやられるな」
「クリクリっ!」
「ああ、悪い。お前達だってがんばってくれてるんだよな」
とブラウニーをぎゅっと抱きしめると ――
「…何をしている?」
氷よりも研ぎ澄まされた声が、ヘンリーの耳に届いた。
「え? あ、クリス!」
「貴様…また政務をサボってこんなところで油を売っておるのか?」
「うっ…まぁ政務はサイモンとジョーノ君に任せてきたから、問題はないぜ」
それは自慢げに言うことではないのだが ―― まぁいつものコトといえばいつものことで。
そして、いつもならその途端にキレて怒り出すクリスだが、何故か今日は違っていた。
違うどころか ――
「ほう。それでその精霊と戯れているというわけか。貴様の趣味も理解できんな」
怒るというよりは蔑むというか、呆れ果てるというところか。
そのいつもと違う様子に、、
「戯れてって…いや、これは勝手にこいつらが懐いているだけで…」
「イブリースや他のドラゴンたちは構いもせんくせに…随分と気に入りのようではないか」
いやそれは ―― ドラゴンたちの方がヘンリーを目のカタキにしているからなのだが。
生憎、ドラゴンに対してはことさら甘くなるクリスであるから、誰が見たってわかることでも、そうは認識していないらしい。
それどころか、
「おい、クリス。何を言って…」
「煩いっ! 言い訳など聞きたくもないわ。せいぜい、精霊どもと仲良く遊んで、地底の国にでも行ってしまえ、この浮気モノっ!」
そういうと、縋る隙も見せずにイブリースの背に乗って飛んで行ってしまった。



一方で、残されたヘンリーのもとには、呆れ顔のイシュタルがやってきて、
「あらあら、陛下も随分と思い切ったことをされましたのね。クリスにヤキモチをやかせるなんて…なんて随分な身の程知らずですコト」
自分がドラゴンにモテることは当然としても、ヘンリーが他に目を向けることは許せないクリスであった。





Fin.

我家のルールでは、「ドラゴン族封印の壷」は禁止カードです。
使ったら、浅葱が夕飯を作りません。(コラコラ)

ドラゴンたちにはモテモテのクリスさん。
そして、クリボー系の精霊にならモテる(構ってもらえる)ヘンリーさんです。
でも、ヘンリーが他を構うとクリスさんは機嫌が悪くなるんですよ。
結構、ヤキモチやきさんなんですね。かわいいなぁ〜v

2006.01.22.

rainy fragments