35.賭け (ファラオ×セト)


「新年の祈りが終わったら、陛下が宴にも出席するようにと仰っておりましたわ」
「フン、だったら祈りは一晩中続けてやる。終わらなければ馬鹿騒ぎにもつきあえんな」
「…陛下のことですもの。タダではすみませんよ?」
「フン、ヤツのいいなりになど、なるつもりはないわっ!」
そう言って胸をそらし高笑いとともに神殿の奥に消えて行くセトを見送って、
「そんな事を仰って…賭けてもいいですけど、これは賭けにはなりませんわね」
クククと含み笑いを浮かべたアイシスは、クルリと身を翻して宴の席に戻っていった。



エジプトの新年は、ナイルの氾濫とともに始まる。
そのため、王宮では昨夜は遅くまでその祝いの宴で盛り上がっていたはずだった。
勿論その宴には、若くしてファラオとなったユギも強制参加で ―― おかげでゆっくり新年の祈りを捧げることができたセトは、今朝も早朝から神殿に篭ろうと思っていたのだが、
「仕方がありませんでしょう、セト。新年の挨拶なんですもの。それなりの格好はしていただかないと…」
そう言ってアイシスが持ってきたのは、豪華な絹の衣装に山と積まれた宝石や装身具の類だった。
「ちょっと待て。まさかと思うが、俺にそれを付けろというのか?」
まずは禊を ―― と、沐浴をしている途中というのも不味かった。
「我がエジプトを代表するのです。それなりにゴージャスにしていただかなくては、各国への示しが付きませんわ」
確かに。
エジプトの財力をもってすればこの程度の衣装や装身具は大したことではないだろう。
ただ ――
「だが、どう見てもそれは、女物ではないかっ!」
そう、アイシスの手にあるのは、誰がどう見たって女物の衣装や装身具。
それも誰が用意させたのかは聴きたくもないが、セトの白い肌や蒼い瞳に映えるよう、どれも意匠がこめられている。
ついでに言えば、若干脇のスリットが深めに入ってたり、金の腕輪には守護神としてよく使われるコブラではなく、青眼を模していたりするのは ―― 言うまでもない。
まぁ腕輪は結構気に入っているから、それだけはいいとして。
「どうせあのバカ王子…いや、ファラオの差し金だろう。そんな手には乗らんぞ!」
「…と仰ると思っておりましたわ。でも、素直に御召替えになったほうがよろしいと思いますわよ。賭けてもよろしいですが…」
と、アイシスが言いかけたその時、
「なんだ、セトの着替えはまだ済まないのか?」
まるで遊びに誘うかのようにひょいと顔を出したのは、赤い髪と眼の ―― この国では神にも匹敵すべき存在である、若きファラオ。
だが、神官であるセトは臣下の礼すら取ろうとはせずに、
「やはり貴様か。諸悪の根源は!」
思いっきりそう叫ぶと、キッと蒼い瞳で睨み上げた。
まさしく視線で射殺すとでも言いそうなほどだが、ユギから見れば中々懐かない猫が駄々をこねているようにしか見えないというものだ。
勿論、自分がエジプトのファラオで、本来であれば絶対の存在であるのだが ―― そんなことで屈服するようなセトではない。
「伝えておいたはずだぜ。新年の祈りが終わったら来い、と。こなかったお前が悪いんだからな」
「フン、だからと言って、そんなモノを着る位なら、このままで出てやる!」
「そんな勿体無いことはさせないぜ」
沐浴とは言っても、一応薄絹は身に纏っている。だが水に濡れて肌に張り付いているため、体のラインは手に取るように強調されているし、何よりもあまりに扇情的過ぎるというものだ。
「まぁ何も着ないって言う方がオレとしてはサイコーだけど…他国のオッサン達にまでサービスすることはないだろ?」
「 ―― っ!」
確かにソレは一理あるが、だからと言ってこのファラオの言いなりになるのはもっと気に入らない。
しかし、
「仕方がないな。だったらオレもセトも、今日は具合が悪くて臥せっていると言うことにしてくれ。謁見は明日に延期だ」
そうアイシスに言うなり、ユギは自分の服が濡れることも気にせず、ジャブジャブと水の中に入ると、軽々とセトを抱き上げた。
「な、何をする、ユギっ!?」
「一応、臥せっているってコトにするからな。このまま寝所に篭るぜ。何せ昨夜は一晩中待たされたから、オレも流石に寝不足だ」
等と言ってはいるが ―― ソレだけですまないことも判っている。
「ふざけるな! 俺はこれから新年の祈りに…」
「それは昨夜済ませただろう?」
「それは ―― 」
有無を言わせぬユギの迫力に、流石にセトも次の言葉を見つけられない。
しかも、
「それとも、あれを着て俺と一緒に謁見をして、それからゆっくり休むか? まぁオレはどっちでもいいけどな」
「…ちょっと待て、それは順番が変わるだけでどちらも同じだろうが!」
「フッ、甘いな。先に一休みしてからってことは、謁見のあとにまた休みが取れるってコトだぜ?」
そう言ってニヤリと笑うユギに、セトは言葉を失っていた。



そんな仲睦まじい(?)二人を見送って、
「だから申し上げましたのに。本当に判りやすくって…賭けにもなりませんわ」
そう呟いたアイシスも、今日は休みをとっておいたので自分の部屋へと戻っていった。





Fin.

賭けをしてたのはアイシス姐さん。
「ファラオもお休みなので、私も休みます」ですか?
フフフ、この賭けはきっと、スピリアの特殊能力ナシでも勝ち目100%ですね。

2006.06.25.

Silverry moon light