37.孤独 (ファラオ×セト)


ふと思い出したのは、幼い頃の一場面だった。


あの時も確か、気がついた時には辺りは漆黒の闇に包まれていた。
ちょっと眠っていたうちに真っ暗闇の中に閉じ込められていて、大声で叫んでも、固い壁を両手で叩いても、その声や音が外に伝わることはなかった。
(えっと…落ち着け。よく思い出せよ…)
どうしてこんなことになったのかと焦る気持ちを無理やり押さえて考えようとしても、流石に幼児のことである。理路整然とした答えを見つけることなど出来ようもない。
それどころか、無性に怖くて心細くて、とにかく泣き叫ぶしか出来なくて。
あの時ほど ―― この場に自分独りしかいないという孤独に恐怖したことはなかったと思う。
そう、だから、
「このバカ者が! どれだけ皆に心配をかけさせれば気が済むのだっ!」
突然差し込めた光とともにそんな罵声を浴びせられたあの時を忘れたことはなかった。



(ああ、そうだ。あの時は…ちょっと皆を驚かせてやろうと思って、瓶の中に隠れたんだよな)
王子という身分ゆえに、幼いころからもそれなりに公務は課せられていた。
それが嫌でよく王宮を抜け出したりもしていたのだが、あの時はそれがうまくいきそうにもなかったので、とりあえず近くにあった瓶の中に隠れてみたのだ。
勿論、適当に時間を潰せば、あとは自分から出るつもりでもあったのだが、いつの間にか眠ってしまい、その間に、何も知らない従者が蓋をしてしまったらしい。
元々、貯水用に作られていた瓶である。深さもある上に水が漏れないようにと丈夫にも作られていたため、当然子供の力で割れることなどなく、ましてや蓋までされては声も漏れることはなったらしい。
おかげで、王宮では誘拐かとまで騒がれ、危うく軍隊まで総動員されるかという一大事になるところだったらしい。
それを防いだのが、あのセトだったのだ。



「貴様というヤツは…どこまで皆にいらぬ迷惑をかければ気が済むのだっ! ええ、全く!貴様のようなヤツがいずれは国を継ぐかと思えば、尚のこと腹が立つ。いっそのこと、このままナイルに沈めてしまえば良かったわ!」



王宮中が大騒ぎの中、呼び出されたセトは大まかな経緯を聞かされると、何の迷いもなくユギの入っていた瓶の蓋を開けたという。
まるでそこにユギがいることを、最初から知っていたかのように。
そして、突然の光にユギがほっとしたのもつかの間、散々怒鳴られたのは言うまでもない。
だが、あの時ほど、あの怒鳴り声を嬉しいと思ったこともなかったのだ。
だから ――



「ユギ! 何をするつもりだっ!?」
血の気を失った秀麗な顔がまっすぐに自分を見つめている。
まるで、今にも泣き出しそうな幼子のような表情で。
(ああ、そんな顔、お前には似合わないぜ)
ここまで暴走した闇を封印するにはただ一つ ―― 千年錘を砕き、自らとともに閉じ込めるしか方法はない。
そのことは、六神官の一人であるセトであれば、一番よく分かっているはずだ。
そしてそれは、気の遠くなるような孤独の闇への封印であるということも、だ。
だが、
(いつか…お前が俺を見つけるだろう。その時まで、俺は…)
気の遠くなるような孤独の時も、その瞬間を信じれば待つことはできる。
そう信じて ――
「待っている、セト。時の彼方で ―― 」
「待てっ、ユギっ!?」
いつか巡り合えると信じれば、3000年の孤独も耐えることは可能だろう、と。
そう信じて、ユギは千年錘を砕いた。





Fin.

思いっきり久々なお題SSです。
最初は、単に壺にかくれんぼな話だけのつもりだったのに、気がついたら封印話までいってました。

思うに、本当にこれで孤独になったのはセト様の方ではなかろうか、と。
そんなところまで書きたかったのですが…そうすると締め切りに間に合わない SSにならないから、と。

ああ、相変わらずフォローになってねぇ…。

2007.09.16. 

Silverry moon light