38.遊戯 (ヘンリー×クリス)


「…チェックメイト」
コトリと駒を進めると、クリスはニヤリと微笑んだ。
「え? あ、ちょっと待った!」
「待ったはない」
慌てたヘンリーはすぐに盤面を見るが、クリスの言うとおり、既にチェックメイトである。もし、今の一手を待ってもらったとしても、チェックが免れないことは読んで取れる。
「あー、じゃあ、もう一戦」
「それも断る」
そう言い放つと、すくっと立ち上がった。
それはまるで、椅子が自ら後ろに下がったかのような優雅さだ。
だが、
「それに、貴様には政務の続きがあるはずだ。こんなところで油を売っている暇があるのなら、さっさと執務に戻れ」
言い放つ言葉は氷の刃で、そのまま、まるで「さぁ、さっさとこの部屋から出て行け」とでも言うように、クリスは自らドアを開いた。いや、このまま居座っていれば、そのうち実力行使にだって出てきておかしくはないような剣幕である。
しかし、そこで引き下がるヘンリーでもない。
「おいおい、それはないぜ、クリス。折角の新婚なんだ。もっとこう、ラブラブにしてたって…」
そう、何とか思いとどまらせようと側に寄るが、その瞬間、ヘンリーの喉下に短剣がキラリと光った。
「相変わらず、埒もない戯言を抜かすのはこの口か。いっそのこと、その舌を切り取ってくれようか?」
「いや…それは勘弁;」
流石にコレには手も足も出ず、ヘンリーはあっさりとホールドアップしてみせる。
しかし、
「大体、今の手はなんだ! 貴様がどうしてもというから付き合ってやったというのに、全くやる気がないとしか思えんではないか。あんな初歩的なミスまでしおって…。貴様、この俺を愚弄する気かっ?」
「…いや、俺としてはこう、いつでも側において愛で…」
―― ビュン!
たい ―― といいかけたところで、ヘンリーの鼻先を短剣の刃が掠めた。
「 おわっ! と。危ないぜ、クリスっ!」
「煩いっ! 避けるなっ!」
そのまま再び切りかかりに来るクリスの攻撃を何とか躱すが、その反動で、ヘンリーは部屋の外に位置を変えていた。
それを、恐らくは最初から計算していたのだろう。クリスはすぐさまドアの前に立ち塞がると、入ってこられないように剣先を突きつけて、言い放った。
「言っておくが、俺は例えゲームと言っても、手を抜くつもりはない。どんなものであろうと、勝負と名のつくものである限り、全力で対峙する。貴様のような、いい加減なお遊び気分とは一緒にするなっ!」
そういうだけ言えば、そのまま扉が壊れるのではないかと思えるような勢いで、ドアは硬く閉じられてしまった。



勝負事になれば、クリスは本人も言っていたように手を抜くようなことは一切しない。それこそ、いつもが命がけの真剣勝負そのものだ。
だがその一方で、
「俺だって…手を抜くつもりは無いんだけどな」
何にしろ、勝負と名のつくものでは、クリスの才能は並大抵のものではない。それこそ、ヘンリーぐらいの者でなければ、相手にもならないくらいだ。
だが、そうしてゲームを楽しんでいるときの表情こそ、脇目も振らずに真剣であり、かの佳人の美しさを十二分に発揮する瞬間でもある。
駒を動かす指の動きも流れるようで。
一寸の油断も見逃さないほどに食い入る姿は、まるで宝物を抱え込んだ幼子のように愛くるしい。
しかもそれは、真剣勝負になればなるほどに濃くなるのだから ―― ついゲームもそっちのけで、見入ってしまうのだ。
おかげで、つい一瞬でも引き込まれてしまえば、当然ゲームどころではなくなり、ちょっとしたミスを誘発してしまえば ―― それを見逃すクリスでもない。
「ある意味…アレも反則だぜ」
かくして、ゲームにおいては連敗記録を更新してしまうヘンリーであり、それだけに、
「マジで…羨ましいぜ」
そこまでクリスに真剣にのめりこめられる、チェスの存在までが羨ましい。



「どうせなら…俺のことにのめり込んでくれれば嬉しいんだけどなぁ…」
そんな、それこそ埒もないことを望んでしまいながら、その分、自分の方がクリスにのめりこんでいるということには自覚のない国王だった。





Fin.

ということで、次に転生するときは、「遊戯」(ゲーム)という名にしようとか?
そんな単純な発想の、闇様が結構好きです。(苦笑)
でも、現代になると、社長は仕事の方がよくなっちゃうんだよねー
いやはや、なかなか…
セト・クリス・海馬を振り向かせて釘付けにするのは大変だ;

2007.09.30.

rainy fragments