感じやすい不機嫌  by 東川あや&友利建則様(タカノハ☆決闘者王国)


でないと、何もあげないわ。ねえ、わかってる?



「なあ、遊戯ー。兄サマと喧嘩でもしたのか?」
「……喧嘩? 何故だ」
「何か今朝から機嫌悪いんだ」
遊戯とモクバは、いつものように海馬邸の一室で開発途中の新作ゲームをプレイしていた。どこか途方に暮れたようにモクバがそう訊ね、遊戯も小さく首を傾げた。
「喧嘩なんてしていない。別に何も」
「そうかなぁ。出張から帰って来た時はそうでもなかったんだぜ。遊戯が来てる、って言った時も普通だったし。……ホントに何もなかった?」
「だから何も……」
昨夜は何も『しなかった』のだ。遊戯は瞬く。
仕事の都合でしばらく屋敷を空けていた海馬と二週間ぶりに会った。海馬は自室でも仕事を続けていたから、遊戯は仕方なく、海馬をじっと見ていた。わざと煽るような、舐めるような視線だ。海馬が気付かないはずがない。いつもならどちらかが痺れを切らして、仕掛ける。しかし余程疲れていたのか、海馬は遊戯の視線をさらりと無視し、最後まで何も反応してこなかった。
だから、遊戯も何もしなかった。発情しなかった訳ではない。ただ、海馬は別に欲しくないのか、と。そう考えたら何だか急に癪にさわった。理由らしき理由といえばそれだけだ。
「どうして海馬が怒るんだ」
遊戯は不本意そうに、ぽつりと呟く。
そんな遊戯の横顔を見つめていたモクバは、少々呆れたように、ひっそりとため息を吐いた。
「……そんなの、オレは知らないぜ」



それから数日後の土曜日。
武藤遊戯は海馬邸を訪れていた。すぐ私室に通された遊戯は、明らかに苛々した様子の海馬を前にそっとため息を吐く。
「別に、喧嘩だとか仲直りだとか、そういう話ではない。そもそも喧嘩などと。そんな子供のような真似はしておらん」
遊戯はそう言われて、きょとんとした表情でしばらく考え込んでいたが、やがて納得したように頷いた。
「……ああ、そっか。喧嘩じゃないんだ。だからかな?」
海馬は不機嫌も露に眉をひそめた。
「……含みのある言い方をするな。不愉快だ」
「素直に気になるって言えばいいじゃない。もう」
腹立たしげに口を尖らせる遊戯に海馬は閉口してしまった。海馬瀬人相手にこんな遠慮のない態度をとれる人物はそうそういない。
「もう一人のボクがね、落ち込んでるんだよ、すっごく。海馬くんなら知ってると思うから言うけど、落ち込んで自信喪失してる時のもう一人のボクって、すっごく手に負えないんだ。いい? ひとつ体を共有しているボクとしては、はっきり言ってうっとうしい訳」
「………」
「キミの不機嫌の理由もわからなくて理不尽に感じるんだろうし、自分が意地を張っちゃう理由もよくわからないんだよ、きっと。ほら、世間ズレしてないようなトコ、あるでしょう? 王様のくせにさ。……ううん。ひょっとして王様だからなのかな?」
海馬は始終不本意そうな表情を浮かべていたが、反論する言葉は思いつかないのか、彼には珍しく、遊戯の言う事を黙って聞いていた。
「優しい関係じゃない事は知ってるよ」
遊戯は静かにそう言った。
「二人とも、子供じゃないことも知ってる。……だからさ。たまには喧嘩くらい、ちゃんとしてよね?」
しばらくの沈黙の後。
「……余計な世話だな」
海馬はぽつりと言って、遊戯を見た。
「仕事がある」
「うん。ボクの言いたい事はそれだけ。お邪魔しました」
遊戯はすっかり大人しげな海馬に小さく笑み、部屋を後にした。



海馬邸からの帰り道、遊戯はふと自分の内に気配を感じて苦笑する。
「なあに。聞いてたの?」
「……すまない、相棒」
「ちょっと言い過ぎだった?」
「……いや、お前の言う通りだったな」
「海馬くんも、きっとこういう喧嘩したことないんだよ」
しばらくの考え込むような沈黙の後、ぽそりと呟くような台詞。
「モクバとは、しないのか」
「どうだろう。……まあ、しないかもしれないね。でもさ、兄弟の喧嘩と恋人の喧嘩は別じゃないの?」
今度はどこか間の抜けた沈黙の後。
「……こ、コイビト?」
焦ったような様子が可笑しくて、遊戯は笑った。
「あれ。違った?」
「……相棒……」
「わあ。何赤くなってんのさ、もうー。こっちが恥ずかしいからやめてよね! 変などきどきだよーっ。ボクの体なのにっ」
「………」
「ホント、君たちってよくわかんないなぁ……」
アレとかアレとかアレとかはきっと平気なんだ。遊戯は立ち止まった。
「きっと手を繋ぐ事の方が、死ぬ程恥ずかしいんだろうね」
向き合ってじっと見つめると、小首を傾げる。その仕草が妙に幼くて、遊戯はやはり笑ってしまう。
「何だ? 相棒」
「君たちさ、順番すっ飛ばし過ぎたんだよね。きっと」
「……順番?」
「この際だからさ。仲直り、なんて恥ずかしい事から始めてみたら?」
両方に自覚がないんだから、困っちゃうよねぇ。
遊戯はにこりと笑って、首から下げた千年パズルをぽんぽんと優しく叩いた。



その日の夜更け過ぎ。
ベッドに腰掛け書類に目を通していた海馬は、気配に顔を上げた。
「何だ、貴様か。何しに来た」
何しに来たのか、と訊かれて、遊戯も苦笑しつつ小首を傾げた。
「……恥ずかしい事、かな」
海馬は近付いて来た遊戯を見上げ、書類をサイドテーブルに放り投げた。
「ぬかせ。どんな入れ知恵をされてきたのか知らんが」
言葉が終わらぬ内に、海馬の唇は塞がれる。噛みつき合うような乱暴なキスの後、海馬は余韻を残したままの口の端を上げて遊戯を見た。
「貴様はそれでいい」
「……海馬?」
「お互い様だ、というのだ」
遊戯は引かれるようにまたキスをする。海馬もそれを迎え撃つ。不穏な吐息が混じり始めたところで、海馬が遊戯を押し退けた。
上下する肩もそのままに、低く呟く。
「近くを許す条件だ。よく聞け。そして忘れるな」
遊戯は黙って海馬を正面から見つめた。海馬は静かに言った。
「オレの前で、みっともなく振る舞うな」
遊戯は小さく笑って、海馬を引き寄せた。
「お前も」
「何?」
「素直になれとは言わないが、欲しい時はちゃんと言えよ」
「フン、偉そうに。そもそも貴様がやせ我慢などとくだらないことをするから、オレが不愉快な目に遭わねばならんのだ」
「オレたちは」
遊戯が突然勢い良く海馬をベッドに突き倒し、その勢いのままのしかかった。顔を近付けて低く囁く。
「承知してるはずだぜ。それとも、無理矢理してほしいのか?」
海馬は口の端を引き上げた。
「やれるものならやってみろ」
強気の挑発を、遊戯がからかうように笑う。
「できないと思っている訳じゃないだろう」
「限界のくせに、大きな口を叩くな」
組み敷かれている海馬が、膝を立ててその場所を突いた。不意打ちに、遊戯は小さく息をのむ。
「承知しているはずだ、と。たった今貴様が言ったのだ」
遊戯は小さく笑みを浮かべ、勢い良く海馬のシャツを開いた。ボタンが幾つか弾け飛ぶ。
「サレンダーは認めないぜ」
海馬は小さく鼻を鳴らした。
「お互い様だ」
張り詰めた限界を突破する合図のように。ベッドが軋んで音を立てた。



よく晴れた、ある日曜の午後。
海馬邸の広い庭では、少年が二人、温かいココアを飲みながらしみじみと頷き合っていた。
「確かに頼りになるし、時々ぽーっとしちゃうくらいカッコいいんだけどさ。何かこう、すっごくついててあげなくちゃって気にさせられるんだよ」
「うんうん、わかるぜ。世界で一番頼りにしてるけど、世界で一番危なっかしいんだよな。まだまだ、オレがついてなくちゃ駄目なんだ」
「だけどあの二人って、本気で自覚ないみたいだけど、結構恥ずかしいよね」
「揉まれてる割りに世間知らずなんだ。先行き心配だぜ」
「ホント、いい迷惑。ああいうのさ、世間じゃ何ていうか知ってる?」
顔を見合わせた遊戯とモクバは人さし指を立てて、同時に息を吸い込んだ。
「バカップル!」
よく晴れた優しい午後。二人の少年は、手のかかる大人を笑い合った。






彼は何にもわかってない。

ただ、求めるものが同じだけ。
触れ合い、近付く理由ならばそれでいい。
わかってないなら近付かないで。
場所がどこだって、遠慮なんかしない。

すべてに容赦なく触れるくせに、
私を何にもわかってない。
黙らせたいなら、有無を言わさず。

抵抗できないキスをして。


<了>

『タカノハ☆Web』本館17000HITリクエストにより 浅葱 様に捧げます。
私達を見つけてくださった事、作品を好きになってくださった事に感謝を込めて。
*2003.12.19 東川あやHarukawaAya (タカノハ☆決闘者王国)*
【イラスト:友利建則YuuriTatenori (タカノハ☆決闘者王国)】

Copyright(c)2003 TAKANOHA All rights reserved.




日々のストーカーが功をなし、見事17,000Hitを踏んだお願い品です。
お互い意地を張って機嫌が悪く…そこへモクバや表サマから素直になりなよ的ツッコミが入ると
うれしいです〜という滅茶苦茶なリクだったのですが、思いっきりポイントを突いて頂きました♪

闇海の家内安全(?)はモクバと表さまのフォローにかかってますね♪
東川様、友利様、本当にありがとうございました。またお邪魔させていただきます!


2003.12.24.