Stealth Heart  by 流奈様(Blue Eyes Collection)


「ゆけ,青眼(×3)! 滅びのバーストストリーム!!」

麗しき怒声と共に。
3体の白き龍の口から放たれたのは,白熱の光弾。

グワッシャーァァァン!

直後。
離宮中に響き渡る------破壊の三重奏。

「・・・セト! 本気でオレを殺す気か?! ・・・っつーか,青眼(×3)! 殺る気満々だぜっ!!」
「喧しいわ! 貴様のようなドスケベを生かしておく義理など無いっ!」

湯殿で交錯する双つの声に。
『ああ・・・また・・・・・』と嘆息する,シモン以下側近達だが。

ま〜ったくこれっぽっちも,迷惑などは省みず。
世継ぎの王子とその妃サマは,本日も痴話喧嘩☆驀進中だ(笑)

「殺れ! 青眼っ!!」
「護れ! オベリスク!」

妃サマが,青眼の白龍(×3)を呼び出せば。
王子は,破壊神・オベリスクで迎え撃つ。

既に常人の域では無い・・・この最強夫婦デュエル(大笑)

じゃれ合う(?)本人達には,掠り傷一つ無いのだが。
とばっちりを受ける周囲の被害は甚大である。

バーストストリームの直撃により,浴室の天井は跡形もなく吹き飛んで。
今や完璧に・・・・・露天風呂(爆)と化している。

*      *      *

さて。ここで,古代の風呂事情についても述べておこう。

周囲は砂漠でもナイルという豊かな水源を持つエジプトでは,毎日入浴することは,決して贅沢とは見なされていなかった。
神官には1日に4回,長々と入浴する習慣すらあった程である。

後年のローマ帝国では,社交場としての意味も持つ立派な公共浴場が数多く作られているが。
エジプトでは,余程の貧民層以外は自宅に風呂を構え,身体の清潔を保っていた。

もっとも,平均的な庶民の家の風呂場は,石造りの浴槽が置いてあるだけの単純なもの。
だが,富めるエジプトを支配する王家ともなると・・・その豪奢さは桁外れで。
王都・テーベの巨大な宮殿では,ファラオ以下王族の一人一人に,贅を凝らした専用の浴室が設けられていた。

勿論,世継ぎの王子・ユギの妃として遇されている海馬も,例外ではない。

湯殿の基調色は『青と白』

天井や柱はバビロニア製の青タイルのモザイクで飾られ,透明に輝く雪花石膏の浴槽が,白大理石の台座の上に一段高く置かれている。
毎朝,麗しき主の目覚めに合わせ,浴槽から溢れんばかりに湛えられる湯は,数十人の召使いが金銀の瓶を使って汲み入れたものであり,同時に注がれる高価な百合や蓮の香水が,湯煙に雅やかな香気を漂わせてていた。

但し。それも妃サマがブチ切れなければの話だ。

これまでに全壊させた浴室は5つ。
まあ,風呂の1つや2つ壊れたぐらいで,懐が痛むエジプト王室ではないが。
若夫婦のやんちゃぶり(?)を,『良いのう,若いモンは元気があって。ホッホッホ・・・』と微笑で片付けるファラオ夫妻は別格として。
『どうせなら・・・誰にも迷惑の掛からない砂漠のど真ん中でやって頂きたい・・・』(涙)というのが,毎度,野次馬の整理と復旧作業に奔走するマハードあたりの本音だろう。

だが,しか〜し。

唯我独尊vs高慢無敵な二人に,他人の言葉などは届かない。

天井が吹き飛んだ浴室の中。
互いのしもべを侍らしながら,今も一触即発の状態は続いている。

*      *      *

「風呂とは本来,身体の清潔を保つ為の場所だ。淫らな行為に及ぶ場所では無いわっ!」

額に張り付く髪を煩げに払い除けながら,海馬は王子を睨み付ける。

湯で暖まった肌は上気し,ほんのりと桜色。
濡れた睫毛に縁取られた蒼い瞳は,更に艶を増して・・・壮絶なほどに美しい。

細い肢体には,青眼が銜えて寄越した薄物を巻き付け,王子の眼から隠すようにしているのだが。
はだけた胸元やらチラチラと垣間見える美脚やら・・・・・はっきり言って逆効果。

『これで勃たないなんて・・・男じゃないぜ(ドン☆)』というのが王子の内心の叫びだ(笑)

「どうせこの後,色々とグチュグチュになるんだし・・・だったら,此処の方が綺麗に洗い流せて便利だろ?」
「き・・・貴様〜っ!(赤面)  卑猥な擬音で勝手に妄想を進めるなーっ!!」

既に何度も身体を繋げている仲なのに。
いつも初めての時のように・・・耳まで真っ赤になって。

怒鳴り返してくる海馬の姿は,可愛さ一杯。
速攻自分の手で,その全てを蕩けさせてやりたいと決意する王子である。

『グルルルル・・・・』(バシュッッ----!)
「遅いぜ,青眼(×3)!」

パワーは有っても,小回りが利かないのが巨体の弱点。
ニヤリと不敵な笑みを浮かべ,紙一重で床のモザイクを粉砕していく光弾をかわすと。
王子は風のように海馬の懐へと入り込む。

「クッ・・・離せっ,馬鹿者!」
『キシャーッ!』
「止めておけよ・・・セトに当たるぜ☆」

『瀬人ちゃんを離せ! この・・・ヒトデ頭っ!!』と唸る青眼達だが。
大切な主は,今や王子の腕の中。
ここで攻撃すれば,巻き添えになるのは確実で。
口惜しいが・・・威嚇の叫びを上げてみせるしか方法はない。

「ええい,オレに触るな! 近寄るな! 貴様の性欲処理に付き合う気などま〜ったく無いわっ! ・・・---やっ・・・!」

思わず漏れた悲鳴は,欲を誘う呼び水となって。
巻き付けただけの薄物など,悪戯な指を遮る楯になるハズもなく・・・
王子はユルユルと海馬の肌を辿っていく。

「大丈夫・・・その気が無くても,ちゃ〜んと感じさせてみせるぜv」
「勝手な言い草など・・・聞く耳持たん・・・・っ----!」
「身体の方は正直だよなv ほら・・・もう濡れてきてるぜ」
「は・・・あっ-----・・・!」

的確にポイントを衝く指に,ガクリと膝が沈む。
甘やかな声が,耐えるように眉根を寄せる白皙の美貌が------海馬の身の内に潜む熱を映し出す。

けれど,その瞳にあるものは,決して快感だけではなくて・・・・・

「・・・どうせ・・・・・孕むこともないオレなど・・・・・貴様の気紛れにすぎんのだろうが---っ!!」
「・・・セト・・・・・?」

誇り高い蒼が・・・気弱に揺らいだようにも見え。
王子は『・・・?』と首を傾げたのだが・・・・・

ドガッ☆

「・・・ぐ・・・あ・・・・・」

その一瞬が命取り。
肘鉄が容赦なく鳩尾へと入り,思わず王子は拘束する腕を解いてしまう。

『キュ,キュウ〜v』

スルリと抜け出た細い身体に。
青眼達は,しっかと尻尾を巻き付け,鉄壁のガード体勢に入る。

無論当然,攻撃表示は続行中だ。



「殺れ・・・青眼!」
「ちょ・・・ちょっと待てって------セトっ!」(汗)
『キシャアアーッ!』(×3)



主の非情な命令一下。
バーストストリーム3連弾によって。

王子を巻き添え(?)に------本日,通算6つ目の浴室が全壊したのだった。





「また,綺麗サッパリと・・・壊したものですねぇ」

華麗なる浴室は,今や瓦礫の山。
青きモザイクで飾られた柱も,雪花石膏の浴槽も。
怒りのバーストストリーム(×3)によって,粉砕・玉砕・大崩壊☆
その惨状をチラリと一瞥し。

「王子は殺しても死なないほど御丈夫で何よりですが・・・建物は,そうもいきませんのよ」

さりげに毒舌を吐きながら,ニッコリと微笑む(←怖っ!)のは。
美しき女神官長・アイシスだ。

王宮にて密かに囁かれる・・・『触らぬアイシスに祟りなし』という不文律。

王妃の代理人たる彼女は,後宮の差配をも取り仕切る『影の最高実力者』で。
『その逆鱗に触れれば,大臣ですら首が飛ぶ』と噂される女傑である。
大胆不敵,傲慢不遜な王子といえども,彼女の意向に逆らうのは得策ではない。
(何しろ・・・『夜の営み禁止!』という過酷なる罰ゲームを下された前科もあるのだ)

愛しい妃サマ(海馬)とのラブラブな夜を守る為,ここはひたすら低姿勢。

「分かっている。以後は自重しよう・・・」

表情を引き締め,重々しく宣誓してみせる王子だが。
その内心で・・・『次こそは,ぜ〜ったいに! お風呂場Hに持ち込んでやるぜ☆』と叫んでいることはバレバレである。

つい先日までは。

身の内に闇を巣くわせ,何一つ執着することもなかったのに。
炎の色を映す,その紅の瞳には・・・情熱の欠片さえ存在しなかったのに。

運命の蒼・・・海馬と出会って以来,熱愛☆爆愛☆大恋愛。

タウクですら予知できなかった,この波瀾万丈な現実に。

(まあ・・・平凡な日常には,娯楽が必要不可欠ですし・・・・・ホント見ていて退屈しない二人ですわね)

しっかりとちゃっかりと。
バカップル(笑)の傍観者を決め込んでいるアイシスだ。





「けどなぁ・・・・・何か,最近・・・セトの様子がおかしい気もするんだぜ」

『いや・・・恥じらってみせるのは,いつものことだけどな・・・・・』(そこがまた・・・そそるぜv)と続けながら。
あの一瞬,蒼の瞳に浮かんだ翳りを思い出し,王子は首を捻る。

「ホホホ・・・王子も,や〜っとお気づきになられたのですね」
「『も』って・・・アイシス,知っているなら先に言え!」

意味深に笑うアイシスに。
『相変わらず,嫌味で食えない女だぜ・・・』と,声には出さず毒づく王子だが。
この女傑が使役する精霊・スピリアには,あらゆるモノを見通す千里眼の能力が備わっている。
その気になれば・・・宮殿内どころか,遙か辺境で起こった出来事ですら,覗き見ることが可能なのだ。
(大臣でさえ彼女に逆らえない所以である)

だが,しか〜し。

「では・・・申し上げますわ。王子に御結婚話が持ち上がっているのをご存じですか?」

アイシスの口から飛び出してきたのは,正に8ツ星レベルな爆弾発言。

「はぁ〜〜っ?!」

素っ頓狂な声と共に,王子は手にしていた黄金の杯を取り落とす。

「オ,オレがっ・・・?! 誰とーっ!?!」

「確か・・・東方の・・・・・絹の国(セリカ)の姫君だとか」
「ちょっと,待て! そんな話,いつ湧いたっ?! ・・・って言うか,本人の承諾無しに,勝手に持ち上げるなーっ!!」
「あら・・・王族の婚姻なんて,そんなものですわ。個人の意志よりも,国の利益が最優先・・・・・ことに,世継ぎの王子ともなれば・・・数多の国より妃を迎え,国を富ませるのは当然でしょう。『妃はセト様一人』などという綺麗事は,通用しませんわね・・・」
「・・・アイシス」

低い・・・峻厳な声と,鋭い眼光が。
彼女の言葉を遮る。



紅の瞳に・・・それまでとは別人のような気迫を宿し。
王子は,その背に強大な闇の力を立ち上らせる。



「もし・・・それをマジで言ってるなら・・・・・」
「ホホホ・・・勿論,冗談ですわ」

底知れぬ怒気をサラリと受け流し。
アイシスはコロコロと楽しげに笑ってみせる。

『セト様絡みで,本気になった王子とは・・・お手合わせしたくありませんもの』と付け足しながら。



「でも・・・残念ですわね。セリカの姫君は『東方一』と評判の美人だそうですよ」
「フフン☆ オレのセトはオリエント一だぜ! つーか,セトの方が・・・美人で美人で,も一つ美人で,ちょー可愛いvに決まってるぜ」(ドン☆)

惚気モードは最高潮。
相変わらずのバカップルなセリフに。

(ハイハイ・・・もう耳にタコができました)
と,内心突っ込みながら。

「では,僭越ながら・・・このお話は,私の方で無かったことにしておきますわ。きっと,欲深いネズミ達が勝手に仕組んだことでしょうから・・・・・」

王子に向かって,にこやかにアイシスは申し出る。

おそらくは・・・否,きっと。

女傑の本領発揮☆なアイシスは,スピリアの情報を元に粛正の風を吹かしまくるのだろう。
大臣でさえ首にするという噂は,伊達ではない。
敵に回せば,破滅は必定。

しかもあれで・・・彼女は,かなり海馬を気に入っているのだ(笑)



「う・・・良きに計らってくれ・・・」(怖・・・)
「御意・・・」



優雅に一礼し,立ち去る後ろ姿を見送りながら。

『触らぬアイシスに祟りなし』という不文律を再確認する王子だった。





「クッ・・・あの馬鹿が〜っ・・・!」

シュバァァア・・・!と風を切り。
海馬は,細身の短剣(ダガー)を怒りと共に投げつける。
その攻撃対象となったのは,等身大に近い大きな縦型のクッション(赤&黄色)だ。

ドスッ! バスッ! グサッ!

『キュ,キュウ〜!』(セトちゃん,落ち着いて・・・)

通常サイズの10分の1程に縮小した青眼達は,宥めるようにスリスリと鼻面を寄せているのだが。
6つ目の風呂場を全壊させた主の怒りは,今だ収まってはいないようだ。

「何が・・・『妃はおまえ一人』だ。オレが宮中の噂を知らぬとでも思っているのか,ユギ・・・」

艶やかな朱唇から零れるのは・・・麗しくも怒気に満ちた低〜い声。

「フン・・・やはり,貴様は・・・・・単に見境無くサカるだけのスケベ男だな。ならば勝手に,妃でも妾でも迎えるがいい! 毎朝毎晩の・・・貴様のアレコレが止めば,こちらもゆっくり休めるというもの。あの阿呆面など・・・・・いっそ見ない方が清々するわ!」

王子への怒りに轟々と吠えまくる・・・その一方で。

ズキリ・・・と胸を刺す痛みに。
海馬は一瞬,その秀麗な顔を歪ませる。

・・・・・これでいい。
これで,全ては丸く収まるだろう。

自分はいずれ・・・ここから消え去る人間なのだから。

『ず〜っと,一緒にいようぜv セト・・・』

何度,王子が囁こうと。
その腕の中で・・・幾度,夜を明かそうと。

いつか------在るべき時代へと還る日はやってくる。

だから,あいつが・・・・・
別の------オレ以外の誰かを必要とするならば・・・それでいい。

いつか・・・オレが消えてしまっても。
運命のその日が訪れても。

どうか,悲しむことの無いように------





「オレを・・・忘れてしまえ・・・・・ユギ・・・」

ポツリと漏れた・・・小さな呟きに。

「そりゃ,何とも勿体ない話だぜ・・・」

唐突に,誰かの声が加わってくる。

*      *      *

ここは,厳重に警備された王宮の・・・更に奥となる離宮。
王子の命を受けた者以外,決して中には踏み込めぬハズだ。

けれど。

「おひさァ〜って挨拶すべきかな,お姫サマよぉ・・・」

右の頬に大きな傷を持つその男は・・・いとも容易く海馬の部屋へと入り込んでくる。

「・・・! 貴様,あの時の・・・」
「盗賊王,もしくはバクラって呼びな。・・・いや〜,怒り顔も美人だけどなァ,憂い顔ってのはモロに股間を直撃するぜ☆ ヒャーハハハハ!」
「黙れ!盗賊!! 青眼っ,こいつを・・・!?」

滅びのバーストストリーム!と叫び掛けて。
海馬は,あっ・・・と言葉を失った。

さっきまで傍らにいた青眼達の姿が,まるで煙のように消え失せてしまっているのだ!

「ああ・・・・・オレ様,今・・・『ドラ除け』の結界張ってるからなぁ。ドラゴン族の精霊共は強制的にフィールドから取り除かれるって訳だぜ。勿論,お姫サマの青眼もな」

バクラは,海馬の眼前でヒラヒラと一枚の呪符を振って見せる。

「あんたが・・・アビドスの聖なる乙女の再来,『青眼の白龍』の使い手ってのは,今やオリエント中のジョーシキだぜ。それなりの罠を張るのは当然ってモンだろ」
「クッ・・・ならば・・・・・」

今だクッションに突き刺さっていた短剣。
それを素早く右手で引き抜くと。
海馬は,バクラの首筋を狙って横薙ぎの一撃を加える。

だが。

「アブねぇアブねぇ・・・こんな物騒なモノは,ケガしない内にしまっときな,お姫サマ。こ〜んな剣ダコ一つ無い綺麗な手じゃ,人殺しなんてできねぇよ」
「・・・放せ・・・貴様・・・・・っ痛・・・!」

手首を掴み捕り,紙一重で刃を止めたバクラは,ギリリと・・・その指に力を込めてくる。

カツーン・・・・

捻られた海馬の手から短剣が滑り落ち,床へと転がった。

「さあて・・・オレ様に刃を向けて生きていられたヤツは,今まで一人もいなかったがなァ・・・」

短剣を部屋の隅へと蹴り飛ばし,海馬の耳元で低く凄むバクラだが。
その言葉とは逆に。
あっさりと・・・掴んでいた手を放してしまう。

もっとも,反動で海馬自身が長椅子に倒れ込むことは計算の上だ。

「ククク・・・お姫サマは例外ってヤツか・・・」

余裕の笑みを浮かべ,『まあ,壊すには惜しい上玉だぜ』と続けるバクラを。

「その油断が・・・いずれ貴様の命取りになるぞ,盗賊! この屈辱は,必ず晴らしてくれるわっ!!」

媚びることも,命乞うことも知らない・・・凄艶なる蒼の瞳が睨み上げてくる。



そこに在るのは。

造形の神が御業の粋を集めたような・・・絶対の美。
高貴さと不遜さに彩られ。
圧倒的に不利な状況であっても,決して膝を屈しようとしないその矜持。

一目見れば分かる。
この佳人は,王の花園で愛でられる為だけに咲く・・・たおやかな華ではないのだと。


共に闘える強さと。
共に滅びる潔さを秘めた------宝玉の中の宝玉(ジェム・オブ・ジェム)
美と闘いの女神・イシュタルの化身。

囲い込むバクラの腕に,知らず知らず力がこもる。

------拘るのは,盗賊の本能かもしれない。

天よりも高い己が審美眼に適うだけの価値を。
目の前の存在は,十二分に備えているのだから。



「ところで,お姫サマよォ・・・みょ〜なウワサを東の方で聞いたんだがなァ・・・」

海馬の両の手首を掴み,椅子に縫い止めたまま。
バクラは,本題の口火を切ってくる。

「エジプトの世継ぎの王子サマが,絹の国(セリカ)の姫を新しい妃に迎えるって話・・・知ってるか?」
「・・・それが,どうした」

皮肉な笑みを形作る朱唇から零れるのは。
凍り付くような・・・低い声。

「フン・・・妃でも妾でも,勝手に好きなだけ迎えるがいいわ。あの・・・下半身無節操男が何処で何をしようと,オレにはま〜ったく関係ない!!」

吐き捨てるように叫ぶ海馬の蒼い瞳が。
けれど・・・一瞬,揺らいだようで。

「貴様も同類だろうが,盗賊。単に・・・この眼の色,肌の色が珍しいだけ・・・・・そんな気紛れに,オレを巻き込むな! 大体,世継ぎとやらが欲しいなら・・・初めっからまともな女を選んでおけっ!!」

その怒りに満ちた叫びは。
眼前のバクラにというよりも・・・今,ここには居ない『同類』へと向けられている気がするのだが。

「・・・ハァ〜,分かってねえよなァ・・・・・お姫サマは・・・・・」

毒気を抜かれたように,バクラは大きく溜め息を吐く。
同類扱いされるのも不本意だが。
あの王子がつまらない女と引き替えに,この生きた宝玉のような佳人を手放す馬鹿とも思えない。

まあ,どこの国にも・・・後ろ暗い取引で己の利を図ろうとする輩はいるものだ。
大方,王家の血統を守るという名目で腹黒い狸共が画策したんだろうよ・・・と見当を付けるバクラだが。
それを海馬に説明してやる程,己がお人好しでないことも自覚している。

棚ボタであっても,これは千載一遇なチャンス。
極上美人をマジに口説くってぇのも悪くないぜ。

「アンタ,自分を過小評価してねぇか? つーか,美人の自覚無さ過ぎだぜ・・・」

憮然とした表情で見上げている海馬に向かって,バクラはニッ・・・と微笑んでみせる。

「お姫サマは特別だぜ。どんな女も代わりにはなれねぇよ・・・」
「・・・何が言いたい,盗賊・・・・・はっきりと分かるように言え・・・!」
「フフン・・・オレと組まねぇか,お姫サマ。つーか,オレのモノになりな。で・・・ガツンと一発,あの王子サマにくらわせてやろうぜ・・・」
「却下だ!」(怒)

これ以上ない直球な(笑)プロポーズに,速攻で返ってきたのは。
これも紛う事なき否定の怒声。

「フン・・・良く聞け,盗賊!オレは他人の力を当てにするほど,愚かでもお人好しでもないわっ!! あの阿呆の息の根を止めるのは,このオレ一人!!! 貴様の手を借りる気など毛頭無いっ!」

高飛車に言い放った海馬の蒼き瞳には,拒絶の色しか存在しない。

(つ〜まり,翻訳すると・・・お姫サマはあの王子にぞっこんってことかァ・・・・・)

『いや・・・最初っから分かってたけどなァ』と,バクラは内心で一人ごちる。

愛してるとか,好きだとか・・・陳腐でお決まりなセリフは。
この高慢無敵なお姫サマには似合わない。
その朱唇で『殺す!』と罵られる方が・・・何倍もゾクゾクさせられるに決まってる。

しか〜し。
美人の自覚どころか,自分の気持ちさえ気付いていないチョー天然ぶりに。
『きっと・・・王子も青眼(×3)も苦労してるだろうぜ・・・』と,思わず苦笑が浮かんでくる。

それも,まあ・・・絶世の美人を頂く幸せのウチだろうがなァ・・・



「アンタ,やっぱ・・・極上v ここは盗賊王の名に懸けてでも,盗み出すしかねえよなァ・・・」
「ええい! 寝言は寝てから言え!! オレは,貴様ごときに盗み出されるようなモノではないわっ!」
「うわ,寝てからって・・・オレ様,誘われてる?」
「貴様ァ〜! 絶対に殺す!!」 

のし掛かってくるバクラを押し戻しながら,叫ぶ海馬の声に。

「・・・その前に,オレがぶち殺すぜ!」

聞き覚えの有りすぎる・・・低〜い声が続く。



「ユギ・・・」



背後に破壊神を従えて。
闇のパワー全開な王子がそこにいた。





「よォ・・・王子サマ。意外と遅いお出ましじゃねーか」

長椅子に海馬を押し倒したまま。
バクラは視線だけを入り口に向ける。

怒りのオーラを背負い,そこに仁王立ちしているのは。
世継ぎの王子・ユギその人。

「貴様ァ・・・オレのセトに触るんじゃねぇーっ!!」
「ヒャーハハハ! 触るって・・・こうかァ〜?」

ペロリ・・・
バクラの舌が,これ見よがしに柔らかな耳朶を舐め上げた。

「や・・・っあ・・・!」

弱い処を衝かれ,思わず漏れた己の甘やかな悲鳴に。
海馬の白い肌は羞恥で色付き・・・切れそうな程に強く唇を噛み締める。

その艶やかすぎる光景に。

「殺す! 絶っ対に殺す!!」(怒)

ブチン!と盛大な音を立てて,王子の中で何かがブチ切れた。

「出でよ! オベリスク!! あのコソ泥を粉砕するぜっ!!!」
「ククク・・・ディアバウンド! 迎撃してやりな!!」

交錯する双つの声に命じられ。
闇のしもべが,異界より召喚される。

無限大の攻撃力を宿す,破壊神オベリスクと。
神の能力さえも取り込む,精霊獣ディアバウンド。



もしも・・・制約無しに,正面からぶつかり合えば。
互いの放つエネルギーの反発によって。
部屋どころか,この王宮そのものが消滅しているところだろう。

しか〜し,幸いな(?)ことに。
海馬は今だ,バクラの腕の中。
いわゆる・・・お姫サマ抱っこ状態(爆)。

「降ろせ,盗賊っ! オレは荷物ではないわーっ!!」
「ヒャハハハ・・・気ィ入れてしがみついてろよ,お姫サマ! ケガしないようにな!!」
「誰がそんなヘマをするかっ! 貴様こそ下手に避けて・・・セトに当てんじゃねぇぞ!!」

三者三様の・・・喧騒の中。
ゴッド・ハンドクラッシャーと螺旋波動が,幾度も宙で激突する。

・・・が。
当然,王子は海馬を避け・・・その威力を緩めているし。
バクラはバクラで,腕の中の佳人に傷一つ付けぬよう,庇うことも忘れない。

故に。二つの衝撃波の威力は,本来の十分の一以下。
床の敷石が,バンバンと音を立てて砕け散る程度なのだが・・・



「チッ・・・危ねぇ!」

壁にぶつかった反動で跳弾と化し。
危うく海馬の頬を掠めそうになった石の欠片を,バクラの掌が受け止める。

「しっかり狙いな,王子サマよォ・・・! お姫サマの綺麗な顔に傷でも付いたら,ヤバイだろーが!!」
「クッ・・・表へ出ろ,バクラ! ここは狭過ぎるっ!!」
「その意見には賛成するぜぇ! ディアバウンド,場所替えだ!」

叫ぶと,バクラは海馬を抱えたまま,窓から外へと飛び出した。
続いて,王子がその後を追う。

新たな戦場は,中庭に面した広いバルコニー。
その手すりの上に,バクラはヒラリ・・・と飛び移る。

「ククク・・・どのみち王子サマに勝ちはねぇよ。・・・まあ,適当に遊んだら,オレ様とずらかろうぜv」
「放さんか,盗賊っ・・・! ええい! 何を躊躇っている,ユギ!! オレに構わず,しっかりと狙えっ!!」

己を挟んでの膠着状態な現状に。
キレた海馬が,身を乗り出して叫ぶ。



その瞬間。

ぶつかり合った衝撃波が軌道を変え。
バクラの足元を直撃した。



「オ,オイッ・・・暴れるなって!」
「セトっ! 動くな!! 落ちるーっ・・・!!!」

不安定な足場に。
思わず体勢を崩したバクラの腕が緩み。
そこから細い身体が,スルリ・・・と抜け落ちる。

下は・・・王宮の中庭。
バルコニーの手すりからの距離は,優に20メートル。
敷石に叩きつけられれば・・・・・確実に・・・命は無い。

「っ・・・あ!・・・・・」

まるで,白い華が舞い散るように。
落ちていく海馬の姿。

「受け止めろ! ディアバウンドーっ!!」
「オベリスク! セトを守れーっ!!」

地上から20メートルの高さにある物体が,地面に落下するまでの時間は------約2秒。



王子とバクラは瞬時に戦闘を強制終了させ,互いのしもべを救助へと向かわせるが。
人ならざる俊敏さを持ってしても,その時間には届かない。



「セトーーーーっ!!」



絶叫する王子の目の前で,セトは虹色の光に包まれ・・・・・





「あ・・・あれは・・・・・」
「も,もしかして・・・・・」

背筋を走る戦慄に,恐る恐る二人が振り返ると・・・・・

そこに立つのは,美しくも怖ろしい女神官長。

「ア・・・アイシスっ! こっ・・・これは・・・・・」(汗)
「ひィ〜っ! 姉上サマが,何故ここに〜?!」(大汗)

『え? バクラ,おまえ・・・アイシスと知り合いか?!』と,ここは突っ込むところだが。
冷や汗タラタラ・・・な王子には,そんな余裕もなさそうだ。

「わたくし・・・申し上げましたわね。王子は殺しても死なない程お丈夫で何よりと・・・・・けれど,セト様は違いますわ。このスピリアがいなければ,今頃どうなっていたか・・・」

アイシスは大仰に溜め息を吐いてみせる。

中庭では,気を失っている海馬を囲み。
出遅れた神官団が,『水だ!』『いや・・・医者を呼べ!』と大騒ぎしているが。
地上に激突する寸前,スピリアの特殊能力『虹の防御壁』で受け止められたせいで・・・どうやらケガ一つ無い様子だ。



「わ・・・分かっている。 感謝してる・・・! おまえはセトの命の恩人だ・・・」
「分かっていらっしゃるなら,当分,離宮へは足をお運びになれませんわね。セト様には,充分な静養が必要ですし・・・」
「うう・・・それは・・・・・」

罰ゲーム再びな状況に,口ごもる王子だが。

「よろしいですわね」
「・・・・・はい・・・」

キッパリと言い切るその迫力に。
ガックリ肩を落として・・・同意するしかない。

その横で。

「・・・怖ぇ〜・・・・・相変わらず怖ぇ〜よォ・・・姉上サマは・・・・・」(ブルブル・・・)
「誰が怖いですって・・・? バクラ・・・」

思わず漏れたバクラの呟きを耳聡く捕らえ。
ニッコリ笑顔で,アイシスは詰問する。

「まあ・・・貴方がオムツを着けている頃から,わたくし知っていますのよ。マリク同様,よくお世話をしたものですわ・・・」
「いや・・・その・・・・・」
「その恩を忘れるなんて・・・哀しいですわね」
「ヒィィィィ・・・! お許しをーっ,姉上サマ・・・!! オレが悪ぅございましたーーーっ!!!」
「分かればよろしいのよ。ホホホ・・・」

『魔女だ! こいつは魔女だ・・・!!』(涙)と涙ぐむバクラだが。
意気消沈した王子に,突っ込めるだけの魂(バー)の余力も残っていない。



「では・・・今夜だけは見逃してあげますわ」



天下無敵の世継ぎの王子と。
悪名高き盗賊王を平伏させ。
慈母のごとき微笑みを浮かべる・・・麗しき女神官長の姿に。

神官団一同が。
『触らぬアイシスに祟りなし』という不文律を再確認したのは・・・言うまでもないだろう(笑)





誰かの手が。
己の髪を・・・頬を撫でる。

ひどく優しくて・・・心地よくて。
その指先から伝わってくる熱には,憶えがあって・・・・・



「・・・ユギ?」

微かな声と共に。
ゆるゆると・・・宝玉にも勝る蒼き瞳が開く。

そこに映るのは。

己を愛すると・・・永遠に傍にいると・・・・・
------誓った男の姿。



「ユギ! 貴様っ・・・」
「しっ!・・・・・静かに」

起きあがろうとする海馬の唇に,己の指先をそっと触れさせて。
王子は声を潜める。

「アイシスに見つかったら・・・やばいんだ。騒がないでくれよ,セト・・・」
「フン・・・貴様が不埒なマネをしなければ・・・・・騒ぐ気など無いわ」
「・・・神に誓って。セトが嫌がることはしない・・・」

いつになく神妙な王子の態度に。
海馬もそれ以上の追求を止め・・・黙って,その行為を許す。

唇から頬へと指先が滑り。
王子の手は・・・再び緩やかに,海馬の髪を梳く。

けれど。

「・・・?」

その横顔は,何処か苦しげで。
指先には,微かな躊躇いがあって。

海馬は訝しげに王子を見上げる。

「オレに触れながら・・・貴様,何に怯えている・・・・・?」
「怯える・・・? オレが・・・・・?」

鸚鵡返しな問い掛けに。

「その震えが,『怖れ』以外の何だと言うのだ・・・」

静かな・・・けれど退くことを許さぬ蒼が,真実を暴く。

「そうか・・・これが・・・・・『怖い』という感情なのか・・・・・」

まるで,自分に言い聞かせるように呟くと。
いきなり,王子は両腕を回し,海馬の身体を抱き寄せる。

「貴様! 約束が違うっ・・・」(怒)

『クッ・・・いつになくしおらしい顔は,オレを油断させる為か?! この・・・ドスケベがぁぁ!』と,喚きかけた海馬だが。



「・・・・・死ぬな・・・セト・・・」

押し殺すような王子の声に。
振り上げられたその腕が,ピタリと動きを止める。

「オレを置いて・・・逝かないでくれ・・・・・」

海馬の肩口に顔を埋め。
くぐもった声で,幾度となく王子は繰り返す。



------震えているのだ。

どんな時でも,不敵な笑みを浮かべ。
抗っても拒んでも・・・最後にはいつも,自分を翻弄してしまう王子が。

腕の中に在る・・・ただ一人を失いかけた『恐怖』に。



「・・・おまえに出会うまでのオレは,心のない人形と同じだ・・・・・喜びも悲しみも無く・・・愛することも憎むことできず・・・・・ただ生きているだけの日々・・・・・民の歓声に笑顔で応えても・・・それは教え込まれた作法の表れに過ぎない・・・・・この身に巣食う虚無の闇は,強大過ぎる力と引き替えに・・・オレから全ての感情を奪っていた・・・」
「っ・・・ユ・・・ギ・・・・・」

息苦しい程の強さで抱き締められている海馬は。
肌に触れる王子の吐息と口付けに,ヒクリとその身を竦ませる。

「セトだけが・・・オレを変えてくれた・・・・・セトがいなければ・・・オレが生きる理由もない・・・・・」
「ち・・・がう・・・・・」
「セトだけでいい・・・・・他には・・・何も要らない・・・」

譫言のように呟きながら,王子はセトに口付ける。
だが,それはいつもの・・・愛しさに満ちたものではなくて・・・



「何処にも行かせない・・・・・永遠に・・・オレと共に・・・・・」

紅の瞳に昏く宿る狂気。
足元からジワジワと広がっていく虚無の暗闇が,二人を呑み込もうと口を開ける・・・



「っ・・・青眼ーーーーッ!」



海馬が叫んだ------その瞬間。
凄まじい光が弾け,3体の聖なる龍が召喚される。

『キシャーーッ!(×3)』

瞬時に青き双眼を主を拘束する闇=王子への攻撃色に染め,怒りの咆哮を上げる青眼達だが。
迂闊に攻撃すれば,海馬も巻き添えになるのは必至。

現状では,攻撃姿勢のまま遠巻きに取り囲み・・・威嚇するしか術がない。



「青眼! 攻撃値を下げて,ピンポイントで狙え! 少々,オレに当たっても構わん!!  ゆけ! 滅びのバーストストリーム!!」

主の命令は,龍たちの絶対。
海馬の一声で逡巡を吹き飛ばされた青眼達は,今だ闇を暴走させる王子に向かって,クワッとその口を開き・・・
光の奔流を炸裂させる。



「う・・・わぁぁぁーーーー!」
「・・っく・・・・・!」

閃光は闇を切り裂き,薙ぎ払う。
王子の身から抜け出ようとした虚無の闇は,聖なる光に包まれ・・・まるで煙のようにかき消ていく。



『キュ,キュゥ〜(×3)』(瀬人ちゃんっ! 大丈夫!?)

胸を押さえ,その場に膝を付いた海馬に。
青眼達は慌てて首を伸ばし,謝るように鼻先を擦り寄せる。

「オレは大丈夫だ・・・戻ってくれ,青眼。」
『キュ・・・』(でも,こいつは・・・)

闇を巣食わせる王子に,青眼達は第二の攻撃を浴びせる気満々なのだが。

「危なくなったら,また呼ぶ。いいな・・・」

3体それぞれに頬を寄せ,安心させるように囁くと。
青眼達は名残惜しげに一声啼き,在るべき界へと消え去っていく。
それを見送って,海馬は王子へと目を向けた。



暴走した闇がバーストストリームの威力を緩和した為,目立ったケガもない。
が,己の身に何が起こったのか把握しかねた様子で・・・ただ茫然と海馬を見上げている。



「オレは・・・何を・・・・・」
「貴様・・・オレを巻き添えにして・・・・・死ねば満足か?」
「・・・!」

単刀直入な問いと逃げ道を許さない蒼き眼差しに,王子は声を失う。

「違う・・・そうじゃない・・・・・」
「違わない。貴様はオレの死を怖れ・・・生きることを放棄しようとした」
「違う・・・!」

縋り付くように王子の右手が伸ばされる。
けれど,海馬は。
ピシリと音を立て,その手を撥ねつけた。

「セト・・・!」
「見損なったぞ! ユギ・・・」

秀麗なるその顔が,怒りの色に染まっている。

「・・・人はいずれ死ぬ。それは誰にでも平等に訪れる未来だ。神に祈ろうが願おうが・・・その理は決して変わることはない!」
「・・・・・」
「それを怖れて,前に進めぬ愚か者に・・・用など無いわっっ!!」

求めていたのは。
対等に闘い,愛し合える唯一の存在。

なのに・・・勝手に怖れて,サレンダーするだとォ・・・・・!

逆に胸倉を掴み上げ。
唇が触れ合うギリギリの処で,海馬は王子に宣言する。

「フン・・・! 本当に欲しいなら・・・何が何でも手放すな! たとえ,相手が死神でも・・・遠慮なく薙ぎ倒せ!! オレの未来に並び立つつもりならば・・・・・神をも越えてみせろ,ユギ!!!」

高慢さと艶やかさを撒き散らし。
女神にも勝る・・・その凄絶なる美貌に。

------目を・・・魂を奪われる



「・・・・・ああ,約束するぜ・・・」



ニヤリと・・・見慣れた笑みが口元に浮かぶ。
同時に,逃げられないよう両腕を回すと。
王子は薄く開かれていた海馬の唇を奪い,中を荒らす。

「・・・ん・・・っあ・・・・・」

何度も何度も重ね合わされ。
息もままならない程,煽られて。
己の身体を支えることもできず・・・海馬はガクリと王子の腕に倒れ込む。



「フフ・・・冥界の神・オシリスも・・・・・セトの前では形無しだな」
「・・・クッ・・・・・貴様等の信じる神など・・・怖れるハズもないわ! ・・・ええい! 離れんか,ユギっ!!」

何とか呼吸を整え,王子を押し返そうと足掻く海馬だが。
悪戯な指先は,既に肌を侵食し・・・快楽に火を付けていく。



「貴様・・・っ・・・・・嫌がることは・・・しない・・・と・・・・・」
「蕩けそうな顔で言うセリフじゃないぜ。セト・・・v それに・・・欲しいなら,何が何でも手放すな・・・だろ?」
「・・・っーーーーああっ!」

思わず漏れた悲鳴の艶やかさに。
埋め込まれた王子の熱が,一際大きく存在を主張し。
海馬の身の内を掻き回す。



「愛してる・・・・・」



時に迷い,怖れ・・・未来を見失ったとしても。
この蒼が標を示すから。

キミと共に歩く未来を信じ。
今を生きる勇気をくれる------

「愛してるぜ・・・セト・・・」

たとえ,心は見えなくても。
この手に触れる温もりは------唯一無二の真実だから。


今を,共に生きていく------





「・・・んっ・・・・・」

窓から差し込む光の眩さに。
海馬は思わず顔を顰め・・・深い眠りの淵から浮かび上がる。

「ユ・・・ギ・・・・・?」

触れていたハズの温もりが,いつの間にか消えていることに気付き。
ゆるゆると身を起こし掛けるが。

「・・・?!・・・・・/////・・・」

起き上がろうと肘をついても,まるで力が入らない。
特に腰から下は・・・自分のものではない位に重くて,怠くて。

その身は再び・・・寝台へと撃沈してしまう。

同時に脳裡には・・・・・昨夜の・・・
散々に焦らされ,喘がされ・・・あげく求めずにはいられなかった己の痴態が浮かび上がり。
白皙の美貌は,耳まで薄紅色に染まっていく・・・・・



「お目覚めですか,セト様・・・」

不意に,涼やかな声が耳朶を打つ。

「ア,アイシスっ・・・!?」
「薬湯をお持ちしました。飲めば楽になるハズですわ・・・」

寝台の脇で,恭しく銀の茶器を捧げ持つ女神官長の姿に。
海馬は狼狽え,思わず声を上擦らせる。



い・・・いつからそこにいた,貴様!?
と言うより・・・・・何処まで知っているんだ?!!(赤面)



コトの後,王子の手によって一応は清められているようだが。
気恥ずかしさは120%。

けれど,逃げも隠れもできないこの状況では・・・渋々と従うしかない。
アイシスの手を借り,ようやく寝台に起き上がった海馬は。
銀の器に注がれた正体不明な液体に,恐る恐る・・・口を付ける。

「・・・・・苦いぞ・・・」
「その分,良く効きますの。それに・・・子供のようなことを仰ってる場合でもないでしょう?」

アイシスは,ニッコリ微笑み。

「『欲しいなら・・・何が何でも手放すな!』・・・ですか。ホホホ・・・大変ご立派な煽り文句ですけど・・・・・相手を選んで使うべきでしたわねぇ」

昨夜のアレコレをズバリ指摘してみせる。

「き・・き・・・貴様っ! 知っていて・・・・・何故,あの馬鹿を見逃したっ!」
「あら,恋は障害が多いほど燃え上がるものですわ。来るなと言えば,あの王子のこと・・・絶対に忍び込むことは分かっていましたから・・・」
「・・・・・/////」

(そう言えば・・・こいつの精霊とやらは,遠隔透視能力があると聞いた・・・・・)
アイシスの精霊・スピリアの特殊能力に思い当たり,羞恥と怒りで絶句してしまう海馬だが。

不意に。
居住まいを正したアイシスは,恭しい拝跪の礼を取ってくる。

「・・・感謝致します,セト様。王子に,『生きろ』と仰って下さったことに・・・・・」
「・・・・?」
「王子に巣くう『虚無の闇』は,諸刃の剣・・・・・本来,人の身には余るものです。一旦,暴走が始まれば・・・世界は破滅へと向かうでしょう。・・・ですから・・・もしも,その時が来たら・・・・・私たちには,宿主である王子を殺すしか方法は無いのです・・・」
「何だと・・・!?」

身体の痛みも忘れて,思わず海馬は身を乗り出してくる。

「私たち6神官と千年アイテムは・・・暴走した王子を殺すために存在します。それは,王子自身もご存じのこと・・・・・どんなに近くで仕えていても・・・私たちは誰一人,『生きろ』とは申し上げられない存在なのです」
「・・・・・」
「でも・・・セト様は違います。王子に取ってセト様は,生きる為の標・・・・・『虚無』が囁く死への誘惑を振り払い,『生』への希求をもたらすことのできる・・・唯一の方ですわ」
「・・・だが・・・オレは・・・・・いずれこの世界から消える人間だ・・・」

眉を顰め・・・その美貌に翳りを落とす海馬だが。

「それでも・・・構いません。セト様は,王子の標・・・・・標が何処に在ろうと・・・ヒトは,必ずそれを目指して進むものですわ」

慈母のごとく微笑みながら,アイシスは宣告する。

「それに・・・あの方は単純ですから・・・・・これで更に殺しても死ななくなったハズですわ。まあ,本っ当!に大変だとは思いますが・・・王子とセト様が睦み合って下されば,我がエジプトは安泰。セト様・・・どうかくれぐれもご自愛なさいませ」

こ・・・この女・・・・・
まさか,こうなることを予測して・・・・・王子を泳がせていた・・・?!

それは・・・つ〜ま〜り〜・・・・・
オレを生贄にして,貴様等はお役御免という訳かっ!
おのれ〜っ!!(怒)

しか〜し。海馬の怒りなど,にこやかに受け流し。
『薬湯を追加するよう,薬師に申しつけておきますわ』と付け加えて,
茶器を取り上げたアイシスは,優雅に退室していく。

あのバクラが,情けなくも・・・『ヒィィィ・・・・姉上サマ,お許しを〜・・・・』と喚いていたが。
やはりそれなりの・・・・・色々あれこれが,あったのだろう。



『触らぬアイシスに祟りなし』

王宮の不文律を,今更ながら思い知らされる海馬だった。

*      *      *

「・・・起きてるか,セト? 腹減っただろ?」

アイシスが消えてから,数分後。
銀の盆を抱えた王子が,足音を顰めて部屋へと戻ってくる。

「色々掠めてきたけど・・・疲れてる時は,やっぱ甘い物かな・・・」

きっと・・・厨房に忍び込んで,失敬してきたのだろう。
盆の上には,蜂蜜を添えたパンやら,瑞々しい果物やら,香ばしい焙り肉やら・・・
二人では多すぎる程の食べ物が,山盛りになっている。

「セトは・・・葡萄好きだよな。オレが剥いてやるから・・・」
「いい・・・自分でできる・・・」

どんな顔をして王子に向き合えばよいのか分からなくて。
思わず視線を落としてしまう海馬だが。

「だ〜め。オレが食べさせたいんだぜv ほら,あ〜ん」

ヒョイと顎に手を掛けた王子は,その艶やかな唇に葡萄の一粒を押しつける。

(な・・・何が『あ〜ん』だ。このオレが・・・そんなこっぱずかしいマネなどできるか!)
海馬の内心は,そう叫んでいるのだが。
満面の笑顔を見ていると・・・意地を張るのもアホらしく思えて。

おずおずと唇を開いて,迎え入れるが・・・・・

「ん・・・っ・・・・・ユ・・・ギっ・・・・・」

葡萄の甘さを感じた直後,王子の唇を感じて・・・・・

「・・・貴様っ! いきなり何を・・・」
「いや・・・旨そうだなぁと思って」
「葡萄が欲しいなら・・・そこにあるだろうが! 全部,貴様が食っても構わんぞっ!!」
「違う違う・・・欲しいのは,おまえの唇の方だぜv ホント,柔らかくって艶々で・・・・・うぷっ!?」
「黙って食え,ユギ! 腹が減っているから,不埒な考えも沸くのだ!! 食欲が満たされれば,性欲も退くわっ!!!」

手近にあった鳥の焙り肉を,王子の口に突っ込むと。
海馬は蜂蜜付きのパンを手に取り・・・申し訳程度に千切っては,口へと運ぶ。

その様子に,安心したのだろう。
王子もガツガツと口を動かし,食べることに専念し始める。



思えば・・・昨夜は,まったく手加減ができなくて。
鬼畜な程に,その白い身体を組み敷いて。
朝の光の中,ぐったりと横たわる海馬の憔悴ぶりに気付き,慌てふためいたのだが・・・・・

ああ見えて・・・意外に,回復力があるのだろうか??



(まあ・・・オレとしては予定外にラッキーだけどなv)

『メシの後は,やっぱ風呂だよな〜v』と,素早く計画し。
食べ終えた海馬が『もう・・・いい』と言うのを待って,王子は新たな提案をする。

「食った後は・・・一緒に,朝風呂しようぜv」
「断る! 風呂に入りたいなら,貴様一人で行って来い!!」
「え〜,一人でなんて楽しくないぜ! それに・・・セトもそのまんまじゃ気持ち悪いだろ?」

スパコーン!

『オレの・・・で,中はグチュグチュだしv』と続けた王子の頭を,海馬の拳がクリーンヒットする。

「言うなっ! この・・・ドスケベがっ!! ひ・・・あっ・・・・!」
「ふうん・・・これだけ濡れてたら・・・・・慣らさなくても入るかな?」

説得の後は・・・強行突破あるのみ。
海馬の腰に腕を回した王子は,夜着の裾から指を入り込ませ・・・秘めやかな蕾を擽るように蠢かせる。

「やっ・・・め・・・・・」
「選べよ,セト・・・オレと風呂に入るか,ここでもう一度抱かれるか・・・・・オレはどっちでもいいぜv」
「あ・・・あっ・・・・・」

『どっちにしても・・・貴様が喜ぶだけだろうが!』と,内心で怒鳴り倒しても。
ジワジワと内側から嬲られる感覚に,身体が勝手に反応して・・・
海馬の蒼い瞳にはうっすらと涙が浮かび・・・壮絶な色香を撒き散らしている。
『これは・・・もう1ラウンド延長かな・・・』(それも,いいけどv)と思った王子だが。

「・・・風呂に入るだけだな。他には・・・何もしないな!」

荒い息を堪えて,海馬は王子に問い掛ける。

「ああ・・・優しく洗ってやるだけだぜv」
「分かった・・・風呂にしてやる・・・・・」

この状況で・・・ヤられるよりも,汗やら何やらを洗い流してサッパリする方が得策だ・・・・・と判断したのだろう。
海馬の応えに王子も指を退き,起き上がれるよう手を貸してやる。

「オレに掴まれよ。まだ・・・立てないだろ?」
「クッ・・・」

散々に煽られて・・・腰から下は,今だ力が入らない。
口惜しいが,言われるままに首に腕を回すと。
王子は苦もなくヒョイと抱き上げ,浴室へと歩き出す。

「お湯の中ってのも・・・柔らいでいいらしいぜv 膝の上にセトを乗っけて,お座りでヤり放題・・・・・うわ,考えただけで萌え萌えだよなv」
「貴様っ・・・洗うだけだと言ったろうがっ!」
「洗うだけだぜ。身体の外側も内側も・・・じっくりと丁寧にv」

嵌められた・・・!と思っても,全ては後の祭り。
『降ろせ!』と喚いても,王子の夜這い(?)がアイシスの黙認である以上・・・誰も助けには入らない。





半日後。
アイシスの命を受けた薬師が,煎じた薬湯を届けに来たのだが。

念願のお風呂場H達成に,ご機嫌な王子の横で。
海馬は,完全に・・・・・サレンダーしていたという(合掌)





***おしまい***

33333リクエスト,完結です。
いや〜長かったわ・・・
いつもの事ながら,このシリーズは無駄にエピソードが沸いてくる(苦笑)

で・・・肝心のお風呂話ですが,
あれで,終わり・・・?!?

サギのような話で御免なさい,浅葱サマ(汗)
これに懲りず・・・お付き合いをお願いします(平謝)



33,333Hitのリク権を強奪してお願いした「ファラ瀬人」です♪
正式(?)に遊戯王にはまってから、ひそかに日参させていただいていた流奈様のサイトで、
実は惜しくも33,313を踏んで口惜しがっていたところでした。
それを33,333の申告がなかったところにつけ込んでの強奪!
ちなみに、その後も39,998を踏んだのは私でした(←自爆っ!)

流奈様、こちらこそ、ありがとうございます♪
青眼も盗賊王も姉上様もご出演という豪華キャストで、しかも姫は相変わらずの麗しさ♪
ファラオも初志貫徹で、次の野望を是非お聞きしたいところです!

本当にありがとうございました。今度こそ、ちゃんとキリバンを狙わせていただきます!


2003.03.31.

e_tihw(Fin)