焼き付ける瞬間を何時かの現実が塗り替える  by 栗原真様(伝文殿)


普段は、自分達が居ない間に部屋の掃除などは行われる。
だが、部屋の主の許可が出ていれば話は別である。
それに今日は世間では休日の日曜日。
例え世間で休日であったとしても、KC総帥海馬瀬人が休日であるとは限らないのだが、その彼も休日である。
理由は、本社サーバーのメンテナンスだ。
年に2度ほど行われる一斉メンテナンス。日常業務の中でもそれはある。
しかし、部門ごと、部分ごとに行うものと、全体を一度に行うものと、両方が必要なのだ。
外部からのデータ呼び出しを禁じられる事にもなり、この日ばかりは海馬瀬人も休む。
仕事を進ませようとしても、データを呼び出せず、そこで止まってしまうのだから、逆に苛立ってしまうらしい。
そんな日曜日、海馬瀬人の部屋は、窓もドアも開いていた。
空気の入れ換えをするのだと使用人が許可を求めに来たのは数十分前だっただろうか。
少し肌寒いかのような風が吹き抜けて行くのは、心地よかった。
混ざって届く香りは、庭にある花のものか。
「兄サマ」
ドアが開いているのだから、ノックする前にその姿を視界に入れる事になる。
「あぁ、モクバか。」
「今日は仕事してないんだよね?」
クスリと笑みが洩れた。
「すれば苛立つだけだからな。お前だって同じだろう。」
「へへっ、まぁね。」
本人はやりたがっている事を知っているが、小学生にビジネスの現場は酷なものではないかと瀬人は考えていた。
副社長という肩書きを与えているのは、それがこの先のKCの姿を示唆する為のものだ。
表立った交渉の場では、瀬人もまた高校生という事で甘く見られがちになる。
だが、自分はいい。今も憎しみが完全に無くなったとは言わないが、剛三郎によって施された教育は、確かに今役に立つものでもある。そしてそれが武器となり、瀬人を高校生として見させない事だって出来る。
だがその教育を受けなかったモクバは違う。
矢面に立たせる訳にはいかないと考えるのは、そういう違いだ。
拷問のような英才教育は瀬人の精神を蝕んだ。それを今は自覚もしている。
だからこそ、モクバにはそうならないように。無理をさせ過ぎないように。
そう考えてしまうのは自分の傲慢だろうか。
自分同様に確かに優秀であると思える弟に、足下を掬われたくないのかもしれない。
「ちょっとさ、外に行くのも悪く無いかなーって。」
モクバの声に瀬人が背後の窓へと視線を向けた。
春、と呼ぶに遜色の無い頃合い。
その晴天は、暑くなく、時折混ざる冬の名残りのような冷たさすら、過ぎた季節を感じさせその季節を懐かしむものにしかならない。
「あぁ、悪くないな。」
仕事の出来ない休日。

晴天。

そして見頃とばかりに散る桜。

春一番の風が吹いたのは、少し前の事だろう。
だが今も、強い風が吹き抜け、散る花びらを舞い踊らせている。
国花でもあるそれは、至る所に植えられる事が多い。
これほど日本全国でよく植樹される木も珍しいだろうし、また誰もが何処か感慨深くその散り様を見上げるのだ。
「久しぶりだね。」
何が、という言葉は無かった。
色々な事が、だろう。
「そうだな。」
海馬に養子に来てから、こうして2人で出掛ける事は無かった。
こんな気持ちで、兄弟2人並んで歩く事など無かった。
生暖かいと言っていいだろう風が吹き付けてくる中、風はこんな温もりを持っていただろうかとフト思う。
何時も、向かい風だった。
今も、向かい風。
その風はドコで進路を変えたのか、渦巻くようにしながら、追い風に変わる。
散った桜の花びらを巻き上げながら、乱気流のような風が、足下から吹き上げる。
2人の上着の裾が風に巻き上げられていく。
「んっ!」
隣から小さな声が聞こえ、俯いた視線を横に流せば、目を閉じて風を真正面に受けていた弟が居る。
「目にゴミでも入ったか?」
「入りそうだったぜぃ。」
この季節の風には黄砂が含まれている事が多い。言わずとも、互いに知っている。
童実野町の中心地から少し離れた丘陵地に作られた公園は、芝生が広がり、所々に数本の木が植えてあった。
海馬ランドは海の方に作った為、こちら側へ来る事は滅多にない。
「たまには、いいよね。」
作られた歩道の途中にある数段しかない階段を降りながらだった。
「桜、散ってんなぁ。」
モクバが視線を向かわせた先で、花びらは乱気流のような風とダンスしていた。
「たまには、いいな。」
風に嬲られる髪を僅かに掻き上げる。
自然と俯いた視線の先で、モクバがじっと見上げて来ていた。
長い黒髪が、自分同様風に弄ばれている。
「どうした?」
「兄サマ、笑ってた。」
言っているモクバの方こそが、満面の笑みだ。
「そうか。」
「うん。」
空いていた手を、モクバの手が握る。
昔は、こうして手を繋いで歩いていた。
車が危ないから、迷子になってはいけないから、理由はいくらでもあっただろうが、当たり前に手を繋いで歩いていた。
繋がなくなったのは、海馬に養子に来た時からだ。
横に並ばせるのではなく、背に隠した。
モクバは上着の裾を引っ張るようにしながら、ついてきた。
まだ子供の手だが、自分が知っている手よりも成長している。
何時しか、もっと大きくなるだろう。
その時にも、俺はお前にとって目指すべき、誇れる兄でいられるだろうか。
俺の背に隠した小さな弟は、その時の俺の年令を超えている。
お前もまた、誰かをその背に背負おうとするのだろうか。
「ねぇ、兄サマ。」
その時を待ち望みながら、来なくていいような気もする。
成長する事を止められはしないのに。
あの小さかった弟を捜している自分に気付いて、胸の内だけで苦笑した。
「誰にも、見せないでね。」
「何をだ?」
「さっきの顔。」
取り戻して欲しかった笑顔。ごく稀に、不意を付くかのように漏らされる微笑。
それを見る事の出来る距離に居られるのは、弟である自分だけ。
「馬鹿な事を。」
また、兄サマが、笑った。
優越感だという事を分かっていた。
笑顔の兄サマに戻って欲しいと願っていた。だけど、こんなのもいいんじゃないか、と思う。
俺だけしか見られない、兄サマの笑顔。
そういうのでも、いいんじゃないか、と思う。
「だって、兄サマの笑顔はレア中のレアだぜぃ。」
モクバの求めるものが分かる。
だが、もうあの頃のようには笑えないだろう。
「当然だ。この俺の笑顔など、そう容易く振りまいてたまるか。」
「だよね!」
久しぶりだった。
他愛の無い遣り取りだけをして、馬鹿みたいな事だと思いつつも、それを遊びのようにしてしまう。
何も持たなかったあの頃は、こんな風に、2人で歩いて、2人で色んな話をした。
何時かを語ったあの頃。
その『何時か』に到達しただろうか。
「兄サマ、何時かさ…何時かでいいからさ。あの施設の子供、招待してやろうよ。」
俺達が放り込まれた施設。
あの頃の『何時か』の為に、また『何時か』の日々を語る。
俺達兄弟の間で交わされる『何時か』の約束は、必ず実現する日。
「あぁ、何時か。必ず。」
声を返した時、足下から風が吹き上げていった。
春風の乱気流が、身を包むかのようにしながら、上へ。
空へと、高みへと、駈け登っていった。
舞い散る桜の花びらが、兄の周囲で踊りながら吹き上げられていく様を、弟は見上げて眺めていた。
白いコートがフワリと落ちて来る、その時まで。
僅かに動きを止めて、風と花びらに嬲られるがままの、海馬瀬人の姿を。
一瞬の陶酔の表情を、黒い瞳に焼き付ける。
自然さえも賛えているかのように、瞬間に彩られる。

「どうした?」
「出掛けて来て良かったな〜、って。」
頭の後ろで両腕を組むようにしながら、のんびりと歩く遊歩道。
隣には、ポケットに両手を突っ込んで歩く兄。
こんな日が、たまにはあっていい。
ゆっくりと歩く日が、あってもいい。
2人だけの兄弟で、ひたすら前を向いて生きてきた。これからも、兄弟2人で生きていく。
隣を歩く弟の存在を。
隣を歩く兄の存在を。
確かめる為にも。忘れない為にも。二度と、大切な存在を見失わない為にも。
こんな日が、たまには。



END

以前のトップ絵のイメージでの海馬兄弟、という事で…長らくお待たせしてしまいました!
多分2万リク:浅葱サマへ。

トップ絵って「春」だったので(笑)
何故か春トップに海馬兄弟を描きたがるらしい…で、自動的(?)にお話も春の話に。今から冬なのに。
季節感が無くて申し訳ありませんんんっ!
海馬兄弟はカプでなく健全で、互いに唯一、なのが萌えなのでそっち方向で書かせて頂きました。
でも兄サマは美人さんなんです(笑)

時間が経ってしまったので、ちょっと説明を…
カウンターが「2万」ヒットする辺りでイキナリ消えまして(大笑)
いっやぁ〜盗賊王カウンターなだけはありました…
そういうタイミングで消えるか!
レンタルのサービスそのものが終了したようでカウンターのログすら無くなっておりまして。
で「多分2万は超えたと思います」で、早い者勝ちリクなので「多分2万リク」となっています。
本当に、面白いカウンターだったなぁ…(笑)
<2008/11/26>



チャットに乱入したあげく、強奪してきた2万リク権。
当時、栗原様のトップを飾っていたカットに一目ぼれしておりましたので、しっかりそのつながりで強請らせていただきましたv。
闇海サイトと公言しておりますが、やっぱ、モクバ(と青眼)は別格なのです。

2008.11.28.