Manipulation

Manipulation(名詞):[巧みな扱い、細工、ごまかし]
→Manipulate(動詞):策を弄する
Room No. 1 〜皇紀&魁〜

「まずは・・・ここね」
ふたりの女性が、ある部屋の入り口で立ち止まる。
「ええ。万吏也ちゃんは入るの初めて〜?」
ひとりは歩き難そうな程レースのある、凝った作りのワンピース。
「もちろん初めてよ。なんたってここは、カノウの最新館・特別室(スペシャルルーム)! 他の方たちは仕事やら何やらで来れなくて残念だわ」
もうひとりはビシッ!とした深紅のスーツを着ている。

ふたりの女性とは、このホテルのオーナー、カノウグループの社長夫人・叶 若葉と、カノウの傘下、株式会社クロサキの女社長・黒崎 万吏也。
会社の繋がりよりも彼女たちの結束をより強固なものにしているのは、それぞれの息子が恋人同士という関係にあることが何よりの理由だろう。
そして今日、こうしてここへ足を運んだのもその息子、叶 皇紀と黒崎 魁の恋人としての記録をビデオに撮る為――・・。


「若葉ちゃん。雅さんのところの・・・加賀山さん?だったかしら・・・はここにいらっしゃるのよね?」
とりあえずふたりで目的の部屋のひとつをじっくりと見て回る。
あるものを巧みに隠さなくてはならないから。
「そうだと思うわ〜。とっても機械にお詳しいんですって」
「あら、若葉ちゃん、何か鳴ってるわよ?」
部屋に備えつけてある電話の音が、広い部屋に響く。
「本当〜。きっとフロントね。・・・はい」
若葉が受話器を取り、その間万吏也はまだ見ていなかったバスルームなどを見に行く。
『こちらはフロントでございますが・・・カノウの奥様でしょうか?』
「ええ、そうよ。」
『加賀山様が到着されました』
「ありがとう。ここまで案内をお願いしていいかしら?」
『はい。あの・・・たくさんお荷物をお持ちのようですが・・・』
「いいのよ。彼の身元は保証します。藤代様のご紹介なの」
フロントの人間が気にしているのは、何か危険な物を持ち込もうとしているのではという危惧。
一流のホテルであるからには、ホテルやそこにいる人間の安全も高い水準で確保しなければならない。
だが、彼の荷物に危ない物はない。・・・妖しい物はあるかもしれないが。
『わかりました。では、失礼いたします』

ロビー及びフロントは、カノウのホテルには珍しく騒然となっていた。
あまり目付きのよろしくない男が、何が入っているかわからないような、いくつもの荷物を運び入れているからだ。
その場にいた人間たちには多くの疑問が残ったが、男がそこを離れると嘘のように静寂が戻った。
男は、加賀山 誠。
直接的なカノウの身内・関係者以外で、初めて特別室に足を踏み入れる人物だった。

「初めまして〜。叶と申します。本日はよろしくお願いしますね」
「加賀山です」
「黒崎よ。雅さんから聞いてるわ。まずはしっかりと部屋を見て回ってくれる?」

加賀山は上司ともいえる藤代雅に言われて、ここへやって来た。
改良に改良を重ね、趣味と実益を兼ねた道具たちを持って。
“若葉さんは温和な女性だけれど、万吏也さんは気性が激しいですからね。ましてやふたりとも上流階級の方、粗相のないように。要望をよく聞いて、しっかり仕事をしてらっしゃいな”
という雅の忠告?も忘れずにだ。


「この部屋に泊まる予定のふたりはね、カメラがあったってきっと大丈夫だから、そんなに凝って隠さなくてもいいわよ」
壁紙を慎重に剥ぎ、壁に穴を開け、カメラを埋め込む。
そう、若葉たちは事もあろうことか新しく出来たばかりのホテルの中に隠しカメラを仕掛けているのだ。
これも若葉がカノウの社長夫人であり、ある女性の研究に協力するためである。
「大丈夫、って・・・カメラがあるとわかって驚かない人間がいますかね? そりゃ俺たちのような職のヤツだったら盗聴も日常茶飯事ですけど」
「変わりものなのよ、ふたりとも。ウチの魁は何事にも動じないし、皇紀くん以外に興味のない偏屈なの。皇紀くんはきっと気付くでしょうけど、面白がって楽しむでしょうね」
「はぁ・・・確かに変わってますね」

「えっとね〜、あざみちゃんがベッドルームはこのアングルで撮って欲しいって言ってたわ〜」
「そうね。それから声がよく響く浴室にも、出来ればって」
「ああ、あと声を拾うことはもちろん、画像も出来るだけ綺麗にって」
「・・・加賀山さん、大変ね。大丈夫かしら?」

そうして、この特別室には合計5つのカメラを設置した。
ちなみに所要時間は、2時間である。
加賀山誠、今すぐ機械関係の職に転職出来るほどの腕を持つ。
若葉と万吏也は、加賀山が仕事を終える頃には、彼を尊敬の眼差しで見ていた。

「私たちは知ってるからだけど、言われなければわからないわね。きっと」
「本当〜、スゴイのね。加賀山さん!そうだわ〜。ウチの系列のホテルで気に入ったお部屋があったら遠慮なく仰って? 一生泊まれるようにプレゼントさせてもらってもいいかしら〜? あ、その前に気に入ったお部屋探しを存分にしてくださってからね」
「それはいいわね、若葉ちゃん!・・・加賀山さんって結婚してらっしゃるの?」
「はい、まあ・・・」
「今度ふたりで泊まりに来るといいわ。こういうことは女性の意見も聞いた方がよくってよ」
今回の働きに大きく貢献した加賀山は、カノウのあるホテルの永久宿泊権を得た。
カノウの経営には何一つ口を挟まない若葉だが、実際には強い発言権を持っている。
何故ならここまでカノウを世界的大企業にしたのも、彼女が産んだふたりも息子なしでは、有り得ないことだったから。
そして彼女自身が名家・一条家のお嬢様だからだ。
加賀山は転職する気はないが、趣味がここまで認められてとても喜んでいた。


「じゃあこの扉が開かれるのは皇紀と魁くんが泊まりに来た時ね〜」
「気が付くかしらね。・・・あざみちゃんと賭けようかしら?」

「用が済んだらカメラはどうするんだろ?ま、いっか」

熱い恋人たちがこの部屋を訪れるまで数日間、静かに部屋は、その時を待つ―――・・・。

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