特別室
Room No.2 〜克己&龍也〜


「うわぁ〜すごい部屋だね。さすがカノウグループだなぁ〜」
その部屋に入るなり、克己は眼を輝かせて驚きの声を上げていた。
世界に名立たるホテル王、カノウグループの最新館。そのスペシャルルームであるからその調度から部屋の広さに至るまで、豪華絢爛は言うまでもない。
しかし、
「…妙だな」
克己をエスコートするように一緒に入ったその瞬間、龍也は怪訝そうな表情で呟いた。
確かに、五つ星ホテル王としては自分のフロントカンパニーでは太刀打ちはできない。しかしこれは ――
(絢爛豪華っていうより、ケバすぎないか?)
格調高いカノウのホテルにしては、いかにもお金をかけてますといった感じで違和感がある。そう、言うならば「品がない」のだ。そもそも気になるのは、
「そういえば聞かなかったが…この宿泊券、どうしたんだ?」
面白そうに見て周っている克己に、龍也は嫌な予感を感じながら尋ねた。
すると返ってきた答えは、
「え? あ、言わなかったっけ? 雅様から貰ったの。『この前の楽しい話のお礼』って言ってたよ」
そういえば龍也にはわかるからといって渡されたと言われれば、それが何を指しているかは一目瞭然であった。
自分の祖母である雅と克己の伯母にあたる京子に呼び出されて、あろうことか克己との同棲生活を事細かに尋問されたのはつい先日のこと。
無論惚気てやることに異論はないものの、かなり際どいところまでぶっちゃけたはずなのにまだ物足りないといった感じだったのは確かで、何か企んでくるだろうなとは思っていたところだった。
だから ―― 克己にホテルの宿泊券を渡してお膳立てということくらい、すぐにピンと来る龍也である。
(成程…そういう訳か)
スィートなどは泊まり慣れている克己が驚くくらい、この部屋は確かに凝った造りにはなっている。しかし ―― 懲りすぎて、どちらかといえばラブホテルに近い品のなさである。特に主寝室は悪趣味との紙一重といった感じで、
(ったく、有閑マダムを気取ってるんじゃねぇよ)
違和感のある装飾の全てに隠しカメラに盗聴器。果ては壁の中もなにやら怪しい仕掛けに気が付かない龍也ではない。
だから、
「…気に入らんな。克己、こっちに来い」
「ん? 何?」
そう呟いて克己を引き寄せるなり、ポケットから取り出した小さな丸いボールのようなものをポンと投げてドアを閉めた。
―― ドォーン!
その後、派手な音と共にほんの一瞬ホテルが揺れた。



「な、何やったの!」
ビックリした克己が閉じられたドアを開けようとするが、どうやら今の衝撃でドアも歪んでしまったらしい。克己の力ではびくともしない。
「ちょっと、龍也!」
「…なに、気にするな。大したことじゃない」
「大したことじゃないって…」
「半径3メートル程度の破壊力しかないさ、あのプラスチック爆弾じゃあな」
「…」
つまりはそういうこと。なんとスペシャルルームの主寝室を、龍也はプラスチック爆弾で破壊したらしい。
「な…何てことするの!」
「気にするな。どうせこの手のホテルは保険にも入っている」
「あ、あのね、そういうことじゃなくて…」
「壁の造りはしっかりしてるから他の部屋への影響はない。ああ、修理代はオレのポケットマネーで出しておく」
「そういうことじゃないでしょ!」
折角招待してもらったのに!と憤慨する克己であるが、当の龍也はしれっとしたものである。
「ああ、ちょっと待ってろ」
余りのことでなんて怒ろうかとしている克己を置いて、龍也は何食わぬ顔でフロントに内線をかけた。
「フロント? こちらはスペシャルルームの者だが。ああ、オーナーに伝えてくれ。『改装の手間を省いてやった。盗聴器やらを仕掛けるならもう少し考えてやれ』とな」
盗聴器 ―― と聞いて、流石に克己も驚いて目を見張る。
「な…どういうこと?」
電話を置くのを待って声をかけると、龍也はニヤリと笑って克己を抱き上げた。
「暇な婆さんたちがお前の最高の姿を見たがってたからな。姑息な真似をするぜ、全く」
「う…そ…」
「よく覚えておけ。あの婆さんは自分が楽しめりゃ何でもする根っからの極悪人だからな」
自分のことは思いっきり棚に放り投げておいて、そう言いながら克己を ―― 俗に言うお姫様抱っこで抱き上げたまま、龍也は来客用の寝室へ向かった。
「ああ、こっちは流石に手を回さなかったようだな」
主寝室とは違ってさっぱりとした ―― しかし品の良さは格段と違うこちらの部屋こそ、カノウのホテルにふさわしいものである。来客用とは言ってもクィーンサイズのダブルベッドに克己を降ろすと、龍也は上から押さえつけるようにして唇をむさぼった。
「ん…や、龍也。ホントにこっちは大丈夫?」
「…ああ、心配するな。何も仕掛けられてない」
「そう? あ、でも…何か恥ずかしい…」
龍也が気が付かなければ、あのままあられもない姿を見知った人間に見られていたかと思い、克己はいつも以上に羞恥に顔を染めている。
しかし、
「大丈夫だ。俺を信じろ。こんなキレイなお前を、他人に何ぞ見せられないからな」
「あ…やだ…///」
さっと紅がさす頬に、触れただけで跳ね上がるように震える身体が愛おしい。特に誰かに見られたかもという危機感がいつも以上に敏感にさせるらしく、そのことだけは許せる気になる。
「や…ああっ…ん、龍也、たつ…やぁっ!」
潤んだ瞳が縋りつくように見上げ、細い腕が絡みつくように龍也の背中に回される。
(こんな最高のお前を、そう簡単に他人になんぞ見せられんからな)
そう心で呟きながら、龍也は貰った宿泊券を有効活用すべく、指定された期日の間中、一時たりとも克己の身体から離れることはなかった。



一方、そのホテルから100メートルほど離れた別の高層ビルの屋上では ――
「あ、やっぱバレた」
一瞬の大音響と共に、耳に入れていた盗聴器の受信機が一切の機能を停止した。当然、カメラの方も砂の嵐状態である。
「だから言ったんですよ。若にバレないわけがないって」
と呆れ顔で応えたのは、蒼神会加賀山組の若衆、吉岡伸治。
当然、もう一人は ――
「ま、それも計算の上さ。ほら、こっちに来たぜ」
と思い通りにことが運んでご満悦なのは、加賀山組の組長で、蒼神会幹部である加賀山 誠。
「外から隠し撮りできるのはこっちの客用しかなかったからな。それに、幾ら察しのいい若でも、コレだけ離れてりゃ気が付きゃしないさ」
「…だからって、わざわざ望遠レンズまで特注させます? 普通…」
「お前、若いのにもっと人生楽しめよ? 趣味に金をかけないで、何にかけるんだよ」
総額数千万という超望遠レンズで、嬉々として盗撮に走る義理の兄に、伸治はがっくりとうなだれるしかない。
(姉貴…いいのかよ、自分のダンナがここまで趣味に走ってて…)
と聞きたいところだが、恐らく聞けばそれがどうした?と返ってくるはず。
そもそもこの特注のレンズも、姉の深雪が薦めて、蒼神会会長の雅様が注文したというイワクつきのものなのだから。
「しかし…女の考えることって、マジに判んないな」
面白ければ何でもありという女性陣に囲まれて、最近すっかり女性不審の伸治であったりする ―― らしい。

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