May I help your sweet night ?

− 龍也&克己 −


「『恋人との甘い夜の為のお手伝いをさせていただきます。是非ご来店ください』…だと?」
夜勤明けの克己の迎えに行く前にと、何の気なしにチェックをした龍也の目に止まった一通のEメール。
当然、ウイルスもスパムメール対策も施してあるはずなのだが、そのメールはご丁寧に「藤代龍也様へ」としっかり名指しである。
そして差出人は、「K&F」となっており、紹介者は ―― 蒼神会のトラブルメーカー、加賀山となっていた。
だから、
「フン…暇潰しくらいにはなるんだろうな?」
そうニヤリと意味ありげに呟いた龍也は、メールに書かれた住所を暗記するとすぐさま良介に車を出させた。



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「ほら、着いたぞ?」
そう龍也の肩にもたれてうとうととしていた耳に囁くと、克己は子供のように目をこすりながら軽く伸びをした。
「ん…ここ? さっき龍也が言っていた、面白そうなお店って?」
夜勤明けの上に昼過ぎまで通常勤務だった克己である。流石に眠気はまだ去りきってはいないようで、話し方もいつもに増して子供っぽいし、車内には運転手の良介もいることなど気がついていないように少し甘え気味になっていた。
「眠いなら、車で待っているか?」
「ん…ヤダ、一緒に行く…」
そう言って腕にしがみついてくるところなど、とても年上とは思えないあどけなさで。
「どうしても眠いなら…抱いていってやろうか?」
「え? あ…大丈夫だよ。ちゃんと歩けるって。///」
流石にそんなことまで言われては ―― 漸く意識もはっきりしてきたようだった。
そして、
「どんなお店?」
「さぁな。入れば判るだろ?」
そう言って細い腰を抱いてエスコートすれば、克己は少し恥ずかしそうにしながらも、一緒に店のドアをくぐった。
両脇のショーケースや棚に陳列されているのは、最近はやりのサプリメントやアロマテラピーといった、忙しい現代人向けの癒しグッズ。
その一画にビーズを使ったアクセサリーを飾ったコーナーがあり、
「いらっしゃいませ」
丁度そこで新しい商品を並べていた若い女性が、ニッコリと微笑んだ。
睡眠不足で気が付かなかった克己だが、この店の共同経営者の一人で名前は藤原と名乗ったその女性は、龍也の研ぎ澄まされたような雰囲気を前にしても、恐れる様子は全く無い。
それどころか、
「案内のメールを貰った者だが」
「はい、承知しております。藤代様と本条様ですね。どうぞこちらに」
まるで待っていたかのようにそう応えると、奥のドアを開けた。
「え? まだ奥にも何かあるの?」
「はい。どうぞごゆっくりご覧下さいませ。お気に召したものが見つかれば幸いです。また、お取り寄せやご希望にあわせたオーダーも承りますので、ご遠慮なくお申し付けください」
そう言うと彼女は二人を奥の部屋に案内し、壁の電気をつけた。
「え? あ…」
やや落とし気味の照明に包まれたその部屋には、ほんのわずかに甘い匂いが立ち込めていた。見れば部屋の四隅にキャンドルが炎を揺らめかせており、どうやら匂いの元もそこからきているようだ。
「何か…いい匂いがしますね?」
「はい、当店オリジナルのアロマキャンドルです。本条様はお仕事がご多忙とお聞きしておりましたので、前もって焚かせて頂きました」
そう答えるオーナーに克己は軽く礼を言うと、興味深そうにキャンドルの陳列棚を覗き込んだ。
「随分と沢山あるんですね。あ、これって水に浮かべるタイプでしょう? 面白そうですね」
まるで子供のように興味津々で覗き込んでいるが、どうやらその効能については気がついていないようだ。
そんな克己の様子を苦笑交じりに見ていた龍也だが、
「フン…確かに品揃えは中々だな」
視線を一周させてそう呟くと、
「お褒めに預かり光栄です」
オーナーはにっこりと人当たりの良い笑顔で答え、一度席を外した。それはこういう店である以上、あくまでも他人である者が側に張り付いていては客がゆっくり品物を選べないと察してのことだろう。
実際、龍也はそれを察して、二人きりになった途端に克己の細い腰を抱き寄せた。
「…ちょっと、龍也?」
「そんなものより、こっちの方が面白いぞ。克己はどういうのが好みだ? お前の気に入ったヤツを買ってやる」
「え? 好みって…」
と、龍也に誘われるまま別のショーケース覗いた克己は、一瞬にして白皙を朱色に染め上げた。
「ちょっと、龍也。これって…」
そこに並べられていたのは、リアルな形に作られたバイブレーションの数々。太さや長さも色々な種類がある上に、バイブレーターの他にも遠隔操作可能なタイプや体内に埋め込むタイプなど、色々な機能が付いているようだ。
慌てて辺りを見回した克己だが、そこに並べられているものが俗に言う「オトナのオモチャ」というものだと、ここに至って漸く気がついた。
「龍也、ここ…」
「ああ、そういう店らしいな。なんだ、こういう店に来るのは初めてか?」
ニヤリと意地悪くわざと耳元で囁けば、それだけでも克己の身体はビクリと跳ね上がる。
「あ、当たり前でしょっ! もう、僕、こういうのはヤダからね!」
そう言ってすぐに腕から逃げようとする克己だが、
「ほぅ…それにしては、さっきのキャンドルは随分と熱心に見ていたよな。まさかお前に、ああいう趣味があるとは思わなかったぞ」
そう言って軽く耳を噛めば、吃驚したように克己は龍也を見上げた。
「なん…のこと?」
「何だ。マジに気がつかなかったのか? あのキャンドル、一番上の棚のは一見普通のアロマキャンドルのようだが、下のはモロにSM用だろ?」
そう言われて見ると ―― 確かに克己が見ていたショーケースの下の段には、怪しい形や禍々しい形のもので埋め尽くされており、しかも更に隣は鞭やらクリップやらといったSMグッズが並べられていた。
「やだ、酷い…」
流石にその使い方は想像が付いたらしく、克己はカクカクと震えながら龍也にしがみついく。
「まさか、龍也、嘘…だよね?」
「ん? ああ、あれか。安心しろ。俺はお前を可愛がっても、傷つける趣味は無い」
そう言って細腰を抱いたまま口付ければ、克己は素直に身を任せてきた。
普段なら、幾ら二人きりとはいえいつ他に人が来るかもしれないこんな場所で身を委ねる克己ではないはず。それがこんなに大胆になるのは、アルコールを飲んでいるときか、あとは ――
「ん…はぁっ…ん…」
ピチャっと水音まで立てるほどに深く口付けると、克己はフラフラと力をなくした様に龍也の胸にすっぽりと収まってきた。
「全く…本当にお前は感度がいいな」
それもこれも、おそらくはほんのりと香るこの甘いキャンドルのせい。このアロマに、ごく少量の媚薬が含まれていることは入った瞬間に気が付いた龍也である。尤も、日頃から精神力の強さが物を言う仕事に携わっているだけあって、龍也には全く効果がないほどの濃度だ。だから気にしなかったのだが、どうやら克己には効果は覿面だったようだ。
そんな時、
「お茶のご用意をさせて頂きました。よろしかったらどうぞ」
そうオーナーが声をかけると、龍也は既に呆然としている克己を抱いたまま一度部屋を後にした。
どうやらアダルト向けのグッズは先ほどの奥の部屋だけのようで、表はあくまでも普通の癒しグッズだけのようだ。おかげで漸く落ち着いた克己だったが、
「その茶には変な効果は無いんだろうな?」
そう龍也が威嚇するような視線でオーナーに詰め寄ると、
「はい、ただのハーブティーです。レモンバームを使っておりますから、眠気覚ましにもなりますわ」
クスリと微笑んで応えるオーナーは、まるで悪戯が見つかった子供のようだ。
だが、そんな二人の会話などろくに耳に入っていない克己は、そっとカップに口をつけると、ゆっくりと喉を潤した。
「…美味しい。ホントだ。すっきりしますね」
「本条様は夜勤明けとお聞きしておりましたので、特別に調合してみました。お気に召しましたか?」
そう応えてオーナーはお代わりも持ってくるが、その際にチラリと龍也に微笑みかけたことに克己は気が付かなかった。当然、意味深な視線を送られた龍也の方は気が付いており、その意味するところも ――
恐らくは紹介者である加賀山から聞いていたのだろう。夜勤明けの克己は翌日が非番になっている。だが流石に夜勤明けともなれば克己に関することなら遠慮のない龍也でも、その身体を酷使するのは躊躇うところだし ―― そもそも克己のほうが睡魔に勝てないというところ。だが、ハーブティーで眠気を覚まして先ほどのアロマキャンドルでその気にさせれば、それこそ龍也の思う壺だ。
「…成程。流石はこの手の店のオーナーということか?」
この手の店をうら若いながらも女性が経営しているというのも珍しいが、流石にこれほどの気配りは男には無理だろう。それに、どうやら訪れるカップルがどういうタイプかを見極めるのも手馴れているらしく、この手の話が苦手な克己には、うまくオブラートをかけて露骨にならないようにしているところも大したものだ。
「重ね重ねのお褒めのお言葉、ありがたく存じます」
どうやらオーナーの方も意図したところを龍也に気付いて貰えたことが嬉しかったようだ。心からの笑みでそう礼を言うと、
「え? どういうこと?」
判っていないのは、どうやら克己だけのようである。
そのため、
「いや、なんでもない。それが気に入ったんなら貰ってやろう。幾らだ?」
「お気に召したのでしたら光栄です。いえ、こちらのハーブティーは本日ご来店の御礼ということで、サービスさせて頂きます」
「そうか? だったら、あの部屋で焚いていたキャンドルを買おう」
「それでしたら、丁度同じ効能でフローティングキャンドルもございますが? バスルームで焚かれると、また違った楽しみができますわ」
「いいだろう。それも貰っておこう」
克己が不思議そうに二人を見ている間に、話はどんどんと纏ってしまっていた。
尤も、変なグッズを買ったわけではなかったので、ほっと一安心したのも事実だが ―― それこそ「知らぬが仏」というところ。
だから、品物を受け取るために龍也は先に車に克己だけを戻らせて、遅れて店から出てきたのだが
「今後も贔屓にさせてもらおう」
帰りしなにそう呟いた龍也に、見送りに出たオーナーがニッコリと微笑んだことなど、克己は全く気が付いていなかった。



そして ―― 龍也と克己を乗せた車が、視界から消え去ると、
「…あ、加賀山さん? 藤原です。ええ、たった今、お帰りになりましたわ。克己さんって、本当にお綺麗で、可愛かったですわ。加賀山さんが仰った通りで。…ええ、本当にいい目の保養でしたわ。あ、そうそう、ええ、例の加賀山さんが開発してくださった試作品。ご説明したら、やっぱり龍也さんがお買いになりましたの。勿論、克己さんには内緒ですわ。またステキなアイディアがありましたら、是非宜しくお願いいたします。それでは…」
携帯電話でこの店の技術開発部長にそう報告すると、オーナーは楽しそうに店に戻った。
そして、
「さて…と。次のお客様のために、下準備をしておかなきゃね♪」
次の来客のために、新しい趣向を楽しんでいた。



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