あなたの1番欲しいもの 01


外はすっかりクリスマスムードも一掃された年末のとある昼下がり、悟はだるい身体をもてあます様にのそのそと起き出していた。
「おい飛島〜って、あ…れ、いないのか?」
現在、悟と飛島が生活をしているのは、外見はシンプルな三階建てのビルである。
1階部分が悟名義の設計事務所(但し、社長は飛島)で、2階が商談も使えるようなリビング&ダイニングキッチン。
3階は完全なプライベートエリアである。
その3階のベッドルームから2階に降りてきたわけだが ―― ダイニングのテーブルの上には、あとは温めるだけのトーストにホットサラダのブランチが用意されており、更にメモが1枚。
『夕方には戻ります。ゆっくり休んでいてください』
右肩上がりの丁寧な字の主が、飛島であることは間違いない。
勿論、ブランチを用意したのも ―― 。
世間の大半の会社は恐らく今日が仕事納めであり、悟の設計事務所も例には漏れない。
とはいえ、何件か建築途中の物件を持っているために施工主との打ち合わせなどは休むまもなく、今日は年末の挨拶回りをかねて出かけるということは数日前から話しに上がっていた。
勿論最初は悟も行くはずだったわけで。
ところが、先日、急な寒気の中を現場監督しに行ったりしたため、ちょっと風邪気味で喉を痛めていた。
となると ―― 当然、過保護な同居人が黙っているはずもない。
おかげで昨日は大丈夫だという悟の意見など完全無視でベッドに押しこまれ ―― だが、すぐに眠ってしまったという事実を考えればやはり風邪の引き初めだったらしい。
そして、目が覚めたらこの時間。当然、今更仕事に行く気などは全くない。
「フン、あの野郎…メシで俺を釣る気か?」
と罵っては見るものの、飛島の料理の腕はかなりのもので、いつもいいように言いくるめられているということには気が付いていない悟である。
しかし、今日は ――
「あ、そういえば…」
ふと思い出してカレンダーを見やり、悟はふっとため息をついた。
カレンダーの日付は12月27日。
「はぁ〜、どうしよう?」
実は ―― 明日は飛島の誕生日だったりするのだった。



悟が飛島と初めて逢ったのは、かれこれ7年ほども前のこと。
最初はまぁ色々とあって、どこで道を外したのかこういう関係になったのはそれから更に2年ほどあとのことであるから、恋人 ―― などと言いたくはないが ―― としての付き合いは、既に5年にもなると言うのだが、実は今まで悟が飛島に何かを上げたということは皆無に近い。
バレンタインデーのチョコレートも飛島がいつもくれるし、ホワイトデーのセッティングも飛島。
誕生日やクリスマスもなんやかんやと言ってプレゼントを持ってくるのはいつも飛島だけで、悟は一切モノをやったという記憶がない。
もともと、悟は亡くなった母以外の人間にプレゼントなんてしたことがないというのが事実である。
だが今年は ――
(流石に…この状況じゃあな。なんかやらないと、貰ってばっかりっていうのも…)
小柴組壊滅を機に暫く国外逃亡して ―― 実はその旅費も全部飛島が持っていた ―― ほとぼりが冷めるのを見計らって、戻ってみればこのビルである。
1階の設計事務所の名義は悟であるが、その資金全ては飛島の懐から出ているものであり、いくら気にするなといわれても気にしないでいられるほどの無神経さはない。
だから一緒に暮らすに当たって必要なものはなるべく自分の方からと思いつつも、結局殆どが飛島任せになり、辛うじて仕事関係の道具は自分で揃えたが、それは悟にとっては当たり前にしか思えない。
「大体、アイツは俺に甘すぎるからいけないんだ!」
という怒りは、はっきり言って我がままそのもの。
だが、
「クリスマスは仕事でそれどころじゃなかったが、明日の誕生日は何とかなりそうだな」
ちょっと風邪気味でだるかったが、ここで諦めてなるものかと妙な決意の元に、悟は冷えてしまったブランチを腹の中に片付けて街へと飛び出していった。






02話

初出:2003.12.27.
改訂:2014.10.25.

Silverry moon light