La persona che e destinata(運命の人) 01 Lato:J


それはまさしく、「運命の人」だった。



今夜このホテルに来たのは、あるパーティに出席するためだった。
ある大学教授がその研究成果を認められて学会賞を受賞したとかで、その祝賀パーティが上の階にあるホールで開かれていてね。
まぁ一応、ウチの会社もその研究にはスポンサーの一つとして資金提供をしていたから、こうして招待状が届いたというわけなんだけど…本当ならここに来るのは僕ではなかったんだ。
そう、本当は僕の上司 ―― 姉さんが出席のはずだったんだ。
それが今朝になって、急に出かけられない事情が判明してしまってね。
「だったらキャンセルすればいいじゃない? 祝電でも打っておけば問題もないと思うけど?」
「それはダメ。メルヴァル社も招待されているはずですもの」
メルヴァル社というのは、色々とウチと張り合っているライバル会社。姉さんはここの社長をことのほか毛嫌いしててね。
「だからって、僕?」
「そうよ、文句ある? 大体アンタ、どーせ今日から休みでしょ?」
確かに休みの申請は出してある。
でも、そもそもこの休みだって…他の社員の目もあるから有休をちゃんと消化しろって言ったのは姉さんなんだけどな。
こんなことなら、休暇のためにと前倒しで仕事をするんじゃなかったと、本気で反省したよ。
でも、
「本当にごめんね、ジーノ。でも、やっぱり頼めるのは君くらいしかいないんだよ」
そうジュリオにまで言われては、仕方がない。
それに、そもそも姉さんが言い始めたことだ。覆されることなんて200%ありえない。
という訳で、朝食の席でその話を聞いた2時間後にはローマの空港を飛び立ち、やって来たのがこのニューヨークだった、というわけなんだ。
しかもこの日に限ってフライトは順調で、離陸も着陸にも遅れがなかったからパーティには余裕で間に合ってしまって。
開宴から出席して、面白くもないスピーチ(しかも当然だけど英語の)を聞かされて、乾杯になってから当の教授に挨拶をしたら ―― あとは僕にやることなんてないからね。
余りにも暇だったから、一応、メルヴァル社のヤツには牽制交じりの挨拶もしておいたけど、そんなことばかりをあと数時間もするほど僕は酔狂な人間じゃないし、泊まる所は、幸いセントラル・パークの近くに会社で出張用に購入したコンドミニアムがあるから、ホテルとかを探す必要もない。
それに、パーティなんかではロクにいいものが食べられることはないからね。
食事ができて時間が潰せる場所といったら、バーくらいしか思いつかなかったんだよ。
でもそれが ―― まさか「運命の出会い」だったなんて思いもしなかったんだ。



パーティ会場を後にしてエレベータを待っていたら、丁度そこにバーのポスターが貼ってあった。
ちょっとシックな感じで雰囲気も良さそうだし、なんといってもイタリアワインを豊富に揃えているという見出しが目を引いたんだ。
「ふぅん…ま、いいかな?」
まぁ本場にはどうせ適わないだろうとは思いながらも、やってきたエレベータでバーのある地下に降りると、そこは中々いい感じのお店だった。
地下だから静かだし、ちょっと落とし気味の照明もムードがある。
それに客層も悪くはないようで、単なるビジネスマンというよりはワンランク上のエリートクラスが殆どのよう。
多いところでも2、3人のグループがテーブル席で静かにグラスを傾けているといった感じだから、一人でいても悪くはない。
じゃあ早速と、やっぱりカウンターの方がいいだろうと思ってそちらに向かって ―― 僕は思わず立ち止まってしまった。
そこにはやっぱり僕と同じように一人で飲みに来たらしい、若い男が先客にいた。
濃紺のスーツに黒髪だから、間接照明で薄暗くしている店内では目立たないのが当然かもしれない。
一人で飲んでいるから、静かでひっそりとしているのも確かだ。
それなのに、まるでそこだけが僕にはスポットライトに照らされたステージかと思うほどだった。
イースト・アジア系 ―― 多分、日本人だろう。
白人とはちょっと違う白さの肌がとても肌理細やかで、指も細くてキレイだ。
長い睫に大きな黒い瞳は黒曜石のように澄んでいるし、グラスに触れる真紅の唇もゾクリとするほどに艶っぽい。
そう、芸術における「美」の基準には人それぞれあるとは思うけど、この目の前の存在は誰がどう見ても最高ランクをつけるはずだと思ってしまう。
まさに息をする奇跡とでも言えるほどの美貌で ―― 目を奪われる。
だから、
「隣に座っても、いいですか?」
僕はそう、日本語で話しかけた。






02


初出:2007.04.29.
改訂:2014.10.11.

Dream Fantasy