La persona che e destinata(運命の人) 02 Lato:T


「隣に座っても、いいですか?」
突然聞こえてきた懐かしい言葉には、流石に俺も驚いた。
ここはアメリカ ―― ニューヨークのど真ん中で、当然回りは英語が氾濫している。
だが、たった今俺の耳に飛び込んできたのは、紛れもない日本語だった。
しかも日本人の俺が懐かしいと素直に感じられるほどの流暢な日本語で話しかけてきたのは、どう見たって西欧人としか思えない金髪碧眼の男だ。
一瞬、日本人の通訳でも居るんじゃないかと思ったが、そうじゃない。
だからつい値踏みするように見入ってしまったのだが、
「誰かオトモダチがいらっしゃるのですか? そうでしたら、エンリョしますが?」
はっきり言って、日本の大学生や高校生よりもずっとまともな日本語だと思う。
そのくらい流暢に話されたから、
「No, …どうぞ」
咄嗟に英語が出てしまったが、後半は日本語で席を勧めた。
「ありがとうございます」
そう言ってニッコリと微笑んで ―― それが子供のように邪気のない笑顔だったから、ついこちらも微笑んでしまった。
初めて出会った人間を、警戒心もなくこんなに近くで見たのは久しぶりだ。
その男は、年齢は多分俺とそう変わらないだろう。だが、西欧人だけあって身長は高そうだ。
着ているスーツも一見して高級品と判るし、チラリと見えた時計も高価そうに見えて ―― それがよく似合っているから、俗に言う上流階級とやらの人種だろう。
それもバリバリと仕事ができるというよりは、寧ろ下からの報告を鷹揚に受けるという、どこぞの資産家か御曹司というイメージが似合いそうだ。
しかし、
「あの…日本の方、ですよね?」
「ええ、そうですが、貴方は?」
「僕はイタリア人です。でも、新しい母が日本人なので、日本語を教わりました」
ふぅん、道理でな。イタリア人のイメージといえば陽気で人懐っこいという感じだが、思いっきりその通りみたいだ。
日本はほぼ単一民族で構成されているようなものだからあまり気にしなかったが、こっちに来てからはお国柄というものを良く感じるようになった。
アメリカは移民の国とはよく言うが、それでもみんな母国に誇りを持っているのだろう。
特に俺が働いている研究室ではそれが顕著な上に、国を背負っているという気概が強いから…フン、嫌な事を思い出したぜ。
「…どうかしましたか?」
そんな俺の内心の変化に気がついたのか、イタリア男は心配そうに覗き込んできた。
「え?」
「何か心配ごとでも? あ、もしかして、僕が煩かったですか?」
「いや、そんなことはないが…」
珍しいな。いつもなら、他人に顔色を伺われる様なことはないんだが…この男といると、どうも素に戻りそうだ。
日本語で話しているから、里心でも起きたんだろうか?
尤も、日本にはもう帰る家だって俺にはないのだが…。
「申し訳ありません。ちょっと仕事の嫌な事を思い出しただけですよ。別に貴方のせいではありませんから」
「そうですか? それなら良かったです」
そう言って、言葉どおりにホッと胸を撫で下ろすと、イタリア男は本当に安心したような表情を見せた。
それは、これがもしも演技だったら、間違いなく有名な映画賞でも取れるだろうと思うほどの笑顔で。
俺としてもそんな笑顔を見れたのが、何故だか妙に嬉しかった。
ところが、
―― RRRR…
不意に胸のポケットに入れていた携帯が着信を告げた。
着信画面を見れば、それは助手として手伝いに来ているディエゴからだった。
アイツは確か今頃は、上の階のパーティでしっかり高級料理にありついているか、暇そうなマダムを口説いているはずなんだが…それを放って俺に電話をかけてくると言うことは ―― 。
「失礼」
「いえ、どうぞ」
折角、気分良く飲めると思っていたのに、多分これで終りだなと思いながら携帯を耳に当てると、やはり切羽詰った声が飛び込んできた。
『ああ、タカユキ! 今どこにいるんですっ!』
「…ディエゴですか、どうかしましたか?」
携帯に向かっての会話はしっかり英語。それもスラングなんかじゃない、クィーンズ・イングリッシュだ。
そのせいか、チラリと見えたイタリア男が少し驚いた表情をしていて ―― それが何故だか面白い。
『どうか、じゃないよ。直ぐに来てくれ。サミュエルがヤバイんだ』
だが、どうやらそんな悪戯気でいるわけにもいかないようだ。あちらはやはり、それどころではなさそうらしい。
『例の論文のことで質問を受けたんだけど…アイツ、答えられなくってさ。教授にも、本当はタカユキの成果だったってことがバレたみたいで…』
「…そうですか。判りました。今、地下のバーで飲んでいたところです。すぐにそちらに戻りますね」
それだけ告げるとディエゴの急かす声を無視して電話を切り、俺は残念そうにイタリア男に別れを告げた。






01 / 03


初出:2007.05.06.
改訂:2014.10.11.

Dream Fantasy