La persona che e destinata(運命の人) 03 Lato:T


「申し訳ないですが、仕事が入ってしまいました」
電話の内容から察していたとは思うが俺が改めてそう言えば、イタリア男は本当に残念そうな表情で俺を見つめていた。
「そうですか。それは残念ですが…お仕事でしたら、仕方がないですね」
「ええ…本当に残念です」
そう言ったのは、決して社交辞令ではなくて。
少なくとも、気の進まないパーティなどに出るよりも、ここでこの男と飲んでいた方が遥かに楽しいことは間違いない。
とはいえ初対面の相手にそんな風に思えるのは、俺としてはかなり珍しいことだ。
それはきっとこのあとの「仕事」に気が進まないのと ―― 久々に耳にした日本語の懐かしさが相反しているからなのだろうと思うところだが…それはいいとして。
「それでは、また機会がありましたら…」
機会なんてあるはずがない。次にニューヨークに来る予定といったら、日本行きの飛行機に乗るときくらいなのだから。
だが、何故かそう言ってしまったら、
「ええ、またお逢いできたら…今度はゆっくりお食事をしましょう」
そう言って手を差し出してきたイタリア男に、俺もつい手を差し出していた。



エレベータに乗り込むと、他の客もいなかったので目的の階へは一直線だった。
ガラス張りのエレベータのため外の景色も良く見えており、あっという間にストリートを行きかう車がマッチ箱のように小さくなっていくのと同時に、地上では視界を遮るビルが足元にひれ伏している。
まさに天空へと向うような感覚だが ―― 生憎、俺の気分は反比例するように下降していった。
天空の華やかなパーティ会場。
知らない人間がみれば、まさに神々の宴さながらに楽しそうに見えることだろうが、俺にとっては寧ろ伏魔殿といった方が合っている。
そう、ここにいるのは無邪気な天空人ではなく、地位と名声に取り付かれた強欲な亡者どもばかりなのだから。
しかもこの亡者どもは、何事も自分の欲を基準にしか他人を計れないのだから ―― 吐き気がする。
できることなら、いっそこのままUターンしてしまいところなのだが…
「タカユキ!」
パーティ会場の入口には、そんな俺を見つけたディエゴが待ち構えていた。
「良かった。やっぱり気が変わったとか言って帰られたら、どうしようかと思ったよ」
いや今でもそう思っているよと言いたいのを苦笑で誤魔化せば、駆け寄ってきたディエゴは言葉通りにほっと胸を撫で下ろしながら、辺りを見計らって耳打ちしてきた。
「サミュエルは奥の一団に捕まってる。やめとけばいいのに知ったかぶって偉そうなことを言ってたから…墓穴を掘った挙句に更に広げてる感じだな」
どうせなら止めを刺して墓標でも立ててやりたいね、なんて物騒なことを言うディエゴの口調は、どう贔屓目で見ても楽しそうだ。
尤も、ラテン系特有の明るい笑顔のせいか、口調は辛辣でも余り毒々しくは見えないところがこの男の利点なのだろう。
お堅い連中からはいつもヘラヘラとしてと言われているが、無理やり取り繕って愛想笑いで誤魔化す連中よりは遥かにましだと思う。
それに ―― ディエゴの意見には俺も賛成だ。
どうせ俺が助けに行っても、サミュエルには感謝されるどころか恨まれるのは判っている。
だがこのまま放っておけば、恥をかかされるのはサミュエルだけではない。
仕方がなく相手を見定めようとディエゴの言った方をみれば、いかにもエリート揃いといった雰囲気の連中に囲まれていることに気がついた。
あまり見かけないが ―― 舞い上がっているサミュエルとは対照的に、こういった場所には慣れているといった感じだな。
どうやら一筋縄の相手ではなさそうだ。
「お相手はどなたですか? あまり見かけない方々のようですが?」
「ええと…確か、ロンドンの方だとか言ってたかな。M.Dみたいで、周りが『伯爵』って呼んでたね」
つまりは学位も持っている貴族ということか。これはまた、厄介だな。
こういった席では、俺のようなイースト・アジア系やディエゴのようなラテン・アメリカ系の人間はどうしても格下に見られることが多い。
いくら合衆国が移民の国とはいえ、やはりどこかで白人主義のようなもの存在するもので、偏見の目は幾らでもある。
勿論、人種の差など物ともしないほどに名声をもった研究者であれば、白人と変わらぬ対応で招聘されることもあるのだが、そこまでの域には達していない者にすれば、やはりハンデであることは間違いない。
だからこそサミュエルも ―― 彼は国籍こそはアメリカだが、華僑出身の中国系2世だから ―― 焦っているのだろう。
まぁ別に、奴が焦ろうと俺には関係ない。生憎こちらは期間限定の留学生の身であって、この先もここでやっていくわけでもないからな。
だが、仮にも所属している研究室の恥になるかもしれないというのなら、話は別だ。
(またサミュエルには憎まれるかもしれないが…仕方がないな)
俺は気は進まないが、その一団へとゆっくりと近づいていった。






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初出:2007.05.13.
改訂:2014.10.11.

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