La persona che e destinata(運命の人) 04 Lato:J


「ええ、またお逢いできたら…今度はゆっくりお食事をしましょう」
そう言って手を差し出すと、彼はドキリとするほどの笑顔で握手をしてくれた。



どのくらいそこで呆けていたんだろう?
「…ター? ミスター? 大丈夫ですか?」
「え? あ、ああ、大丈夫だよ」
カウンターから身を乗り出すようにバーテンが肩を叩いてくれたおかげで、漸く僕は現実に戻ったようだ。
元々、綺麗な人だと思って声をかけたのは事実だけど、あんな笑顔ははっきり言って反則だね。
造作の綺麗さは最初から判っていたけれど、そこに感情が入れば倍増どころの比じゃないようだ。
あんな笑顔をしてくれたということは、ほんの少ししか話はできなかったけれども彼だって僕との会話を楽しんでいてくれたのは間違いなさそうだし。しかもその笑顔を、一瞬とはいえ僕が独占していたということに気がつけば ―― なんだか踊りたくなるほど嬉しかった。
ああもう、日本人は真面目だってことは知っているけど、仕事のバカヤロー!って感じだよ。
尤も、僕だってここに来たのはその「仕事」のおかげだったから、あまり言えたものではないのだけれど。
でも、
「単なる社交辞令…じゃないよね?」
彼が座っていた席の隣について、彼が残したグラスをそっと指ではじいてみると、それだけでもドキドキしてしまう。
ステキな出会いをありがとう。絶対に、また会いたいよ。
いやいっそのこと、こっちから逢いに行っちゃおうかな?
なんてことを思っていたら ―― ふと気がついた。
「そういえば、名前も聞いてなかった…」
それどころか、どこに住んでいるのか、何をしているのかも聞いてない。
僕は思いっきり自分の迂闊さを呪いたくなった。
いや、待てよ。
「えっと…ちょっと聞きたいんだけど?」
唯一手掛かりと思って、僕はカウンターでシェーカーを振っているバーテンに尋ねた。
あれほどの美人だ。ましてやカウンターに座るくらいなら、もしかして知っているんじゃないかと思って。
でも、
「先ほどの日本の方ですか? いえ、本日が始めての方ですね。ええ、間違いないですよ。目立つ容姿をされていましたから、前に来られていたのなら気がつきます」
しかもそのバーテンはこの店の古株らしく、絶対に始めての客だったと断言されてしまった。
ああ、何してるんだよ、僕っ!
大体ここは普通のレストランとかじゃなくて、ホテルに入ったバーなんだから。
もしかして、僕のようにここに来たのが単なる偶然だったりしたら ―― それこそ次に逢える確率なんてゼロに等しいじゃないかっ!
僕としたことが、何たる失態! 見とれている場合じゃなかったんだよっ! ―― と、罵ってみても、それこそ今更ってヤツだ。
「参ったなぁ〜」
そりゃあ今日から有休を取ってるから、僕だって暫くはアメリカに滞在するのも悪くはないけど…どこを探せって言うんだよっ! 
「全く…こんなことになるんだったら、仕事なんて行かないで下さいって言えばよかったよ」
とはいえ日本人だもんな。そんな事を言ったら、却って嫌われてしまうかも?とも思う。
本当に日本人っていうのはマジメだからね。なんであんなに仕事が好きなんだろう ―― と思って、ふと気がついた。
「そうだ、仕事って言ったんだ!」
そうだよ、思い出せ。携帯電話で言っていたじゃないか。
『…今、地下のバーで飲んでいたところです。すぐにそちらに戻りますね』
確か彼は電話でそんな事を言っていた。
ということは、「仕事」の場所はこのホテルのどこかっていうのが確率は高い。もし違う建物だったら、店の名前かこのホテル名を言うと思うんだ。
ましてや彼はスーツを着ていたから、彼が言っていた仕事は、それなりに格式の必要なもの。
ということは…
「ちょっといいかな。今日、このホテルでパーティーとか会議とかやっているのはどれ位か聞いてるかい?」
「パーティーですか? そうですねぇ…」
僕がそうバーテンに尋ねると、彼はちょっと考えたるような仕草を見せた。
こういうことは、本当ならフロントで聞いたほうが正確なんだろうけど、逆にプライバシーとかって言って教えてくれないことの方が多いからね。
まぁいざとなったらコネでも使って聞き出すのも構わないんだけど…と思ったら、
「今日は最上階でやっているパーティーだけですね。なんでもお偉い博士のパーティだとかって聞いてますよ。客が余りに多いからって、うちからもワインを卸しましたからね」
それを聞いて、僕がラッキーって思ったのは言うまでもないね。






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初出:2007.05.20.
改訂:2014.10.11.

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