La persona che e destinata(運命の人) 05 Lato:J


「今日は最上階でやっているパーティーだけですね。なんでもお偉い博士のパーティだとかって聞いてますよ。客が余りに多いからって、うちからもワインを卸しましたからね」
それを聞いた瞬間、僕は心の中でガッツポーズを取っていた。



エレベーターを降りて会場へと向うと、受付係の女性が声をかけてきた。
「あら、お忘れ物ですか?」
ついさっき会場をあとにしたばかりだったからね。ましてやこんなに慌てて戻ってくれば、確かに目立ってしまうかな?
でも、
「ええ、まぁ、そんなところです」
そう言ってニッコリと微笑むと、「お手伝いしましょうか?」と言われる前にやり過ごした。
名前が判っていれば探してもらうっていうのもできるけど、まだ判ってないからね。
それに、できれば僕が見つけたい。いや、見つけなきゃいけないって気がするから。
そんな気負いで会場に足を踏み入れると、中は相変わらずの華やかさだった。
これだけ人が溢れている状態からたった一人 ―― それもいるかどうか判らない ―― を探すのは、確かにちょっと大変だ。
でも、本当にここにいてくれたら ―― 絶対に僕が気がつかないわけがない。
そんな確信めいたものを抱きながら人の波を掻き分けていたら ――
「なぁ、いいのかよ、ディエゴ。あれって、絶対ヤバくねぇ?」
華やかな人の群れとはちょっと異なる2人組の声がふと聞こえてきた。
その2人組は、一段と人が群れている上座の一画を遠巻きに見るように、壁に寄りかかってグラスを傾けていた。
着ているのは一応スーツだけど、どうも着慣れていないようだ。
息苦しそうに首元を揺るめているし、そもそもスーツ自体が身体のサイズにあっていない気がする。
だがそれよりも気になったのは ―― その名前だった。
アメリカでラテン系の名前なんて珍しくはないだろうけど、さっき彼らが呼んでいたその名前には聞き覚えがあった。
そう、あの彼が電話でも呼んでいた名前だ。
というか、電話で呼び出した張本人!
まぁあまり珍しい名前ではないけれど、見てみればこのパーティの出席者の中でも、若いグループに入ると思う。
それにどう見てもこの2人はこういったパーティに招待されるような立場には思えない。
寧ろ主役の教授の下で働いている助手が手伝いに来ているといった方がイメージが合う。
「しょうがないよ。俺達に口出しできるレベルの話じゃないし、寧ろタカユキのおかげで研究室のメンツは保てたことだし」
「でも…あのサミュエルの顔ったらないぜ。人目がなかったら、タカユキに殴りかかってるところだと思うね、俺は」
「その時は顔だけは狙わせないようにしないとね。アレに手を上げるのは、罰当たりだよ」
そんなあまり穏やかではない話をしている2人組 ―― おそらく、左の男がディエゴというのだろう ―― は、口調はどうもいつものことといったような気軽さがあった。
いやそれよりも。顔だけは狙わせないようにといった言葉の意味の方が気になった。
だから。彼らが遠巻きにして見ている一団の方に向ったら ――
「ええ、そうですね。その件については僕も実験してみたいとは思いましたが、時間的な問題もありましたので」
そう聞こえてきたのは、間違いなくあの人の声。うん、間違いない!
「それに、生憎ですが僕はそちらは専門ではありませんので、あまり込み入ったことになりますと…」
「だが、今回の論文は君の発見がポイントだと思われるね。メイナード教授は優秀なスタッフを揃えておられて羨ましいよ」
「運が良かっただけですよ。ちょうど僕の方でも多型を調べてみようと思っていたところでしたから。でも、確かに誘導実験も興味深いところですね」
周りは僕でも知っている世界的にも有名な研究者ばかり。
中にはノーベル賞やWHOでも表彰されたことのある博士の姿もあって、そこの一団の質の高さを思い知らされる。
だがそんな中にあって、どう見ても一番若く経験も浅そうな彼は全く動じることがなく、矢継ぎ早に向けられる質問に対し微塵も淀むことなく的確な答えで返していた。
しかもその言葉は、生粋の英国人とでも思えそうなクィーンズ・イングリッシュ。正に非の打ち所がないというものだ。
だが、
(何だ、あの男は…?)
彼を中心にするように高名な研究者が取り囲んでいるが、その輪からちょっと離れたところのいる男が気になった。
おそらくはチャイニーズ系と思える東洋人。年は僕とあまり変わらないと思うから、この会場では若い方だろう。
ちょっと神経質そうな雰囲気の痩身の男だが、目に付いたのはその視線だった。
まるで親の敵を見るような、憎悪に満ちた視線を向けていて。
それもそのターゲットが、あの彼だから ―― 気になるなというほうが難しい。
(なんであんな目で睨んでいるんだろう? ライバルか何か、かな?)
突き詰めればどこの世界でもそうらしいけど、こういったアカデミックな世界は特にライバルとか派閥が存在する。
ましてやこんな晴れがましい席でなら尚のこと競争心が刺激されるのも判らないでもないというものだ。
そしてその争いというものは、暴力のような直截的でない分、陰湿になりがちなんだよね。
(…嫌な目つきだなぁ。何もなければいいんだけど…)
そんなことを考えていたら、
「タカユキ! ちょっとすまないが、こちらに来てもう一度説明してくれるかな? こちらの教授が、是非、君の話を聞きたいと仰ってね」
その声は、僕も先ほど挨拶をした今回の主役、メイナード教授のもので。
「判りました、教授。では、申し訳ありませんが…」
呼ばれた彼が教授の方へと向おうとした、その時、
(あ…ヤバいっ!)
咄嗟に不自然な動きをするチャイニーズ系の男と彼の間に飛び込むと、ほぼそれと同時に僕のスーツはワインの赤い染みを胸に広げつつあった。






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初出:2007.05.27.
改訂:2014.10.11.

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