La persona che e destinata(運命の人) 12 Lato:J


「僕にお話があるのでしたら、明日にでも改めて時間を取らせて頂きます。今はこちらのお相手をしていることもありますし、遠慮して頂けませんか?」
酔っ払いの無礼な相手に対しても、タカユキの態度は凛としたものだった。
どんなに非難されて、罵声を浴びせられても、だ。
でも、
「酔っているとはいえ、自分の不徳を人のせいにした挙句、公共の場で罵るとは見苦しいにもほどがあります」
気がついたときには、僕は近くにあったグラスの水を、その男に向けてぶちまけていた。



「タカユキ、行きましょう」
まだメニューは来ていなかったけれど支払の件だけ告げると、僕はタカユキの手を取って店をあとにした。
だって、あんな恥知らずの人間がいるところなんて、もう1秒だっていたくなかったんだよ。
だから、
「Hey, Taxi!」
タカユキの手を引いたままホテルの外に出ると、丁度通りを走っていたタクシーを捕まえて、そのままセントラル・パークに面した僕のコンドミニアムに向った。
勿論、無理矢理つれていかれるはめになったタカユキは吃驚しているみたいだね。
「ちょ…ちょっと、ミスタ…」
「僕のことは、ジーノと呼んでください、ね」
ちょっと「ね」の部分が強調されたような言い方で ―― お願いというよりは脅迫のようになってしまったかもしれない。
でも、気が高ぶっていたからそこまで気が回らなくて ―― とにかく2人きりになれる空間が欲しかったんだ。
幸い、コンドミニアムまでの道路は渋滞もしてなかったからほんの10分とかからず到着した。
そして僕は過分なチップも含めて運転手に支払うと、そのままタカユキと一緒に部屋に入った。
僕が言えばあのホテルで部屋を取ることも可能だったかもしれないけれど、同じホテルというのは気分が悪かった。
まぁだからと言って部屋に連れてくるのも ―― あんな話の後では良くないかもしれないと思ったのは、既にここに到着してからだった。
「ここは…?」
「僕の部屋です。仕事でこちらに来たときにしか使わないので何もありませんが、ゆっくりしてください」
だから、なるべく警戒心を与えないようにと優しく言ったつもりだったけれど、そう言われたからって、すぐに落ち着けるものではないよね。
大体、一番興奮しているのは僕の方だ。
思い出しても胸が悪くなる。
僕の目の前でタカユキを侮辱したあの男への苛立ちは、消えるどころか益々くすぶって。いっそのこと、アルコールを浴びせて、火でもつけてやればよかったと本気で思うくらいだよ。
だけど、そんな僕の苛立ちとは正反対に、タカユキは呆れたように溜息混じりに呟いた。
「…全く。なんでアンタが怒っているんだ? 言われたのは俺の方だろ?」
確かに少々気まずい思いをしたが、あそこまでしなくても店員に引き取らせれば良かったんだとか、無視しておけば良かったんだとか。
そんなまるで他人事のような事を言うから、
「だって、タカユキが怒らないから!」
僕は口惜しくって、でも何て言ったらいいのかわからないまま、タカユキを抱き締めていた。
「だって…我慢できなかったんですよ。タカユキを侮辱するなんて…」
「あれはアイツの妄想だ。プライドだけは高いヤツだから、相手を貶めて優位に立とうっていう、よくあるパターンだろ。別に相手にすることじゃない」
「でもっ!」
「大体な、ちょっと冷静になれば根も葉もない誹謗だってことはすぐに判るし、あの状況でなら、あとで恥をかくのはサミュエルの方だ」
そんな事をタカユキが冷静に言うから、益々僕は何て言ったらいいのか判らなくて、もう滅茶苦茶だった。
それでも絶対に、許せることと許せないことがあるんです。
そして僕にとっては ―― タカユキを誹謗するヤツなんか、絶対に許せないんだ。
それくらい僕にとってはタカユキが大切で ―― 絶対なんだよ!
でもそれをどう言ったら伝わるのかが、僕には判らなくて ―― ホント、涙が出そうだった。
口惜しくて ―― いや、それ以上に。タカユキを守って上げられなかった自分が情けなくて。
そうしたら、
「ああ、もう…判ったよ」
タカユキは、ポンポンと宥めるように背中を叩いてくれて、僕の腕の中で苦笑していた。
「まぁ確かに…あの場から出ることができたのは助かった。ありがとう」
「え?」
そう呟いたときのタカユキの表情は、呆れたのと ―― どこか照れたような感じがしたのは、気のせいかな?
そして、
「まぁその…まずは手を離してくれ。言ったろ? 俺は男に興味はないって」
「あ…すみませんっ!」
僕は勿論嫌われたくないから慌てて手を離して、伺うようにタカユキを見た。
あ、良かった。どうやら怒ってはいないみたい。日本人はスキンシップって苦手な方だから、例えハグだったと言っても嫌がられるかなって思ったんだけど…そんな感じもなさそうだ。
その上、
「でも、まぁ…食事くらいなら付き合ってやるよ」
そう言ってクルリと踵を返すと、タカユキはドアに向かって歩き出した。
「え? タカユキ?」
「何にもないんだろ? この部屋。だったら外に行こう。ホットドッグくらいなら奢ってやるよ。それとも…行きたくないのか、ジーノ?」
ジーノって…今、名前を呼んでくれたよね? 
たったそれだけのことなのに、僕は飛び上がるほどに嬉しくて、
「あ…行きますよ、勿論っ!」
慌ててタカユキのあとを追いかけていった。



ねぇ、タカユキ。運命って信じますか?
僕にとって貴方は ―― 間違いなく、運命の人だと思うんですよ。






to be continued.




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初出:2007.06.24.
改訂:2014.10.11.

Dream Fantasy