Substitution 06


「克己兄さん、そこまで見送るよ。祐介もおいで」
そう言ってさりげなく祐介の手を取ると、尚樹は克己たちを見送りに玄関の外へ出た。
見れば、流石は関東最大のヤクザである。決して狭くない道路に数台の高級外車並び、その合間を数人の男達が目を光らせていた。
勿論その誰もが一目で判るボディーガードの類、屈強そのものであるため、尚樹に手を引かれてはいるものの、流石に祐介は足が竦んで立ち止まってしまった。
だが、そんな男達に囲まれても克己は顔色一つ変えていない。
それどころか、
「やだ、みんなで迎えに来てくれたの? すみません、心配かけちゃって」
と微笑んで云われては ―― 屈強な男たちも苦笑するしかないといったところか。
(何だ。克己兄さん、変わらないな)
決して裏の世界とかを全く知らないと言うわけではないはずなのに、克己の天然振りは相変わらずのようで安心する。
多分、克己ならこのまま変わらないでいられるだろう。
例え一緒に生きることを決めた相手が極道であっても ―― 克己は克己のままでいてくれると信じたい。
口惜しいがこの藤代龍也と言う男なら、必ず克己を守ってくれると思えるから。
尤も、尚樹はそんなことを口に出すほどの大人でもないことも確かで、つい嫌味の一つでも言ってやりたくなるところはまだ子供なのだろう。
だから、わざと克己の手を取って、
「何かあったら帰ってきてよ。ここは兄さんの家でもあるからね」
と言えば、すぐ側で目を光らせている龍也の表情が変わるのは眼に見えていた。
「うん、ありがとう、尚樹。あ、そうだ」
そんな龍也の様子には気がつかず、克己はポケットからカギを取り出すと尚樹へ差し出した。
「ねえ、尚樹。良かったら僕のマンションを使わない? 僕、龍也の所に住むことになったから、あのマンションが空き家になっちゃうんだ」
「え? あ、それはありがたいけど…」
ニッコリと極上の微笑を克己が浮かべて言うと、更に龍也が尚樹を睨みつけた。その反応の速さには、尚樹も苦笑せざるを得ない。
以前から、大学にでも入ったら一人暮らしを考えていたのは事実で、そのことは既に両親の承諾も得ていた。
元々病院を継ぐ気はない尚樹であり、財産に関しては母方の祖父からの生前分与も受けている。それを元手の運用も進めているからそれ以上を望む気は全くない。
その辺りのことは当然克己にも耳に入っていたらしく、売りに出す手間を考えれば尚樹に預ける方が手っ取り早いというのは間違いない。
「必要なものは運んじゃったけど、使える物があったら使ってくれていいから。良かったら一度見てくれる?」
「ありがとう。じゃあ、あとで祐介と覗かせて貰うよ。な、祐介」
「え? あ、はい…」
突然話を振られて焦る祐介を尚樹がそっと抱き寄せてみせると、まるでそれに対抗するように龍也が克己を抱き寄せた。
「話は済んだな? 帰るぞ、克己」
「え? あ…ちょっと、龍也ってば…じゃ、尚樹、またね」
独占欲丸出しの龍也に連れ去られるように車に乗せられて、それでも克己が嫌な顔一つしないどころかどこか嬉しそう感じがするのは気のせいばかりではないはずで。
流石にそれを見せられては、祐介も何となく成り行きが判ってくると言うものである。
やがて車が走り去ると、漸く自分が抱き寄せられていることに気がついた祐介が、真っ赤な頬で慌てて飛び離れた。
そして、聞きたくて仕方がなかったことを確認する。
「あの…先輩? もしかして…」
「ああ、あれが克己兄さんの恋人。しかももう一緒に暮らしてるんだ」
そう言って苦笑すると、驚きを隠せなかった。
元々克己ほどの美貌で人懐っこさがあれば、誰からも愛されるだろうとは思っていた。
事実、尚樹とのことを考えれば克己に対して理不尽なジェラシーを感じずにはいられないのに、それでも憎むことなんてできなかったくらいだ。
それほどに克己は優しくて、キレイだったから。
だからこそ適わないと思っていたのだが ―― その克己に好きな人がいると言うことは、
(…でも、僕なんかが克己先生の身代わりになんかなれないよね。…それでもいいけど)
そんな風に思ってしまうのは、どうしても自分に自信がないからだ。
尚樹のことが好きだということは間違いなくても、自分がその隣に相応しいなんて思えないから。
しかし、
「祐介。もしかして、ヘンなこと考えてないか?」
走り去った車の後をずっと見ていた祐介に、尚樹はコツンと頭を小突いて囁いた。
「克己兄さんに恋人ができたことは、俺たちには関係ないぞ?」
「あ…尚樹先輩…」
思っていたことの図星を指されて、祐介はパっと顔を上げた。
心持ち不安げな表情に少し潤んだ瞳は可愛いことこの上ないが、そんな不安げな顔をさせてしまうことが尚樹には少々口惜しい。
「馬鹿だな。俺がもし本当に欲しければ、どんな手を使ってでも兄さんを奪い返してやるさ。でも、今の俺にはお前がいるだろ?」
「先輩…」
どこか策士めいた挑戦的な瞳でそう見つめると、尚樹はそっと大きな手で祐介の両頬を包み込み、軽く上に持ち上げた。
「俺を信じろ、祐介。俺だけを信じればいいから」
確かに、最初は克己とどことなく似ているところが気になったのは事実。でも、今は違うと言い切れる。
「身代わりなんかじゃない。お前だから…欲しいと思ったんだ」
そう云えば ―― 見上げる祐介は本当に嬉しそうな顔をして、
「…先輩。僕も…先輩が好きです」
眼を潤ませながら見つめ返してくるその仕草が愛しくて、尚樹はそっとその唇を祐介と重ねていた。






Fin.




05


初出:2004.09.27.
改訂:2014.09.28.