合鍵をどうぞ 01


祐介がその部屋に姿を現したとき ―― そこは戦場のような騒がしさとなっていた。
「尚樹! この荷物はどこに持ってく?」
「よく見ろよ、永森。『書斎』って書いてあるだろ」
「あ、ホントだ」
「キッチンのお掃除終わりましたよ。冷蔵庫の電源入れますね」
「千秋、ついでに何か飲み物でも買って来て入れといてくれ。勿論、尚樹の奢りで」
「碌に働かないヤツには奢らんぞ」
「「お前に言われたくないっ!!」」
見れば ―― 3LDKの部屋の中はダンボールの山、山、山…。
既に開封されて空になった段ボール箱が山積みになっている一方で、未だ開封されていない段ボール箱が数個と開封されながらまだ中身の入った段ボール箱が若干数あって、その間を祐介も最近お知り合いになった者達が、半ば怒鳴りながら行ったり来たりしている。
その騒然さに、祐介が来たことも気付かない程で、
「あ、あの…?」
流石にずっと黙って見ているわけにも行かず、おずおずと声をかけてみると、
「「やっと来たぁ〜!」」
と男二人の歓迎の声が上がる一方で、
「祐介? なんでお前が…」
と驚くのは、この部屋で一番偉そうにふんぞり返っていた尚樹だった。
「あ、あの…利恵ちゃんから尚樹先輩がココだって聞いて…」
「利恵が? ったく、アイツは…」
忌々しそうに呟く尚樹の様子に、一瞬、来たのは不味かったかと祐介が不安になる。
しかし、
「外は暑かったでしょう? 冷たいものでも買いに行こうかと思っていたの。唐沢君、付き合ってね」
と唯一この場の紅一点である千秋によって、再び外へと連れ出されていた。



季節は、暦の上では秋 ―― 9月である。
多くの学校が既に新学期に入っている中で、私立である桜ヶ丘学園はいまだ夏休みをわずかながら残していた。
何せ通う生徒は政財界の跡取りや有名人の子弟子女が殆どで、更に全国でも有数の進学校。
1日の授業時間が公立校より多い分、まとまった休みは通常よりも長く設定されている。
そのため2学期の開始は9月の中旬で、あと1週間ほどの休みを残していた。
そんな中 ―― 急に決まったのが尚樹の引っ越しで、それに借り出されたのは尚樹の双子の弟である政樹とその彼女の水沢千秋、それから親友の永森慶一郎であった。



一方でお待ちかねだった祐介が千秋と共に買出しに行ってしまうと、
「しっかし、お前も突然決めてくれるよな。もうちょっと前もって言って欲しいぜ」
勝手に一休みに入った慶一郎は苦笑交じりにそんなことを呟くと、ドカッと床に座り込んだ。
「連絡しただろう? 『10時から引っ越しをする』って」
「ああ、そうだったな、今朝の8時にな」
つまり、「前もって」=(イコール)「2時間前」ということで、相変わらずの倣岸不遜ぶりには辟易する。
「…俺なんか、今日は千秋とデートだったんだぜ?」
とは当然のように強制労働を強いられた政樹の囁きであるが、
「だから水沢も呼んでやっただろう? ありがたく思え」
「…お前ってば、ホント、そーゆーヤツだよな」
と、最早言い返す気力もない。
更に、
「仕方ないだろ? 家具や電化製品の搬入が今日、まとめてできるとい言われたんだから。こういうことは一気に片付けた方が楽だろうが?」
「ま、そりゃあそうだけどな」
だったらお前も少しは働けと言いたいのだが ―― さりげなく腕の包帯を撫でられては何も言えない。
一応、全治ニ週間の怪我である。
(かすり傷だとか言ってたくせに…こういうときだけ大げさにしやがって!)
とは政樹と慶一郎の共通する意見だが、生憎、それを口に出して言うほどの度胸はサラサラなかった。
尤も、
「とにかく、祐介が戻るまでに力仕事は終わらせろよ。アイツに手伝わせるような真似は許さないからな」
と言って、自分は当然のように祐介たちの迎えに行ってしまうと、
「…俺たちって、もしかしてメチャ不幸じゃねぇ?」
「もしかしなくてもな」
と残された二人はがっくりと肩を落としながら作業を再開していた。






02


初出:2004.04.12.
改訂:2014.09.28.

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