貴方の傍に… 前編


『あ、あの…先輩、今夜お時間ありますか?』
そう言って祐介が尚樹に電話をかけてきたのは、あと数日で二学期が始まるという晩夏のことだった。



ここ数年、俗に言う温暖化の影響か夏の暑さは尋常ではないと誰もが思うほどに厳しくて、既に暦の上では秋だといわれても未だに熱中症で病院に運ばれるものが絶えない9月の上旬。
だが、流石に日が沈むのは夏休みが始まった頃と比べれば確実に早まり、また都会の夜空を少ない星が飾る頃には、夜風もかなり涼しく肌に心地よかった。
いや、寧ろ少し肌寒いくらいで。
「寒くないか? 祐介」
そう言って肩を抱くように引き寄せられると、すっぽりと腕に収まってしまいそうな祐介は真っ赤になって尚樹を見上げていた。
「だ、大丈夫ですっ! 全然寒くなんか無いですよ」
実際に祐介の頬は朱色に染まって、襟元から覗く肌もほんのりと色づいている。
「そうか? だが…ちょっと赤いな。熱でも出してるんじゃないだろうな?」
「え? ち、違いますって!」
そっと覗き込むように額に手を当てれば、益々祐介の頬は鮮やかな朱を帯びる。
勿論それは熱などではなくて、
(普段から格好いいとは思ってたけど、こんな先輩…やっぱり大人だなぁ)
何せ折角のお祭りだからと、今夜の尚樹は浴衣姿である。
グレー系の生地に格子の模様の入った、男物としては一般的なものであるが、身長もあり鍛えられているだけあってその姿は男の色気に満ちており、とても2歳しか違わないとは思えないほどの男っぽさである。
おかげでちょっと周りを見れば、キレイな浴衣に着飾った妙齢の女性の視線を集めているのは間違いなくて。
何となく、自分が隣にいることが間違いのような気にさえなってくる。
しかし、
「そうか? ならいいが…もうちょっとこっちにおいで」
「え…でも…」
「俺がちょっと寒いんだ」
そう耳元で囁けば、言われるままに尚樹の腕の中で大人しくなる祐介だった。
(全く…危なっかしくて、側から離せられないな)
勿論、祐介も今日は浴衣姿で。
こちらは白地に細かいドット模様を絣調に染めたシンプルなものだが、少しゆるめにあわせた胸元からは日焼けしていない白い肌が見え隠れしており、まだまだ幼い少年というよりは中性的な清廉さが保護欲をそそってやまないといったところで。
あちこちのテキヤや遊び人風の男たちの中には、今にも口笛を吹きそうな視線で見ているものがいるのだが ―― 生憎本人は気が付いていないようだ。
それどころか、
「先輩、大丈夫ですか? 僕のことより、先輩こそ風邪でもひいたら…」
途端に心配げに見上げてくる祐介の一途さは可憐で、尚樹は自分が単なる口実で言っていることが少々後ろめたく思えてくる。
とはいえ、
「大丈夫さ。祐介が暖めてくれるからな。それより、見て回りたいんだろ?」
そう言って先を促せば、
「…はい。折角のお祭りですものね」
嬉しそうに微笑む祐介が、尚樹には本当に愛おしかった。



そこは本当に小さな神社であるが、小さいなりにも毎年この時期になると祭りが開かれていた。
時期からすれば少々外れているのは事実である。だが、何でも由緒の正しいものらしく、尚樹自身も幼い頃にはよく弟妹と一緒に訪れたものである。勿論そのときは、いつも美しくて自慢だった従兄も一緒で ―― このお祭りが終わると、すぐに新学期というイメージが尚樹の中では定着していたといっても過言ではない。
尤も、流石にここ数年は訪れることもなくなっていて。
中学に入ったばかりの頃は、まだ結構こういったものが好きだった克己に誘われて出かけることがあっても、その克己がアメリカに留学してしまってからはすっかり足が遠のいていた。
一応、街角に張られたポスターや看板で、そろそろお祭りの時期だということには気がついてはいても、実際に訪れるまではなくて。自分の部屋で気が付くなにやら外の騒がしさに、「ああ、祭りか」とは思っても、窓を開けて様子を伺うことさえしないくらい関心から外れて久しかったのに、今年に限ってわざわざ出かけることになったのは ――
『あの…先輩のお宅の近くで今夜お祭りがあるでしょ? よかったら、一緒に行ってもらえませんか?』
そう言って電話をかけてきたのが、祐介だったからであった。






後編


初出:2005.08.06.
改訂:2014.09.28.

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