Pussy Cats 01


二学期は学園の行事が目白押しであり ―― この日はメインともいえる学園祭の打ち合わせが入っていた。
「悪いな、祐介。なるべく早く帰るから、先にマンションで待っててくれないか?」
天気予報では、寸前まで関東から逸れると言っていたはずの台風が、その気まぐれを最大限に発揮して神奈川に上陸したと言っていた。
幸いまだ雨も本降りではなかったから、今のうちならそう濡れる事もなくマンションに着くことが出来ると計算しての発言だった。
勿論、翌日は土曜日で休みだから、そのまま引き止めて泊まらせるのも計算のうちで、既に尚樹は祐介の両親に了解を取っているのも当然の事だった。
「ええ、いいですよ。じゃあ、夕飯の仕度もしておきますね。何が良いですか?」
両親が多忙を極めているせいか、祐介の家事能力はかなり高い。
おかげで最近は家庭料理に事欠かず、尚樹としては一人暮らしを始めてかえって健康的な生活をしているようなものだ。
「そうだな、いや、祐介に任せよう。楽しみにしておくよ」
そう言ってそっと髪に口付けると、流石に周りが気になるのか、祐介は真っ赤になって固まるが ―― 半分は牽制も入っている尚樹としては人目など気にした風もない。
「先輩、ちょっと…///」
「ちゃんとまっすぐ帰れよ? ヘンなヤツに掴まらないように、な」
「もう! 子供じゃないですよ」
そう言って真っ赤になって照れる様は本当に可愛くて、尚樹としては、だからこそ心配で仕方がないのも事実であった。
いつもなら祐介と同じクラスの郁巳辺りに送らせるのだが、生憎この天気で郁巳は既に自主休暇とのこと。
おそらく年上の恋人のところに入り浸って甘えているのだろう。
(全く、肝心なときに使えないヤツだ)
まぁあまり郁巳をつかうと貝塚に睨まれる可能性もあるが、それでも尚樹にとっては祐介の方がはるかに大事。
周りに言わせれば、尚樹は祐介に甘いらしいが、それがどうした?という感じである。
コイツは俺のモノ、甘やかして何が悪い?というのが尚樹の本音で、邪魔するヤツにはそれ相応の対処を惜しむ気はない様だった。
尤も祐介自身もそれに甘えきるようなことはなく、寧ろ遠慮がちにでいる事の方が多かったのであまり反感を買うこともなかったのだが ―― 。
だが、誰もが認めているというわけではないのも、事実。
そう、やはり一人で帰らせるのではなかったと尚樹が後悔するのは、それから数時間後のことだった。



「全く、いい気になってるんじゃないわよ」
思ったより雲行きの怪しさは早くに感じられた祐介は、少しでも先を急ごうと駅への道を急いでいたが ―― ふとそんな言葉を聞いて立ち止まった。
そこにいたのはおそらく高校二、三年らしい女子の集団で、少し着崩した制服は明らかに他校のものだった。
細い路地の両脇に座りこんで、睨みつけるように祐介を見る眼は悪意そのもの。
別に何も悪い事をしているわけではないと判っていても、その剣呑な空気に呑まれて、祐介は一瞬立ち止まってしまった。
すると、
「男のクセに五十嵐センパイに媚び売っっちゃってさぁ」
「見苦しいったらありゃしないわよねぇ〜」
あくまでも仲間内だけで話していますという見え見えの態度ではあったが、時折意味深に祐介の方をチラリと見るので、いやでもそれが自分に対して言われているとは気が付くものである。
しかも、
「大体、あのヒトに適うと思ってるのかしらね?」
「あはは…まっさかぁ〜。そこまで身の程知らずじゃないでしょ〜?」
「五十嵐センパイに遊ばれてるだけよ。退屈しのぎにね」
そんな声まで聞かされて、祐介は愕然としていた。
その少女たちの言う「あのヒト」というのが誰をさしているか、いやというほどに知っていたから。
尚樹が ―― ずっと好きだった、大事な従兄のことだと。
だから嘲笑う少女たちから逃げるようにそこから走り出すと、何処をどう走ったか覚えもなく ―― 気が付いたときには、見知らぬマンションの前の公園にいた。
「…言われなくたって…判ってるよ…」
いつしか雨はバケツをひっくり返したような土砂降りになっていた。
だが、そんな雨の中にいても、冷たいとか寒いとかは一切感じない。
ただ、心が空っぽになってしまったようで ――
その時、
「みゃあ?」
(え? ネコ?)
公園の一画にある木の下で震えている、小さな白い子猫とであったのだった。






02


初出:2004.06.28.
改訂:2014.09.28.

Silverry moon light