Pussy Cats 02


「とにかく早く上がってね」
珍しく慌てた風でそう言うと、直哉は先に部屋に上がって奥からバスタオルを持ってきた。
その間祐介は所在なげに、玄関に佇んだままである。
頭からつま先までびしょ濡れで、ただ大事そうに子猫を抱き上げて。
直哉はそんな祐介の肩にタオルをかけると、そっと腕から猫を受け取った。
「ありがとう、庇ってくれて。ほら、ルーはこっちおいで」
「みゃあ」
ペロッと舌を出して直哉の手を舐めると、ルーと呼ばれた子猫は直哉の腕に収まってゴロゴロと喉を鳴らす。
そんな仕草を見ながら、祐介は泣き笑いのような表情を浮べた。
「庇ったなんて…一緒に雨宿りしてただけですから」
「でも、この子は殆ど濡れてないもの。びしょ濡れになってるのは君だけだよ?」
そう言って微笑む直哉に、祐介がドキリとして俯く。
そんなぎこちない様子をどう思ったのか、直哉はちょっと困ったように微笑むと、
「やっぱりシャワーをしてきた方が良いよね。僕の服を貸してあげるから入っておいでよ…ね?」
「でも、そこまでご迷惑をかけちゃあ…」
「大丈夫だよ。それよりほら、早くしないと風邪ひいちゃうよ?」
そう言って半ば引っ張るように祐介を部屋に上げ、甲斐甲斐しくタオルで濡れた身体を拭きながらバスルームに連れて行った。
「使い方は判るよね? 普通の給湯器と変わらないはずだから。取りあえず僕のバスローブを出しておくからそれでも着てて。君の服はこっちで干しておくからね」
そういうと、重ねて早く温まってねと念を押し、パタンとドアを閉めた。
残された祐介は暫らく困ったように考えていたが ――
「…風邪引いたら困る…ね、確かに」
そう呟くと、諦めたように服を脱ぎ、バスルームのドアを開いた。



外は、既に今年になって二桁目になる台風が訪れて猛威を奮っていた。
実はこの台風が南の海で生まれた頃に直哉の保護者をかってでている久嶋隆幸に海外出張の話が持ち上がり、留守を心配した隆幸は、直哉を慶一郎に預けて出かけていた。
勿論それに反対する人物など誰一人としていなく ―― おかげで慶一郎と直哉は学園でも眼を見張るほどのラブラブぶりを振りまいている。
そのせいか ―― 本来ならそろそろ次の生徒会役員と交代の時期であるにも関わらずどうせ暇なのだろうと言われて、慶一郎は学園祭の実行委員を押し付けられていた。
ちなみにそれを命じたのは彼らが通う桜ケ丘学園高等部生徒会長、五十嵐尚樹である。
おかげで、台風直撃と言う今日も学園での作業に追われてしまい、だが流石に直哉まで巻き込む気のない慶一郎は先に直哉だけマンションに帰らせたと言うわけなのだが ―― 直哉が帰ってみればもう一人の同居人の姿がなかった。
正確には一匹 ―― 直哉が拾って、慶一郎が飼うことになった子猫のルーチェである。
元々野良であったこの猫は、拾った当時は無事に育つのかと危ぶまれたほどにやせこけていたのだが、直哉の甲斐甲斐しい世話のおかげですっかり元気になり、今が一番のやんちゃ盛りであった。当然、室内で大人しくというタイプではなく、朝、慶一郎が出かけるときに一緒に外に出て、夕飯頃にふらりと帰ってくるという気ままな生活をしている。
今日も朝はまだ雨も降っていなかったのでついいつもの調子で出かけてしまい ―― 先に帰ってきた直哉が近くの公園まで迎えに行ったのがきっかけだった。
ルーチェと一緒に雨宿りをしていた少年 ―― 唐沢祐介と知り合ったのは。



「あの…ありがとうございました」
シャワーから出てきた祐介がリビングに顔を出すと、そこでは先ほどまで祐介の腕の中にいたルーチェが直哉の膝で丸くなっていた。
「大丈夫? ちゃんとあったまった?」
「はい、あの、僕の服…」
「ああ、気にしないで。ちゃんと乾かしてあるから」
そう言って何気なく微笑む直哉に、祐介はドキッと胸が痛んだ。
お互いこうして話をするのは始めてであったが、間接的には良く知っている人物である。
高等部3年の2学期という珍しい時期に転校してきたクールビューティ。
桜ケ丘学園における「美人」といえば、既に卒業してかなりの年月が過ぎても未だに人気を誇っている本条克己が有名だが、直哉もそれに匹敵すると噂されている美人である。
白い肌に黒い髪のまるで日本人形のような精巧さであり、やや表情に乏しいところが惜しむらくと言われていたが、それも慶一郎と一緒にいる時だけは別人の様にあどけなくて。
但し、慶一郎のガードが恐ろしく強固なためによそからの手出しは皆無と噂されていた。
(ホント、きれいな人だよな)
誘われるままその隣に座ると、直哉はホットミルクの入ったカップを祐介に手渡した。
「温まるから、良かったら飲んで?」
「あ、ありがとうございます」
両手で包み込むようにカップを持つと、その温もりは程よく心地よく、祐介は心まで温まるような気がして微笑んだ。
そう ―― 外の雨に打たれていたときは本当に心も身体も冷え切って、酷く落ち込んでいたのは事実だったから。
唯一温かかったのは一緒にいてくれたルーチェの体温だけで、それがなければあのまま凍えきっていたのは確実だった。
そして、
「あの…ね、余計なお世話かもしれないけど、もし良かったら話してみて。何かいやな事があったんでしょう?」
余計なお世話かもしれないと思いつつも直哉がそんなことを言ったのは、自分もついこの前、ルーチェと一緒のところを慶一郎に拾われたことを思い出したからだった。
これも何かの縁かなと、ちょっと迷信めいた思いもしていたし。
人見知りが激しいために大勢のいる所ではなかなか自分から他人に声をかけるということができない直哉だが、こうして二人きりだったりとすれば大丈夫なところもある。
ましてや、相手は慶一郎の親友(と認識している)の大事なヒトであると知っていたので、何か力になってあげたいと思うところもあったのだった。






01 / 03


初出:2004.06.28.
改訂:2014.09.28.

Silverry moon light