Pussy Cats 03


窓ガラスを叩き割る気ではないかと思えるほどの豪雨になったのは、学園祭の打ち合わせが始まって1時間もしないころだった。
本日のメンバーは生徒会役員と広報委員会の幹部、それから学園祭での出店を申請している各部活や委員会、クラスの責任者達である。
「…マジにやばくなってきたな。早目に切り上げようぜ」
一応、学園祭実行委員長である慶一郎がそう言い出せば、それに否を唱えるものは誰一人としていないのは事実。もともとこの日は各担当者の顔合わせの意味合いの方が大きかったと言うこともあり、詳細はそれぞれ予算案を提出してもらってから実行部で叩くということになって早々の解散となった。
「慶一郎、後は任せたからな」
雨音が強くなった頃から苛々とし始めていた尚樹がそう言うと、まだ会議室に残って細かい話を詰めようとしていた慶一郎は思いっきり嫌な顔を見せた。
「一寸待て、尚樹。お前一人で逃げるなよな」
「実行委員長はお前だろ?」
「押しつけたのはお前だろ?」
どちらも長身で、それなりに体格の良い二人が睨み合う様ははっきり言って心臓に良くないらしい。おかげで触らぬ神にと他の連中はさっさと帰るが ―― 残されるのは生徒会役員たちである。
尤も、よく知っている連中だからこそ、余計な口出しは薮蛇だということも判っているし、この二人に口出しできるものと言えば ――
「ところで二人とも、こんなところで睨み合ってる場合じゃないんじゃないの?」
そう割って入ったのは、生徒会の影の実力者とも言うべく、川原弥生であった。
「永森君も尚樹も、大事な恋人を待たせてるんでしょう? こんなところでじゃれてる場合じゃないと思うけど?」
と言われれば ―― 端と思い出す。
時に尚樹の方は、律儀に待ってくれていた祐介を雨が降る寸前に帰した手前、濡れてはいないかと気が気でないのは事実で。
「…尚樹?」
おもむろに携帯を取り出して祐介の携帯にかけるが、聞こえるのは無常な呼び出し音だけだった。
「…でないな」
「まだ移動中じゃないのか?」
「いや、だとしても携帯には出られるはずだ」
念のため自宅にもかけるがこちらも留守となれば更に気が気ではなくなって。
その上、
「ああ、そう言えば。駅前にお前の元親衛隊がうろついてるのを見たな」
そう口出ししたのは、広報委員長でもある深山潤一郎だった。



桜ケ丘学園では尚樹の祐介に対する執着は並ならぬもので、手を出せばよくて退学 ―― とまで言われていたのだが、
「あれは確か、清風女子の制服だったと思うぜ。あそこの二年だったと思うな」
そんなことを言い出した潤一郎はどこか楽しんでいるような雰囲気さえあった。
会議が始まる前に駅前の写真屋に行った帰り、確かに清風女子校の数人が道端でだべっていたのを見ている。
それが気になったのは、そのメンバーがあまりガラの良くない連中であり、特にそのグループのリーダー格の少女が熱狂的な尚樹のファンだったと言う事を覚えていたからだった。
当然、尚樹のマンションに行くなら駅を使うはずの祐介が、彼女達に遭遇した確率は高く ―― 熱狂的であるが故にその矛先が向けられた可能性ともなれば更に確率は上がるはずだった。
「清風女子だと? あんなところに知り合いはいないぞ」
とはいえ仮にも桜ケ丘の生徒会長である。他校の生徒にも顔が知られているのは仕方がないが、かなりレベルの低いそんな学校の生徒と付き合ったりするようなことは一切なかったはずだった。
しかし、
「こっちは知らなくてもあっちは知ってるだろ?」
「フン、で、その連中が祐介に何かしたというわけか?」
「さぁな、そこまでは言わないが…」
流石に見たのはだべっているところだけ。
だが、清風女子高は路線からすれば桜ケ丘とは駅を異なるはずなので、それがわざわざいたということは、邪推と言われても仕方がないと思えるところである。
そしてそれらを統合して考えれば ――
「尚樹、相手は一応女の子だからな。程ほどにしておけよ?」
一応、フェミニストを自称する慶一郎としては、そう忠告しておかざるを得ないらしいのだが、
「あら、でも女は恐いわよ。甘く見ないほうが良いんじゃないの?」
暴力沙汰にしない分、陰険だししつこいし妬みひがみは厭らしいしと、同じ女の弥生が煽り立てる。
おかげで尚樹の表情は怒りを通り越して無表情に近く、そこはかとない無言の威圧感を纏わせながら
「 ―― 判った。先に帰らせてもらうぞ」
というと、誰も止めようと言う気にはならなかったらしい。
勿論ここまで気が立っている尚樹に、慶一郎でさえ残って生徒会の仕事をしていけとはいえるはずもない。
だから、
「ん、じゃあ後は俺がやっとくわ。ま、程ほどにな」
「…さて、相手次第だな」
「うん、まぁそうだろうが…ま、いいや」
と見送るしかないというところだろう。
そして、尚樹が出て行った後、
「…川原、あんまり尚樹を煽るなよな」
一応、弥生にはそう忠告した慶一郎らしいが、
「だって、清風女子の連中って嫌いなの。ああいう連中が女子高生の品を落としてるのよね」
「…理由はそれかよ?」
「あら、他に何かあって? あ、永森君、自分で後の事はやるっていったんだから責任はもってね」
あっさり煽るだけ煽って、しかも仕事は慶一郎に押し付けると、弥生は優雅にハイヤーを呼びつけて自宅へと帰ってしまったとのことだった。






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初出:2004.07.05.
改訂:2014.09.28.

Silverry moon light