Pussy Cats 04


「…そうだね。気にならないって言ったら嘘になる…よね」
ポツリポツリと呟く祐介の隣に座って話を聞いて、直哉はそっと呟いた。
転入してようやく1ヶ月半になろうかという直哉では、学園の多彩な噂にはまだ疎いところがあるのだが、それでも祐介の言う克己と言う人のことは流石に耳に入っていた。
学園祭の実行委員を押し付けられた慶一郎も、
『ま、本条先輩を引っ張り出せれば今年の学園祭は8割方、成功間違いナシだからな』
と言っていたし。
それに、広報委員長の深山からは、
『なぁ、新開も学園祭のミスコンにエントリーしようぜ。本条先輩といい勝負になると思うんだよな』
などと声をかけられていたのも事実だ。
因みにこのミスコン ―― 男なのになんで「ミス」なの?と思うのだが ―― に関しては、慶一郎がすぐさま潤一郎を拉致して、何やら言い含めていたらしいが。
「本条先輩って、そんなに凄いヒトなの?」
学園始まって以来の美人ということは聞いている直哉であるが、生憎イメージは全く沸かない。だから何気に聞いてみると、
「ええ、すごくキレイで…それに優しいんですよ、本当に誰にでも。人当たりが良いって言うか…天使みたいに素敵な人です。だから未だに学園でも有名人だし、尚樹先輩だけじゃなくてファンは一杯いるって聞いてますね」
その克己のことで落ち込んでいるはずなのに、どんな人物かを話す時の祐介の口調は、自然と絶賛になっている。
「ふぅん…そうなんだ」
そして、噂を聞いていた限りではあまり気にしていなかった直哉だが、改めてそんなことを聞くと ―― こちらもまた不安になってしまった。
少なくとも、自分が人当たりのいい人間だとは思っていない ―― というか、寧ろ人見知りの激しい方で、外交的とは絶対に言えない自信がある。
外見のキレイとかそういうことに関しても、実は見当違いなのだが自分では女々しいというコンプレックスがあるから落ち込む限りだし、その時は気にしていなかったのだが慶一郎自身も誉めていた事を思い出してしまえば、流石に全く気にしないでとはいかなくなってしまう。
「僕じゃあ…本条先生の身代わりなんかなれないです、絶対」
「唐沢君…」
折角温まったはずの身体だが、心は益々冷えていって。
そんな祐介に、直哉もかけるべく言葉なんて見つかるはずもない。
だが、
「みゃあ?」
「え? あっ…」
どうやら折角遊び相手が二人もいるのに全く構ってもらえないことに飽きたのだろう。それまでは二人の間をうろうろとしていただけのルーチェは、不意に祐介の膝に飛び乗ったりしたものだから、驚いた祐介は手にしていたカップを取り落とし、冷えかけていたミルクを零してしまった。



その後、面倒な資料を片付けてようやく帰れるメドが立った頃、慶一郎の元に入ってきたのは、
『すっげぇ、恐ぇよ。ありゃあ、あの女の子たちも、ニ、三日は魘されかねないぜ』
そんな潤一郎からの電話が入ってきた頃には、散々吹き荒れていた風雨もいつしかなりを顰めて、台風一過の星空さえも覗かせていた。
流石に女子相手であったので力技は考慮したらしく、尚樹はわざわざ深山を連れて行って ―― 巧く誘導尋問して洗いざらいを白状させていた。
つまり、祐介など、尚樹には相応しくない ―― とか。
所詮、克己には適うはずもない、たんなる遊びだとか。
そんな誹謗中傷を嫌味で言ってやったということで、
(そりゃあ…半分は尚樹の今までの行いのせいだよな)
と思うのは、慶一郎だけではないはずである。
元々、尚樹の克己に対する執着は有名だったし、他に付き合っていた子達も、結局は克己の幻影に勝てるわけもなく捨てられてきたようなものだから。
勿論今の尚樹にとっては祐介が1番なのだろうが、そんなこと、視野の狭い他人には判るはずもないことである。
(ま、これに懲りて、唐沢のことは大事にしてやるんだな)
と、あくまでも内心だけで忠告するのは親友の情けというヤツだろう。
だが、
『それはいいとして、実は唐沢の行方がまだ判らないんだ』
と潤一郎が言うと、流石に慶一郎も顔色を変えた。
「…どういうことだ?」
『それがな、どうもその子たちに言われたことがショックだったみたいで、走って逃げたらしいんだけど、その後の足取りがはっきりしないんだ』
おかげで尚樹はマジ切れ寸前で、唯一事情を知っているだろう女の子達も、ビビッて腰は抜けるわ声は出ないわで使い物にならない ―― と。
はっきり言って、一番逢いたくない状態であるのは確からしい。
「…マジかよ?」
『滅茶苦茶マジだぜ?』
で、どうする?というニュアンスで言われては ―― 知らぬ存ぜぬで通るわけもない。
「…判った。一度家に帰って着替えてくる。それから俺も探すのを手伝うわ」
『merci いや、俺も流石に尚樹の暴走を止める自信はなくてな』
実は尚樹は空手の有段者でもあって、本気でキレれば、止めることのできる人間など本当に極僅かしかいないのは事実だ。
ちなみに慶一郎も段位を持っているが、6対4の割合で尚樹のほうが勝率の高いのも事実である。
それでも、体力で互角近くまで張り合えるのは慶一郎しかいないから。
(仕方がないな。ま、コレも腐れ縁か)
と諦めて家に帰り玄関を開けた瞬間に頭を抱えることになった。






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初出:2004.07.12.
改訂:2014.09.28.

Silverry moon light