Smilingly 01


―― キキィーッ!
耳を引き裂くような急ブレーキの音とともに、
「馬鹿野郎! 危ねぇだろうが!」
ふと通りかかった一般道路で、この大雨にも負けないくらいの怒鳴り声が響き渡っていた。
見れば、派手な装飾で飾ったトラックの運ちゃんが道路に倒れこんでいる高校生に怒鳴り散らしている。
「飛び込むんなら他の車にしろ! 俺の大事な車に傷がついたらどうするつもりだ!」
「…すみません」
「すみませんですむなら警察はいらねぇんだよ。このガキが…」
ようやく立ち上がった高校生に運ちゃんはまだ更に何か言いたいらしく、わざわざ運転席から降りるとその胸元を掴み上げた。
そして ―― ピタリと動きが止まった。
自分が怒鳴り散らしていた相手が、本来なら触れることも適わぬ別世界の住人だと気が付いたから ―― 。
雨に濡れて張り付いた黒髪に白皙の肌。
黒曜石のように澄んだ瞳に、形のいい真紅の唇。
神々の手で完成された究極の生き人形 ―― 。
俗世の人間が触れてはいけないような神々しさ ―― 。
知らない相手ではない。いや、むしろ顔だけは良く知っているクラスメート ―― 俺の隣の席の転入生、新開直哉だ。
俺はその瞬間、その運ちゃんを罰当たりと罵りたくなった。
尤も、掛けた言葉はもう少し理性的ではあったけど。
「おっさん! ここは大型車両通行禁止だぜ。さっさと車をどかさねぇと、警察に通報するぞ」
運のいいことに今の俺は私服姿。190を超える身長に空手と剣道で鍛えた体は、自慢じゃないが高校生の餓鬼には見えない。
運ちゃんもそう思ったらしく、なにやらブツブツと呟くと、慌ててトラックに乗り込んでいった。
それを睨みつけるような視線で確認すると、俺は直哉へと近づいた。
「大丈夫か?」
それまで無表情だった白い顔に、ほんの少しだけ安堵の色が浮かぶ。
「あ…永森君?」
「俺の名前、覚えてたんだ? ま、一応席が隣だもんな」
「うん、ありがとう。おかげで助かったよ」
やや棒読みのような感情に乏しい声が、それでも精一杯の礼を言っていることは判った。
更に、
「なんだ、原因はこいつか?」
「…うん、急に飛び出しちゃったんだ。それでつい…」
みれば、直哉の腕の中にはまだ片手に乗ってしまうのではと思えるほど小さな子猫が震えていた。



シャワーの音が止まって暫くすると、直哉はおずおずとリビングに姿を現した。
「あの…服、ありがとう。なるべく早く返すから」
とりあえず俺の服を出しておいたのだが、流石にサイズは大きすぎたらしい。
押さえていないと肩まで落ちてしまいそうな胸元に鎖骨のラインが艶かしくて、情けなくもドキリとあせってしまった。
「い、いや、気にすんなよ。それより怪我とかなかったのか?」
「うん、大丈夫」
そう言ってちょこんと俺の隣に来て座ると、直哉はふっとやわらかい微笑を浮かべた。
「良かった。お前も怪我はないみたいだね?」
微笑を向けられた子猫は、みゃあと返事をするように一鳴きすると、再びミルクを舐め始めていた。
何でも、二、三日前にその先の公園で見つけた捨て猫らしい。
自分の住んでいるマンションでは飼うことはできず、かといって見捨ててもおけないので面倒を見ていたらしいのだが、昨日からの台風接近で気になってきてみたら、豪雨に怯えたのか突然道路に飛び出してしまい、先程の騒ぎになったということだった。
しかし、思いのほかこいつも無茶をする。咄嗟とはいえ、猫を庇ってトラックの前に飛び出したというんだから ―― 。
しかも相手の運ちゃんはめちゃくちゃガラが悪かったし。俺が通りかからなかったら今ごろどうなっていたことか。
お節介とは思ったが、まさかずぶぬれのまま「はい、さようなら」とはいかないだろう。俺のマンションの目の前ということもあったし。
だから俺は直哉を部屋に招き、とりあえずシャワーを使わせたというわけだ。






prologue / 02


初出:2003.10.04.
改訂:2014.09.20.

Fairy Tail