Smilingly 02


幸い俺はこのマンションに1人暮らしで気兼ねはないはずだからな。
直哉と俺、永森慶一郎は一応同じクラス ―― しかも席は俺の隣であるが、こんな会話は実はほぼ初めてだったりする。
というより、こいつが誰かと話をしているというところすら見たことがない。
こいつが桜ヶ丘学園に転校してきたのは丁度1ヶ月ほど前の9月の中旬だった。
そもそも高校三年の二学期に転校してくるという珍しさもさることながら、その美貌は類稀で、有名人のスーパーマーケットいう異名を誇るうちの学園でも大騒ぎになったほどだ。
やや長めの黒髪に白皙の肌。澄んだ瞳に整った鼻梁、真紅の唇。
全体的に華奢で小柄な体型であり、女はもとより同性の男だって目が離せないほどの美貌である。
当然、転校当初は人だかりの山が出来るほどのギャラリーができていたが、今では全くそんな気配すらない。
何かヘマをやらかしたって言うわけではない。むしろ、その逆だ。
こいつは誰とも必要以上の話をせず、全く周りと打ち解けようとしなかった。
おかげで、影では『究極のクールビューティ』とか『アイスドール』なんて言われていることは、おそらく本人だって気が付いているだろう。
だから、猫を庇って道路に飛び出すとか、その子猫に向かって綺麗な笑顔をするなんて、思いもしなかった。
「お前…笑うこともあるんだな?」
「え?」
びっくりしたように振リむく表情も、学校では見たことがないほど生き生きしている。
「いや…さ、お前が笑ったり…っていうか、話してるところって始めてみたから」
そう言うと、直哉は顔を真っ赤に染めてうつむいた。
「あ…そうだね。ダメなんだ、僕。人見知りが激しくて…」
「人見知りが激しいって言ったって、もう転入して一ヶ月になるだろ?」
「うん…でも…僕、女の子みたいになよなよしててみっともないでしょ。だから友達ができなくって…」
っておいおい、こいつ、自分の容姿にコンプレックスを持ってるのか? そんな勿体無い…。
「いつも苛められてたから、話をするのが恐くて…」
それは多分、『好きな子ほど苛めたい』ってやつだ。じゃなかったらこんな美人、誰が放っておくかって。
まぁおかげで俺には好都合かもしれないけど。
「でも、俺とは普通に話してるよな」
「え? あ、そうだね」
「じゃあ、俺たちって相性がいいんじゃねェの?」
軽くウインクをしてそう言うと、直哉はびっくりした顔を俺に向けてきた。
「というわけで、今日から俺とお前は友達な。OK?」
かなり強引とは思ったが ―― とにかくまずはお友達から。
直哉には悪いが、こんなきっかけをくれたこの子猫とあのガラの悪い運ちゃんには感謝だぜ



俺の通っている桜ヶ丘学園というのは初・中・高等部と大学からなるマンモス学園である。
ちなみに高等部の約8割が初等部からの繰り上がりで、俺もその口だ。
初等部から私立に入れさせようなんてする親だから、当然それなりの社会的地位の在る家柄が多い一方で、途中入学組にはかなりの狭き門を突破してきたという実績がある。
おかげで有名人と秀才のオンパレードと巷では言われているらしいが、実際に在籍している俺から見ればまぁ普通の高校生とどこが違う?って感じだ。
まぁ、寄付金だ授業費だということになればかなりの高額であることは間違いないから、生活に困るようなヤツはいないってのは事実かもしれないし、確かにエリート養成校のようなところもあるだろう。
ちなみに、俺の親父も某銀行の頭取だしな。
そんな学園の高等部、しかも3年の2学期から転入してくるなんて、直哉に何か曰くがあるのは見え見えだ。しかし、そんなことはどうでもいい。
「あの…ごめん。家の人が心配するから…」
子猫を挟んで他愛もない話をして、気がつたら世間一般では夕飯の時間っていうやつになっていた。
そうだな、ま、今日はこの辺りでよしとするか。
「ああ、そうだな。雨もかなり落ち着いてきたか。タクシー呼んでやるよ」
「ありがとう。でも…」
直哉は心配そうに子猫の方に視線を向けた。ああ、そうか。
「心配すんなよ。俺が飼ってやる。ここ、一応ペットOKだしな」
「え? でも…」
「いいって。その代わり世話に来いよ。俺、猫なんか飼うの始めてだからさ」
そういって、さりげなくここに来るように仕向けてみる。
でも、直哉は純粋に俺の好意と受け止めたらしい。ちょっと良心が痛むな。
「うん、ありがとう」
浮かべた笑顔は ―― ホントに絶品だ。
その瞬間、俺はマジにこいつに惚れたって確信していた。






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初出:2003.10.04.
改訂:2014.09.20.

Fairy Tail