Smilingly 03


次の日、俺は教室に入ると、既に席についていた直哉に話しかけた。
「おはよう! おい、風邪なんか引かなかっただろうな?」
「う…ん、お早う。大丈夫だったよ。昨日は本当にありがとう…」
流石に昨日の今日だけあって、ビックリしながらも返事をしてくる。それまでは挨拶だってしたことがなかったっていうのにな。
そして、そんな俺と直哉に様子に、クラス中が固まっていた。
美人ではあるが愛想が無いため、クラスの連中が持っていた直哉に対する印象はあまりよくなかった。中には「お高くとまっている」などというヤツもいたのは事実で、そのことは直哉自身も気が付いていたはずだ。
それは単に人見知りが激しいからに過ぎないのだが。
「それよりさ、アイツの名前を教えてもらうの忘れてたよな」
席に着くと、俺は身体を直哉に向けた。
俺の席は窓側の一番後ろの席。その隣が直哉だから、俺が直哉の方を向くということは必然的にクラスの中を一望できるということである。逆に直哉が俺の方を向くということは、クラス中に背を向けることになって ―― つまりコイツの笑顔を俺は独占できるということなわけだ。
「アイツって…あ、あの子猫のこと?」
話してる内容はまずはさりげないものから。でも2人だけの共通の話題というのも心地がいい。
「そうそう、何て名前なんだ?」
「名前か…ごめん、考えてなかった」
「え? だって面倒をみてたんだろ?」
「うん、でもまさか飼えるとは思ってなかったから…いつかは別れなきゃいけないだろうし」
そういう直哉の表情はひどく頼りげ無く見える。まるで、コイツの方が捨てられた子猫みたいに。
俺自身に転校の経験は無いため、考えてみれば人との別れというのはあまり気にしたことは無かった。
しかし直哉の口から「いつかは別れる」とう言葉をきくと、心が引き裂かれるような痛みさえ感じてしまう。
ヤバイ、マジで惚れたな。教室じゃなったら ―― いや教室であってももう少しギャラリーが少なければ、絶対にこの場で抱きしめていたと確信さえできる。
「でも…もう別れることは無いだろ? 名前を考えてやれよ。ウチで飼っているとは言ってもアイツの主はお前だから、お前が名前をつけてやってくれ」
そう言って、俺は幼い子供にするように髪をクシャっと撫でてやった。
その仕草に、後ろのギャラリーはフリーズし、当の直哉もビックリした眼で固まっている。
「う、うん…ちょっと考えてみる…ね」
思いっきりドギマギとあせった姿も可愛いな。しかも ―― どこか嬉しそうに感じるのは俺の贔屓目か?
でも本当に冷たい美貌の仮面の後ろに、こんな子供みたいな笑顔があったなんて、俺は嬉しくて得した気分に浸っていた。



昼休み、直哉は白い紙にむかってサラサラとアルファベットを書き連ねていた。
「名前って考えるの大変だね。責任重大だな」
ちょっと困ったように呟く姿も、考え事をしている姿も、こいつはホントに綺麗だと思う。
多分、今日一日 ―― まだ昼間だから半日か ―― だけでも、この姿に悩殺された連中は山のようにいるのは事実で、実は遠巻きながらこちらをチラチラと見ている視線も幾つかある。
しかし、もちろんそんな奴等が近づく気配はサラサラない。
何故かといえば ―― それは当然、俺がガードしているからだ。
仮にも生徒会副会長である俺にケンカを売ってくるばか者は、この学園には存在しない ―― そう、同じ生徒会関係者以外は。
だから俺は直哉にべったりとくっついて周りを牽制すると同時にこの美貌を心行くまで鑑賞していたのだが、
「永森君!」
昼休みもそろそろ終わろうかという教室に、俺の名前を呼ぶ声が響いた。
「体育祭の件で打ち合わせをしたいの。放課後、必ず生徒会室に来て頂戴」
そういとも簡単に言い放ったのは、同じく生徒会役員の川原弥生だった。
「あ、悪い、今日は…」
「用事があるから来れない、なんて、まさか言わないわよね?」
俺の言うことなんか聞いちゃいない、冷たく研ぎ澄まされた声が返ってくる。
「言っておくけど、尚樹も今日は出席よ。これで永森君が来なかったら…どうなっても知らないからね」
「…マジ?」
「もちろん」
俺は最後の綱も途切れたことを確信して、がっくりと肩を落した。
生徒会会長の尚樹は、この夏休みに可愛い恋人をゲットした。
そして今まで高嶺の花だった美貌の従兄にしか向かなかった感情が120%新しい恋人に向けられて、今では学園一のラブラブバカップルぶりをさらけ出している。
しかも邪魔するヤツは容赦ないという感じで ―― 実際、退学に追い込まれたやつもいるくらいだ。
そんな尚樹だから、恋人に対する過保護ぶりはたいしたものだ。
一応、生徒会の仕事もそつなくこなしてはいるが、必要最低限に留めてあとは恋人との時間に当てている。当然打ち合わせなんかに出る余裕はないわけで。
それを今日に限って会議を優先させたということは ――
「今日はね、祐介君と郁巳で映画を見に行くことになってるの。だからその間に生徒会の会議って訳」
「…納得」
尚樹の恋人である唐沢祐介は一年生。そして、弥生の弟である川原郁巳とは同じクラスで、しかも二人は親友に近い存在である。
尤も、尚樹が郁巳とは旧知で、郁巳には別に男の恋人がいるということがなければ、祐介の側にいさせることなどないだろうが。
とはいえ独占欲の塊のような尚樹が、一応無害とはわかっていても祐介の側に他の男をおいて安心できるはずがなく、そんな状態にもかかわらず自分は会議に出ているのに俺が休んだなんて知れたら ―― 恐ろしくて想像もしたくない。
勿論この映画云々の話は、最近すっかり生徒会の会議に出てこない尚樹に痺れを切らせた弥生の作戦だということもわかり過ぎるくらい納得できるし、はっきり言って弥生を怒らせるとこれも後が恐い。
「…わかったよ。出りゃあいいんだろ」
「その投げやりな態度、思いっきり気に入らないんだけど。ま、そこは大目に見てあげるわ。くれぐれも遅刻しないようにね」
そういうと弥生はさっさと自分の教室に戻っていった。
後に残ったのは思いっきりがっくりとうなだれた俺と、ちょっとびっくりしたような表情の直哉。
「今の人…生徒会の?」
どこかおずおずとした感じで尋ねる直哉に、俺は力なく答えた。
「そう、一応書記。でも影の支配者だぜ。あの尚樹でさえ弥生には勝てないからな」
「え? 五十嵐くんって生徒会長でしょ?」
「ああ、でも弥生のほうが一枚も二枚も上手だからな」
「ふぅん…そうなんだ」
そう呟いた直哉がどこかそっけない気がしたが、このときの俺は放課後に待っているという会議の方が気にかかっていた。






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初出:2003.10.08.
改訂:2014.09.20.

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