Smilingly 04


授業が終わると、教室内は一気にざわざわと騒がしくなり、必然的に話す声も大きくなってしまう。しかし、
「直哉、これ持っておいてくれ」
俺は既に帰り支度を済ませ鞄に手をかけた直哉を引き止めると、その手のひらに小さなカードキーを渡した。
「俺のマンションの鍵だ。番号は…」
と、こればかりは一応声を潜めて耳元で囁く。
「そんな…なんで僕に?」
「だって、今日は俺、帰りが遅くなっちまうだろ? 一応エサや水は置いてきたけど、アイツの面倒頼むぜ」
「でも…」
「頼むよ。アイツも昨日の今日でまだ落ち着かないだろうし、それに名前を考えるなら本人を目の前にしてのほうがいいと思うぜ」
多少、強引かとも思ったが、どうしても会議を外せないなら最終手段だ。
実際、俺達のやり取りを遠巻きに見ていた連中のうち、何人かが諦めたような顔色でがっくりとうなだれている姿もある。
これで、直哉は俺のモノということは大ぴらになったというものだな。
とりあえず邪魔をしてくるやつはいなくなるはずだから、あとはゆっくりこいつを口説けばOKってもんだぜ。
当の直哉のほうは、流石にいきなり家の鍵でびっくりしているが、でもあの子猫のことを持ち出されれば嫌とは言えまい。
「なんかあったら携帯にかけてくれてもいいし」
といって、俺は携帯の番号も直哉に伝えた。律儀な直哉はすぐにその番号を自分の携帯に登録して、そこは話の流れで自分の番号も俺に教えてくれる。
「じゃあ、お邪魔してるね。余り遅くなるようだったら、連絡してくれる? 僕のほうも家の人が心配するといけないから」
「ああ、判った。じゃ、頼むぜ」
そう言って俺は昇降口まで直哉を見送り、後ろ髪を惹かれる思いで生徒会室に向かった。



生徒会役員室は新館の4階にある。
広さは一般教室より若干広く、更に奥には書庫もあるため、ここを生徒会役員6人で使うというのはかなり恵まれた環境といえるだろう。
しかも誰の趣味とはあえて言わないが、ちょっとしたサロン並の設備も整っており、教師も手を出せない特別区になっていた。
おかげで生徒会の仕事という殺伐としたものでも、ちょっとしたお茶会風になるのは助かっているのも事実ではあるな。
「時間厳守とは流石ね。ああ、飲み物はセルフサービスでお願いね」
役員室に入ると、既にメンバーは全員揃っている。
ここにはそれぞれ個人が専用できる机もあるが、会議の際には真中にある円卓を使用することになっている。
円卓であるから特に席順とかはないし、そんな些細なことを気にする者はここにはいないので俺も適当に空いている席についた。
「さっさと始めるぞ。一秒だって惜しいんだからな」
とは、俺の隣に座っている会長の五十嵐尚樹(3E)。
コイツはこの学園の表裏の総支配者と言ってもいいとんでもないヤツで、一応俺の親友でもある。
実家は五十嵐総合病院という、日本どころか世界的にも有名な病院を経営しているが、尚樹の志望は医者ではない。
というのも尚樹の爺さんはかつて総理大臣もやったことがあるという政界のドンで、その基盤を既に引き継いでいるのだ。
ちなみに尚樹には政樹という双子の弟がおり、病院はこっちが継ぐことで既に内定しているらしい。
その尚樹の隣で見事な手さばきで紅茶を入れているのが、書記の川原弥生(3E)。
弥生の生家は日本舞踊の家元で、彼女自身も黙っていれば白皙に長い黒髪といった純和風美人だ。
一時期、尚樹と付き合っていたことがあり、その時は誰もが納得する美男美女カップルであったが、まぁいろいろあって長続きはしなかった。
性格の不一致というより、本質的に似すぎなんだろう。二人とも恐ろしいほどの策士で悪知恵が働き、気に入らないヤツは再起不能に追い込んだ挙句に排除する。
更に弥生は自分が『か弱い女性』であることも武器にするから、流石の尚樹でも一歩及ばないところがあるのは事実だ。当然、俺でも歯が立たないほどの策略家である。
その弥生の隣でニコニコと微笑んでいるのが、会計の嶋津有希(2D)。彼女は映画監督の娘だけあって、TPOには滅茶苦茶聡い。
つまり自分が今どうしているのがその場にふさわしいかということを知っていて、更に聞き上手の話し上手である。
この学園におけるゴシップネタなら、有希に聞くのが一番早い。しかもパッと見は可愛い系の女子高生だが、弥生を崇拝しているという恐ろしい性格(?)のため、油断大敵を地で行くようなものだ。
それから、更にその隣でノートパソコンを弄っているのが、もう1人の書記である草嶋和行(2B)。
親は外資系商社の日本支社長で、当然和行も語学に堪能で、俺が知っているだけでも日・英・仏・独・蘭の5カ国はOKだったはず。
それ以上にPCのプロでもあり、実際に幾つかのソフトで特許も持ってるし、日本の公官庁クラスのサーバーなら5分あればハッキングできるというやばいヤツだ。
しかしそれ以上にヤバイのは、コイツはちゃんと本命のカレシがいるというのに基本的に博愛主義で、気に入った男には必ずナンパさせるという可愛いネコで…実は俺も尚樹も…なわけだ。
そして最後、和行と俺の間に座ってるのが、会計の三田村 渉(3C)。
小説家の息子というだけあって物凄い博識なヤツで、特に暗記力は天才クラスだ。
しかも、華奢な体からは想像できないが、抜群の運動神経を生かした天性の喧嘩士で、何故か歌舞伎町やらの裏街では顔が知れている。
ちなみに尚樹の弟の政樹と親友で、実はうちの広報委員長の深山潤一郎(3H)と同棲しているというとんでもないヤツだ。
とまぁうちの生徒会役員っていうのはこんなメンバーで、よくもまぁコレだけのメンバーを集められたものだと思いたくもなるってもんだが、それもこれも全ては尚樹の手腕である。
何せ尚樹はこの学園始まって以来の生徒会会長を2期務めたという恐ろしいヤツだから…。






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初出:2003.10.08.
改訂:2014.09.20.

Fairy Tail