Smilingly 05


「…で、今日はなんの会議だって?」
会議となれば議事進行は副会長である俺の役目だ。
と言っても何について話し合うかも判っていない ―― つまり、今日の会議は恐らく弥生の陰謀ということだな。
要するに、可愛い恋人との時間を優先する余りに、生徒会の仕事に関する指示はすべてメールで済ませていた尚樹に対する嫌がらせ。
それ以外の何事だって言うんだってもんだぜ。
もちろんそのことはここにいる全員 ―― 尚樹も含む ―― が気が付いていることで、それに巻き込まれている俺たちって哀れだよなって気がするのは、俺だけじゃないはずだ。
「何の、じゃないでしょ。体育祭と文化祭についてよ。特に体育祭は時間がないから、さっさと企画案を出してもらわないと、書類が作れないの」
「あ、成程。じゃ、そういうことで、今年の生徒会主催の種目についてだな。誰か、意見のあるヤツは?」
俺と弥生のわざとらしい掛け合いに、不機嫌真っ只中の尚樹はキレる寸前だ。
全く、恋は盲目とはよく言ったもんだぜ。
なんて他人事のようにその時は思っていたのだが ―― まさかそれが俺にも降りかかるとは、これっぽっちも思っていなかったんだ、その時は。



結局、会議なんて確認と報告くらいのもので速攻で片付くと、思いっきり不機嫌な顔をして尚樹が出て行った。
「恋は盲目とは言ったものね。あのカッコつけの尚樹があそこまでのめりこむなんて…」
とは、邪魔をするのが楽しくて仕方がないという感じの弥生である。
「弥生…いいかげんにしておけよ。とばっちりが来るのはこっちなんだからな」
「そうね、でも少なくとも私には来ないし」
「…」
さらりと言いのけられて、俺としては絶句するしかない。全くなんてヤツだ。その上、
「それより、永森君も急がなくていいの? 可愛い子猫とクールビューティが待ってるんじゃなくて?」
「え? な、なんでそれを…」
と言いかけて ―― 弥生の背後でバツの悪そうに隠れる有希の姿に気が付いた。
「有希ぃ〜、お前…」
「え〜だって、もう有名な話になってますよぉ〜。永森先輩が3年のクールビューティを落としたって」
まだ落としてない ―― のが事実だが、それはこの際おいておく。少なくとも、牽制には使えるからな。しかし、
「猫の件は誰から聞いた?」
「ああ、それは俺だ」
そう言ってポンと肩を叩いたのは、うちの広報委員会委員長である深山潤一郎だった。
「いや、マジで偶然だったんだけどな。昨日、ばったりお前のマンションの前で見ちまって」
偶然なんてのは嘘だな。どうせコイツのことだから、学園祭に売りに出すうちの学園のアイドル写真でも狙ってたに違いない。
「…で、いい写真は撮れたか?」
「いや、流石にあの雨の中じゃあな。いくら防水装備でも、ちょっとキツイわ」
「…それでよく『偶然』なんて言えるな。お前は渉の寝顔でも撮って売ればいいだろうが」
「冗談、勿体無くて他人には見せられないぜ」
と、咄嗟に渉を引き寄せて背中から抱きしめるが ――
「…寝顔の写真なんて、いつ撮ったの?」
上目遣いに睨みを利かせて問いただせば、深山がしどろもどろになっていた。
渉は相変わらずのワイルドキャットだ。構ってくれないと拗ねるくせに、構われすぎるとツメを立てて牙を向ける。剽悍でしなやかで、まさに野生の獣そのものだな。
「ったく、じゃれるなら他所でやってくれ。あんまり見せ付けてんじゃねぇよ」
「フフン、妬ける? ま、永森もさっさと奪っちまいな。新開って、結構、スミには置けないぜ」
そう言って深山が差し出したのは一枚の写真。
そこには、直哉と一緒にある男が写っていて ―― しかも写真の直哉はあのあどけない微笑みをその男に向けていた。
この男なら見覚えがある。直哉が転校してきた日に俺が職員室の場所を案内した男で ――
そうだ。何で気が付かなかったんだろう?
あの時、直哉を庇うように寄り添っていて、それは他人には思えなくて ――
「そいつ、保護者ってことになってるけど、どういう関係かはいまだ不明。なんなら調べてやるけど?」
「いや…いい」
一瞬にして沸き起こる不快感。苛立ちと、それ以上に沸き起こる焦燥感。どこか裏切られたような気分と ―― それでいて諦めきれない苦い思い。
「悪いが先に帰らせてもらう」
尚樹のことを笑えないな。
そんな自嘲めいた思いを感じながらも、俺ははやる気持を押さえることができなかった。






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初出:2003.10.11.
改訂:2014.09.20.

Fairy Tail