Finding me 01


粧い、化けると書いて化粧。
歌舞伎の世界では、女形だってホントは男だ。
それを、巧みな化粧で実在の女以上に化けてみせる。
だから、外見なんていかに信用できないか、物心ついたときから思い知らされていた。
とはいっても中身なんてそう簡単に判るわけもない。
だから、判ろうとは思わなかった。
ちやほやしてくれる人がいい人。
甘やかしてくれる人がやさしい人。
それでいいと思ってた。
あのひとに会うまでは ―― 。



目が覚めると、俺はベッドの上にいた。
「寒っ…」
しかも素っ裸で、なんとなく首が ―― 喉が痛い。裸でいたから風邪引いた? いや、違う、そんな痛みじゃない…?
ベッドの上に起き上がって見渡すと、床にシャツが落ちている。
それを拾おうとして立ち上がると、下半身にぬるりとしたものを感じた。
「あ…ヤバ。始末してないや」
途端に思い出す先刻の情事。そうだ、久哉とホテルに泊まって、散々抱かれたんだっけ。
いつもより激しいSEXで、気を失ってたみたいだ。
でもいつもなら久哉がちゃんと後始末をしてくれるのに、何処に行ったんだ? 
ま、いいか。たまには自分で始末するか。
そんなことを考えてバスルームに向かうと、中から水の音が聞こえていた。
「久哉、俺も入っていい?」
ドアの外から声をかける。でも、返事がない。
聞こえないのかな?
ま、いいや。一緒に入ったって今更恥ずかしがる仲じゃないし。
「久哉、入るよ? お邪魔しま…」
ドアを開けた瞬間、ムっと立ち込める異様な匂い。咄嗟に口を押さえて、何気に鏡を見た。
「何…これ…?」
湯気に曇る鏡に映った自分の姿。白い首筋に残る紫色の痣。
そっとそれに手をあてて ―― 思い出した。
―― 許してくれ、郁巳。一緒に…
「ひさ…や…?」
震える手でカーテンを開ける。
「 ―― !」
白いタイルの上に、崩れるように倒れた身体。
そして、排水溝に流れる真っ赤な水 ―― 。
俺が覚えていたのはそこまでだった。



バイトの休憩時間なので非常階段で屋上に上がり、幸洋(ゆきひろ)はふと呟いた
「世の中って…ホント奥が深いな」
つくづくそんなことを思いながら、煙草に火をつける。
このシティホテルのバイトを始めて早くも二ヶ月。
結構収入はいいのだが、世の中の裏側を覗いているようで、繊細な感性の持ち主には長く務められそうにないらしい。尤も、幸洋にその心配はない。
ただ、この日は妙に気になった。あの、二人の客に。
駅前の繁華街からはちょっと離れたこのシティホテルは、割とそういう客が多いらしい。
つまり、男同士の泊り客。確かにラブホテルには入り辛いだろう。
しかし、人の趣味をとやかく言う気はないが、あれはちょっと犯罪じゃないか?
その客は、多分二十代後半と思える男と、明らかに幸洋より年下 ―― 多分中学、下手すりゃ小学生かもしれない ―― まだ男としても身体が出来上がっていない少年というカップルだった。
宿泊記録には同じ苗字になっていたけど、どう見たって兄弟とも親子とも思えない。ま、詮索する気はないのだが。
「だけど、あのガキの方…どっかで見たような気がするんだよな」
はっきりいって幸洋は世間に広い。遺伝学上の父親に学費とアパートの家賃は出してもらっているがそれ以上は断っている手前、今までに携わったバイトの数は両手に余る。
学費を出してもらっている以上、まぁちょっとした意地で成績は落とせないし、留年なんてできやしない。
だから短時間で高収入となると、やはり夜のバイトが多く、そのおかげでいろんな人種と顔見知りだ。
でも、あんなガキと知り合う機会なんて覚えはないが、それなのに気になったのは、子供っぽい表情に不釣合いなほど印象的だったその瞳 ―― 。
一見して判る、気の強さとプライドの高さ。
「どこで見たかなぁ…いや、絶対、どっかで見てるんだよな」
気になるのに思い出せないというのは、気分的に良くない。でも休憩時間もそろそろ終わりを告げてきたので、幸洋はフロントに戻ろうと、8階の非常口からホテル内に入った。
非常口に対してエレベーターは一番奥にある。
この日の集客は7割強といったところだったが、流石に深夜の12時を回っていると廊下も人通りがなくシンと静まり返っていた。
ところが、
―― カチャ
静かにドアが開く気配がして、つい立ち止まってそっちを見てしまった。客の顔はあまり見るなといわれていたので、
―― やべ、まずった?
すぐに視線を逸らそうと思っが、そこにいたのは、あの少年だった。






02


初出:2004.01.24.
改訂:2014.09.13.

Studio Blue Moon