Finding me 12


『お夏狂乱』
恋しい清十郎を求めてどこまでも彷徨うお夏の物語。
既にこの世にはいない男を恋する余り、気が狂い、いつしか通り去る巡礼を清十郎と思い込んで悄然と立つ哀れな姿。
はっきり言って俺の苦手な分野だったけど、嫌だという気力もなくて舞台に立った。
清十郎と恋仲になって、でも主家の娘に手代が懸想なんて許されるはずもなくて。暇を出された清十郎を、家出してまで追いかけるお夏。そのため逆にかどわかしの罪で清十郎は死罪になって。
それを知ったお夏は気が狂い、晩秋の野辺を彷徨い歩く。
狂ったお夏を通り過ぎるものたちが揶揄していって、それでも清十郎恋しさに彷徨い、やがては見かけた巡礼を清十郎と思って悄然と立つ哀れな娘 ――
ただ逢いたくて、恋しい人の面影を求めて。
それがどんなに辛いか ―― 今の俺ならわかっている。



確かに久しぶりの通し稽古だったけれど、踊りきった瞬間、俺はその場に倒れそうなほどの疲労に襲われていた。
「…凄い」
「何かこう…鬼気迫るっていうか…」
「寒気がしてきたな」
肩で息をつく俺には、周りの批評も耳には入らず、ただ、情けないほどにぐったりして起き上がる気力もない。
そんな俺にそっと手を貸して立たせてくれた姉さんが耳元に囁いた。
「貴方にとって、清十郎は誰かしらね?」
「あ…」
「失ってからじゃ遅いわよ。お夏になりきるのは踊りのときだけにしておきなさいね」
そうだ ―― お夏にはなりたくない。
だから ――
「ありがとう、姉さん!」
俺は立ち上がると、舞台から駆け下りていった。



取るものもとりあえず、稽古部屋を出て玄関に向かう。
外は木枯らしが吹き荒れているけど、コートを取りに行くのももどかしい。
今すぐ逢いたい。
逢って伝えたい。
ただそれだけで ――
「やっと出てきたな」
門を出た瞬間そう声をかけられて ―― 俺は立ちすくんだ。
腕を組んで塀に寄りかかって俺を待っていてくれた人。
ちょっと意地悪げに苦笑して、それでいて驚く俺を楽しそうに見ている人。
それは ――
「ちゃんと餌付けしたつもりだったんだけどな。こんなに時間をかけるとは思わなかったぜ」
貝塚さんはそんなことを言いながら、咥えていた煙草をもみ消すとクイッとこっちへ来いと指を立てた。
「餌付けって…相変わらず酷い言い方ですね」
「餌付けだろ? お前は俺が拾った猫だからな」
餌付けの次は猫扱い? ああ、もうこの人は ――
「拾ったんなら…ちゃんと最後まで面倒見てくれるんでしょ?」
「そうだな、まずは躾からだな」
「ふぅ〜ん。それは楽しみですね」
ゆっくり、そんな会話を楽しみながら近づいて、俺は貝塚さんの腕に飛び込んだ。
「ねぇ、俺のこと、好き?」
「嫌いなやつの面倒を見るほど酔狂じゃない」
「…ちゃんと応えてよ」
「煩いことをいう口は塞ぐに限るな」
そういうと、そこが大通りのど真ん中というのに、貝塚さんは俺の口を塞いだ。
ちょっと煙草風味の苦いキス。
でもこんなにゾクゾクとしたのは初めてで。
「俺は好き。貴方が好きだよ」
やっと見つけた、俺が本当に好きになれる人。


そして ―― 俺を見つけてくれた貴方。






Fin.




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初出:2004.03.07.
改訂:2014.09.13.

Studio Blue Moon