Finding me 11


自宅に帰ってきた俺は、表面上は何の変りもないように、週明けの月曜からは学校に通い始めていた。
勿論、学校には久哉とのことはばれてはいないから、先週の休みはあくまでも病欠ということにしてある。
だから、多少やる気がなくても病み上がりだからという目で見てもらえるのは有難いというのは事実。
そんな中で、道路を挟んで向いに高等部の尚樹先輩が中等部にやってきた。
「うちの先輩の機嫌が悪くてな、生徒会の仕事が滞ってるんだよ」
それが ―― 最初は誰のことかわからなかった。
「お前も結構、強情だな。家に帰されて、ご機嫌斜めか?」
「帰されてって…自分の家ですよ」
「でも、それでいいのか?」
そう言われれば ―― いいとはいえない。
確かに自分の家だけど、今の俺にはほんの一週間ほど前のあの場所の方が安心できたのは事実。
あの人の腕の中は温かかったから ―― 。
でも、
「でも ―― どうしたらいいんです? これじゃあ、久哉が死んだから、はい次って感じじゃないですか。大体、男同士だし…」
「今更、性別など関係ないだろう?」
何を言ってるんだと、尚樹先輩は貝塚さんが良くやってくれたように、くしゃっと頭を撫でて言ってくれた。
「そもそも、人が人を好きになるのであって、それが同性か異性であるかは二の次だろう。男同士なんて関係ないさ」
苦笑交じりにそんなことを言う尚樹先輩は、半分自分に言い聞かせているみたいだった。
そう ―― 尚樹先輩は表向きは姉さんと付き合ってるけど、本当に好きな人は別にいる。
この世に人とは思えないほど綺麗で、優しい、尚樹先輩の従兄。
「相手のことをどのくらい思っているか ―― その想いが大事…なんだろうな」
だから ―― 今は見守るだけでいいという先輩。
じゃあ、俺は?
俺はどうしたらいいのかな ―― ?



貝塚さんが好き ―― それを自覚したのは多分その時だったと思う。
でも、どうしたらいいかは判らなかった。
だって、久哉との時は ―― 声をかけてくれたのも、手を引いてくれたのも久哉の方だったから。
だから、どうしたらいいのか判らなくて、ただオロオロと一人で嘆いていたんだと思う。
但し、そんな俺の様子に気がつかない姉さんじゃなかった。
「随分とブルーな顔してるわね」
ここ数日の習慣のように自分の部屋でボーっとしていたら、いつのまにか姉さんが目の前に立っていた。
「ノックしても返事がないから勝手に入ったわ」
そう言ってベッドに座り込んでいる俺を見下ろすと、姉さんは思いっきりため息をついて見せた。
「何か、全てにやる気がありませんって感じね。このまま人生やめちゃう気?」
「大げさだな。ちょっとボケてるだけだよ」
「その年で耄碌? 人生枯れちゃった?」
我が姉ながら、黙ってればホントに美人なんだけどな。
しかも、
「暇なら一曲披露してよ。リクエストしたいんだけど」
「え? これから?」
「そうよ。準備は出来てるからすぐに来てね」
それだけ言うと、姉さんはさっさと部屋を出て行ってしまい ―― って、つまり、俺に「嫌だ」とはいう隙もない。
ま、姉さんの「お願い」を断れるヤツはいないしね。
とはいえ、気力がないのは事実だ。でもすっぽかしたりしたらそれこそ姉さんに殺されかねない。だから俺は仕方がなく、のろのろと立ち上がった。



無意識でも間違えることのない稽古部屋に向うと、そこには姉さんだけじゃなくて多くのお弟子や爺ちゃんまで待っていた。
尤も、それは今に始まったことじゃない。常に「見られる」ことになれるようにと、通し稽古の時は手の空く限り一人の踊りを皆が見るというのがうちのやり方であったから。
「着替えた方がいい?」
「いや、そのままで構わん」
舞台を前にすると、爺ちゃんはいかにも矍鑠という感じになる。
俺を心配してオロオロしていた雰囲気など嘘のよう ―― というより、こっちが普通だ。
「…で、何踊ればいいの?」
やる気のなさが見え見えなのはわかっているけど ―― いつもなら、こんな感じで舞台に立とうものなら、爺ちゃんの叱責が飛んできてもおかしくない。
実際に、そう聞いた俺に爺ちゃんは何か言いかけたけど、姉さんはそれを押しとどめた。
そして、
「お夏狂乱」
そう、言った。






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初出:2004.03.07.
改訂:2014.09.13.

Studio Blue Moon