Finding me 10


再び眼が覚めたときには、冬の太陽がかなり高いところまで上っていた。
「やっと目が覚めたな、眠り姫」
長い足を優雅に組んで、ソファーで寛いでいる貝塚さんの目の前にはすっかり冷めたコーヒーカップと吸殻が山積みになった灰皿があった。
「…煙草、吸うんだ?」
「ああ、嫌いか?」
「ううん、そういう訳じゃないけど」
この部屋に転がり込んでそろそろ一週間。その間、この人が煙草を吸うのを見たことがなかったから、ちょっと意外だった。
尤も、こうやって煙草を吸っている姿っていうのも ―― はっきり言って格好いいけど。
でも、
「嫌なら嫌だって言えよ」
そう言う貝塚さんは、なんか機嫌が悪そうだ。
「ううん、平気。付き合いでお座敷に呼ばれたりすると吸ってる人がいるから、気にしない。…けど」
「けど?」
なんか機嫌が悪そうなところを言うのは気が引けたけど、
「…吸いすぎじゃない、かな?」
「何?」
一瞬、言わなきゃ良かったと思った。
そのくらい、思いっきり睨まれて ―― 自分でも判るくらいにビクッて震えると、貝塚さんは苦笑を浮かべて吸っていた煙草をもみ消した。
「そうだな。悪い。どうも考え事してると量が増えるんだ」
そう言って立ち上がると、苦笑して俺の肩をポンと叩いた。
「そろそろ潮時みたいだな」
「え?」
苦笑交じりに呟く台詞に、ドキリと胸が痛い。
「首の痣も消えてきたし、そろそろ家に帰さないとヤバイだろ?」
「あ…」
それは ―― 最も俺が恐れていたこと。
でも、
「そう…だね」
姉さんが巧く言ってくれているといっても、それにだって限度があるのは判っていた。
いつもでもこの人に甘えていられるわけもないということも。
でも、それでも俺は ――
「送っていってやるから、着替えて来い」
そう言われて ―― 嫌だとは言えなくて。
俺は項垂れたまま寝室に戻った。



たかが一週間ほどのことだったのに、目の前にした実家は酷く懐かしい気がした。
まるで何年も帰っていなかったかのうような余所余所しささえするような気がして。
でも、玄関を開けた瞬間 ――
「郁巳、郁巳―!」
バタバタと軽い足音と共に俺の名前を呼ぶ声がして、気が付いたときには爺ちゃんに抱き付かれていた。
「心配したぞ、大丈夫か? どこか怪我とかしていないのか」
「う、うん。大丈夫だよ。ごめん、心配かけて…」
「まぁええ、お前が無事なら…」
いつもは気丈な爺ちゃんが、こんなにおろおろとしているのは初めて見た。
なんとかっていう勲章とかも持っているような人だ。大抵のことには動じないのに、俺のことでこんなに慌てるなんて。
もしかして、俺って結構、大事にされていたのかもしれない。
例えそれが ―― 川原流後継ぎという名目だとしても。
そんな俺と爺ちゃんを見守っていた貝塚さんは、
「じゃ、俺はこれで…もう心配かけるなよ」
そういっていつものようにくしゃっと頭を撫でると、爺ちゃんのほうを一瞬だけちらりと見て帰ろうとした。
「ま、待って、貝塚さん!」
まだ何も言ってない。お礼も、それに ――
でも、貝塚さんは、
「自分の家のほうが落ち着くだろ? ゆっくり休むんだな」
そう言うと頭を一つ下げて、さっさと行ってしまった。






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初出:2004.03.07.
改訂:2014.09.13.

Studio Blue Moon