Finding me 09


幸洋の携帯に連絡があったのは昨夜のことだった。
『話がある。どういう内容かは…お前が一番よく判っていると思うが?』
どう足掻いても真似のできない「大人」の声。
そろそろ来るだろうなとは思っていたが、こうまでタイミングよく来られると ―― いやでも思い知らされる。
尤も、だからと言って負ける気はないのだが。
「郁巳…?」
冷たいシャワーで頭の中をすっきりさせて寝室に戻ってくると、そこにはすやすやと安心しきった顔で眠る郁巳がいた。
まるで子猫のように身体を丸めて、幸洋の枕に抱きつくように。
「…もうちょっと寝てろよな」
そっと髪をかきあげると、白い項が眼に飛び込んでくる。
あの時 ―― 痛々しいほどに見えた痣はすっかり色を失って、知っている人間が気をつけて見なくてはわからないくらいにはなっている。
結果的には勝手に一人で死んだ男が、最後に郁巳を道連れにしようと首を絞めた痕。
多分、これくらいならもう外を歩いても気がつくヤツはまずいないだろうとも思う。
しかし ――
「ホント、お前ってば猫だな」
そう呟くと ―― 思い立ったように立ち上がって部屋を後にする。
そして、何の躊躇いもなく玄関のドアをあけた。
「今、チャイムを鳴らそうと思ったんだがな」
そこにいたのは、一見してブランド物と思えるスーツを見事に着こなした男。年の頃は30代前半といったところか。
「そりゃナイスなタイミングだったよ。奥でまだ寝てるから、くれぐれも起こさないでくれよ」
そう言いながら身を引くと、男は当然のように中に入ってきた。勿論、幸洋も今更出て行けとは言わない。
「…私は事情聴取に来たんだがな」
「公式記録には載せないんだろ? じゃ、俺でも問題はないはずだ」
「逢わせたくない ―― ということか?」
「そう受け取ってくれるとありがたいね」
リビングへと案内しながら、しかしその先には入れさせないというように寝室の前に立ちふさがる。
その ―― 珍しく年相応の子供っぽさに、相手の男は軽く苦笑を浮かべて見せた。
「何だ。お茶も入れてくれないのか?」
仕方がなくリビングのソファーに腰を下ろすが、幸洋が動く気配もないので残念そうにそういうと、
「仕事できたんだろ? じゃ、アンタは客じゃない」
何を今更といった感じの幸洋の素っ気無さに、思いっきり溜息をついた。
「客じゃなくても親子だろう?」
「生憎、当の昔に親離れしたもんで」
「私は子離れしたつもりはないんだがな」
「いい年して笑わせるなよ」
端から見れば火花が飛び交うといった状況だろうが、生憎、目の前の男の方が遥かに余裕な態度であることは見て取れる。
負けたくはないという気はするが、そう簡単に勝てる相手でもないのは事実。
何せこの男は ―― 遺伝学上は自分の父親であるから。
警視庁刑事部参事官、峰岸警視正。エリート中のエリートだ。
「まぁいい。私も今日は休みでね。仕事はさっさと終わらせて休日を満喫させてもらいたいものだからな」
しゃあしゃあと言ってくれるのは ―― そこはやはり年の功。だったら来るなよと言いたいのをぐっと抑えて、幸洋は寝室へのドアにもたれたまま腕を組んだ。
「アノ件では、別に怪しいところはなかったはずだ。男が一人、宿泊したホテルで自殺した ―― それだけのことだろう?」
そう、そのための細工は完璧だったはず。
アノ部屋に郁巳がいたという証拠は残していないし、宿泊記録も細工をしておいた。
幸いにも応対したのは幸洋だけだったから他の従業員も郁巳の事は気がついていないはず。
但し、実際に郁巳が久哉と付き合っていたということは、ちょっと調べれば足が着くのは簡単なこと。
更に、アノ事件以来自宅にも帰らないでとなれば、怪しまれるのは仕方がないことであるのも事実。
しかし、
「あの件? ああ、ホテルの件か。それなら別に問題はない。寧ろよくやったと言ってやるよ。私としても、前途洋洋たる中学生をマスコミの餌食にするのは偲びがたいからな」
それに、余計な仕事が減るのは助かると、言外に匂わせて言われると ――
(フン、別にあんたのためにやったんじゃねぇよっ!)
と怒鳴ってやりたいところではあるが、ぐっと堪える。
「…だったら、何しに来た?」
「事情聴取といっただろう? 但し、その奥で寝ているボウヤにではなく、お前にな」
「…な…に?」
「そりゃあ、親としては気になるものさ。可愛い息子の恋人がどんな子か…と」
そういわれた瞬間 ―― 幸洋はカッと血が上るのを感じていた。
(調子のいいときだけ、親父面しやがって…)
忌々しく思いながらも、勝てない ―― と思い知らされる。
こんな性悪と血が繋がってるなんて ―― お袋の趣味の悪さを疑うぜ。
だが、
「邪魔するなよ? したら例えあんたでも許さないからな」
「息子の恋路を邪魔するほどは落ちぶれていないよ」
そう言いながら、苦笑を交えて遺伝学上の父親は帰りかけた。
最後に一言残して、
「心配するな。可愛い一人息子の恋人だ。マスコミも黙らせておいてやるが、PTAの方は自分で何とかしろよ」
そういう横顔にどこか楽しそうな色を見つけた幸洋は、思いっきり溜息をついていた。






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初出:2004.02.29.
改訂:2014.09.13.

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