Finding me 08


それから数日。俺は貝塚さんの家に厄介になっていた。
実家じゃ ―― まぁいろいろあったみたいだけど、大抵のことは姉さんが巧く立ち回ってくれているらしい。
あれ以来、姉さんが来ることはなかったが、何度か様子を見に来てくれた尚樹先輩の話ではそういうことになっているみたいだった。
『…アイツの口八丁には恐れ入るな』
と言っていたところから、巧いこと言い包めてくれているんだろう。
だから家のことははっきり言って気にならない。
寧ろ気になるのは ――
「どうした? 眠れないのか?」
最初の日以来、貝塚さんは俺と一緒のベッドで寝てくれて、勿論、純粋な意味での「寝る」なんだけど ―― それがもう当然のようになっているのが、はっきり言って恐い。
この人の腕は、とっても温かくて。
優しくて ―― 包み込んでくれるから。
久哉を亡くしたばかりだというのに、もう心はこの人の名前を呼んでいる。
そんな節操ナシが自分だなんて ―― ホントに情けない。
「うだうだと考えてると、マジにはげるぞ」
「…だから! なんでそう、髪に拘るんですか?」
「そりゃ、お前の髪が気に入ったからに決まってるだろ?」
…そうなんだ。
何でか知らないけど、この人はやたらと俺の頭を撫でたがる。
それも、子供を褒めるときみたいにくしゃくしゃってやつかと思えば、そっと触れるような優しい撫で方だったり。
その時その時でバリエーションが違うから、構われる俺もドギマギしてしまう。
だって ―― 気になる人から触られるなんて、それでなくても平静でいられないってのに、どうしろっていうんだよ?って感じじゃん。
尤も、この人に取っちゃあ、単なる気まぐれに過ぎないんだろうけど。
だって ――
「ホント、お前って猫みたいだな」
もう何を言ってもうまく誤魔化されるのが判ってるから、俺は寝た振りで黙っていた。
勿論、貝塚さんの腕の中だ。
「俺、犬より猫の方が好きなんだよ。ガキの頃から猫が飼いたくってさ」
(だったら飼えばいいじゃん…)
「犬みたいに誰にでも尻尾を振るヤツじゃなくって、俺だけに懐くヤツがサ」
その一言が ―― ズキンと胸をえぐる。
だって、俺は違うよ。
誰にも嫌われたくないから、誰にだって愛想を振りまいてるもん。
『必要ない』って言われたくないから、今まで稽古だって欠かさなかったし。
芸の肥しになるかもしれないってだけで、久哉に抱かれてたし。
そんなサイテーなヤツだってコト、もう知ってるはずなのに ――
(酷い人だね、貝塚さんって…)
腕の中は温かくて安心できるのに、俺は心だけが凍えるように冷たくなっていくのを止める事はできなかった。
多分このままここにいれば ―― 俺は期待するだろう。
こんな関係がこのままずっと続くかもしれないって。
でも ―― それは心配することもなかったらしい。
別れはある日突然 ―― やってきたから。



「割と目立たなくなってきたな」
眼が覚めたら ―― 目の前に貝塚さんの顔があった。
「ん…何?」
「いや…なんでもない。まだ早いから寝てな」
そう言ってベッドから降りると、彼は振り向きもせずに寝室から出て行った。
(何だろ?)
手を伸ばしてベッドサイドの時計を見ると、時刻は6時前。
「うわっ…ホントに早い…。寝てよ」
今日は日曜日 ―― 世間一般は休みのはず。
まぁ貝塚さんはバイトがあるかもしれないけど、でもこんな早くから?
そんな疑問が浮かんできたけど、ぬくもりが残ったベッドは心地が良くて、俺は再び寝入っていた。






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初出:2004.02.29.
改訂:2014.09.13.

Studio Blue Moon