邂逅 12


王宮の西の大参道 ――
その先にある『石版の神殿』は背後に死と再生を象徴する砂漠を擁した聖なる地で、無数の魔物を封印した石版を治めていた。
その数は統括するアクナディンですら判らないほどの無数であり、集められた魔力は計り知れないほどである。
「お、王子。ここから先は危険です」
参道から『石版の神殿』を見上げれば、禍々しいまでの魔力の渦がマハードには見て取れる。
実際、普通の者達もここには近づこうとせず、晴れ渡る青空の下、奇妙なほどの静けさに覆われていた。
「危険? 何がだ?」
「何って…これだけの魔力ですよ。何かあっては…」
「ああ、そうか。お前にはきついかもな」
普通の人間では近づくことすら困難な神殿であり、マハードクラスの魔力の持ち主でも平静ではいられない。
だが、三幻神を使役するユギに取っては何の障害にもならないらしい。
「マハード、お前はここにいろ。ここから先は俺一人で良い」
「え? あ、そんなことできませんっ! 王子っ!」
「いーからここにいろ。アクナディンが戻ってきたら知らせろよ!」
そういうと、ユギはマハードを残し『石版の神殿』へと入っていった。
考えてみれば、ここにその少年がいると言うことはありえない方が確率が高い。
普通の人間では一歩足を踏み入れただけで悪寒と吐き気に襲われ、1分ともたないことは容易である。それは多少魔力の高いものでも同じコトで、六神官クラスの霊力を持つものならともかく、あのマハードでさえ流石に二の足を踏んだくらいである。
しかし、
(確か今日は…アクナディンは父上の補佐で王宮に行っている筈だったよな)
王宮を脱け出すとき、今日はヌビアからの使者が今年の租税のことで来訪すると言う話が出ていたことを思い出す。
かつてはヒクソスを追い払った中興の祖と言われる父王アクナムカノンであるが、ここ数年は身体を壊し、寝たり起きたりの生活であることはユギも心を痛めていた。
だが、エジプトの王権は終身制。その命がある限りはいくら病身であろうとユギに継がれることは許されない。
偉大なるファラオは現世に一人 ―― 神の代行者は、一人しか許されないのだ。
だからその補佐として王弟でもあるアクナディンが父王に仕えているのだが ――
(ん? やはり誰かいるのか?)
アクナディンが留守なら誰もいないはず ―― そう思っていたのだが、
「…何者だ、貴様」
―― カチャリ
冷たい金の輝きが視界を過ぎったかと思えば、喉元に突きつけられたのは紛れもない千年宝物の一つ、千年錫杖。
「なっ…千年錫杖? 何故、これが ―― !」
「…ほう、貴様。これが何か判るのか?」
そう言って喉元に千年錫杖の切っ先を突きつけたままユギの前に立ったのは ―― 蒼い瞳の佳人。
「 ―― !?」
その美貌に、流石のユギも息を呑む。
透けるような白い肌に流れる栗色の髪。
同年代の中では長身と思える体はすらりとしたしなやかさを誇っていて。
何よりも ―― 躊躇うことなく向けられる蒼穹の瞳が、空の青より、海の青より深く澄んでユギを捉える。
『青き瞳の白き竜』 ―― まさにその生まれ変わりと言ったマハードの言葉も納得できる。
いや、寧ろ、人間とは思えないほどの高貴さで。
精霊が迷い込んできたと言っても、誰も疑ったりはしないのではないかとさえ思えてしまって。
余りの美貌に目を奪われたユギは、自分が世継ぎの王子であると言うことさえ言えずにいた。
知らぬこととはいえ、現人神であるファラオの次期候補者に凶器を向けるなど、この場で首を刎ねられても文句は言えないところである。
しかし、
「まさか…貴様、王子か?」
先にそれに気が付いたのは、セトの方だった。
「あ、ああ…一応、な」
「その王子が何の用だ?」
「…その前に、コレどけてくれないか?」
この国の世継ぎの王子が、燃えるような赤い髪と赤い瞳の持ち主だと言うことは有名な話で、曲がりなりにも王宮に関わることになったセトが知らないはずはない。
だが、
「…噂通りの子供のようだな」
そんなことを呟きながらロッドを下げたが、自分の非礼には全く弁解も謝罪も見せる素振りはない。
(おいおい、俺、一応王子なんだけどな?)
追従どころか謙遜の欠片も見せない。誰にも屈せず、従わせることは不可能と思わせる尊高さで。
そんな態度を見せるものは、ユギ自身の身分を知らない市井の子供たちでさえ珍しい。
挙句には、
「用がないならさっさと帰れ。ここは、子供の来るところではない」
そう思いっきり子供扱いされると、流石にユギもカチンと来た。
「子供ってなぁ、俺とお前とじゃあ、大して歳は変わらないだろ?」
「…すべきことをせず、遊び呆けているやつを子供と言うのだ。口惜しければ己の責を果たして見せるのだな」
と鼻で笑われれば、もはや王子だなんだという余裕もない。
「判った。やって見せればいいんだな? いいだろう、覚えておけ、俺は立派なファラオになってお前を見返してやるぜ!」
「フン、面白い。精々足掻いて見せることだな」
そういうと、セトは青いマントを翻し、颯爽と神殿奥へと戻っていった。



「覚えてろ。必ずお前を従わせて見せるからな!」
その想いが ―― いつしか恋心となるなどとは露ほども思わず。
あの蒼に囚われたのが、実は自分の方だと気がつくのも、今しばらく先の話である。






to be continued.





邂逅 11


初出:2004.05.26.
改訂:2014.08.16.