感応 01


百門の都 ―― エジプトの首都テーベ。
その中心に位置する王宮のバルコニーから、日に一度は必ず城下を見下ろすことが現在のファラオ、アクナムカノン王の日課であった。
それは民の安寧を望み、平安を約束すべき王としての責務であるとも心得ているからで、その日も病身を押して民衆の前に姿を現していた。
そんな国民の安寧を望む王を慕う国民は数多く、王宮前の広場にはその姿を見ようと民が集うことも日常であった。
しかし、
「今日はいつもに増して賑やかであるな。何事か?」
その背後には、王弟で六神官の長でもあるアクナディンと、先代から仕えてきた老臣シモンが控えている。
アクナムカノン王の問いに答えたのは、そのシモンの方であった。
「恐れながら、ファラオ。本日は全国から集めた優秀な少年たちがこのテーベに参っております。今後幾つかの試験を経て、王子の学友に相応しい者を選出する次第でございます」
そう恭しく応えると、アクナムカノン王は少し疲れたような表情を見せながらも、
「ああ、そうだったな。だがな、シモンよ。少年期の友とは大人が選ぶものではないぞ?」
「それは十分承知しておりますが…」
何せあの王子のこと。本音はしっかりとした目付け役をつけたいと言うところなのだが、
「まぁよいではないですか、ファラオ。最終的に選ばれるのは王子ご自身でしょう。それよりも…」
シモンに代わって応えたアクナディンは、軽くシモンと目を合わせると、そっと兄王の手をとった。そして、
「この日差しはお体に障ります。さ、そろそろご寝所に…」
と言い掛けて、その視線が一瞬止まった。
(今のは…まさか?)
「…アクナディン殿?」
ふと立ち止まったアクナディンに、シモンが不思議そうに呼びかける。その視線の先には先ほど話題にもなった少年たちの集団があり、飛びぬけて長身の少年が、フードを直している姿があった。
心持ち、マントから覗く腕の白さが目に引くが ――
「いや、何でもない」
そう言ってアクナディンがファラオとともにバルコニーを後にすると、シモンもそんなことがあったことなど忘れ去っていた。



「あれだけの人数をここまで絞り込んだか。まぁ人数は妥当だな」
「一度私たちも見に行きましょう」と言うアイシスの意見で六神官がその離宮に姿を現したのは、王子の学友候補が既に10数人まで絞り込まれてからであった。
現在のファラオはその昔、ヒクソスの侵攻から首都テーベを守り通した王家にとっては中興の祖とされるアクナムカノン王である。
だが王はここ数年病に伏せることが多く、恐らく遠くない未来、王権は唯一の王子であるユギが継ぐことになるだろう。
ところが、その世継ぎの王子は ―― 英明で類稀な才を持ちながらその強大すぎるゆえに力を持て余し、全てのものから一線を画すようにしか接することができないでいた。
それは歴代ファラオの中でも選ばれた者のみが受け継ぐ『三幻神』を使役する宿命というべきか。
いずれは襲ってくる大いなる災いに立ち向かうべき力を持つが故の孤独で。
恐らくは王権崩壊にも繋がりかねない災いに立ち向かうとき、『特別』な存在があればそれが弱点となることは間違いなく、己の枷になるかもしれないから。
それ以上に、『特別』なものを失う結果となるかもしれないから ―― 。
そうして未だ12歳と言う若さで人と関わることを諦めてしまった王子に、せめて友の一人でもいてくれればと願うのは ―― すぎた望みだったのだろうか?
このとき、それがどんな結果をもたらすことになるかなど、誰も予想はしていなかったのだった。






感応 02


初出:2004.08.18.
改訂:2014.08.23.