感応 02


「恐れ多くも王子のお側に仕えることになる者です。選出には抜かりのないようにせねばなりませんな」
現在の六神官の中ではアイシスに次いで若いシャダがそういうと、他の神官たちはクスクスと微笑んだ。
「全く、シャダは若いくせに心配性だな」
「そうですわ。あの王子がそう簡単に私達の思い通りになどなるはずがございませんでしょう?」
実は ―― 王子に学友をとシモンに勧めたのはアイシスなのだが、それは、それで。
「王子は飽き易い方ですから、選出の謁見は一度で済ませたいとお考えのようですわ。尤も、普通の謁見などされる方ではありませんでしょうけど」
そういってコロコロと微笑む姿は、絶対に楽しんでいるとしか思えない。
「王もこの件に関しては王子に任せるとの事。ならば我らが口出しする事ではなかろう」
とりあえずお膳立てはしたから、あとは王子ご自身の判断に任せるのがよいだろうというのはカリムの意見である。
というのも、あの王子が ―― 決められたことや押し付けられたことなどを好むような性格ではないことは百も承知であるし。
そんな柔な王子であれば、シモンも六神官たちも苦労はしないものである。
それに、
「もしかしたら…既にどこかに隠れて、あの者たちを見極めているかもしれませんわね」
などと遠視能力をもつスピリアを使役するアイシスが言い出せば、それはほぼ既成の事実と思えることだ。
「それならば、我等が議論することでもないな」
と、カリムはすっかり投げやりムードである。
しかし、
「心配であるなら…シャダよ。そなたの千年錠であの者たちの精霊(カー)を確認してはどうだ?」
そう言い出したのは、六神官の長でもあるアクナディンだった。
本来ならその人物の内面を探ることにもなる精霊(カー)を見ることは、罪人以外では許されることではない。
それなのに ――
「仮にも世継ぎの王子に関すること。この際は非常の時であろう」
そう言い放つアクナディンの視線は、残された数人の中でも幼い部類に入りそうな二人の少年に向けられていて ―― 特にその一人、このエジプトにあっても珍しい白皙の少年が異彩を放っていたのは言うまでもなかった。
当然その類稀な姿には、他の神官たちも目を奪われる。
しかも他の子供たちが自分達の存在を意識しすぎてカチコチに固まっていると言うのに、全く気にした風もなく。
「気丈な少年ですな。これは、将来、大物になりそうだ」
「恐らく、見られ馴れているのでしょう。あの白皙はどちらの血筋でしょうかしら?」
余りにまじまじと見ていると、逆にその蒼い瞳で挑むように睨み付けてきて。
その気丈さは ―― 幼い仕草と思えてもどこか高貴ささえ漂って。
「深く考えることはあるまい。邪気があるかないかだけでもよいのではないか?」
「そうでしょうか…」
そういってシャダも観念したのか、静かに千年錠を掲げた。



図書室に向かうアクナディンの脳裏には、先ほどまでのシャダとの会話が思い出されていた。
『恐ろしいほどに強力な精霊(カー)を感じます。ですが…その姿がはっきりしません。何かに封印されているというか、薄絹一枚の向こうにあるというか…』
『ただ、イメージするならば「光」でしょうか? まるで光の竜のようで…』
(間違いないな。あれは ―― )
元々、エジプトでは交易が盛んであるから人種は複雑に入り組んでおり、砂漠の民の中には白皙碧眼の種族もいることは事実である。
しかし、あれほどの白皙は類稀で ―― しかもあの気丈さを思えば、脳裏に思い浮かぶのは唯一の人物。
勿論、それを今更確認して何になるとは思えない ―― 思わないが。
(だが、もしもそうであったら…)
―― ギィー
離宮の最奥に位置する図書室の古い木戸を開けると、一瞬、ザワッと空気が流れた。その中にほんの僅かながら邪気を感じたが ――
「…誰だ?」
奥の方から、鋭いながら澄んだ琴音のような声が誰何する。
恐らくは警戒しているのだろう。薄暗い図書室の奥からは息を潜めるような緊迫のみが支配している。しかし、
「これは…アクナディン様?」
ふわりと動く気配がすると、そこに現れたのは光をまとった様な美貌の少年であった。
その一瞬、
『テーベからか参られた神官殿とは貴方ですか? 何卒よしなに』
アクナディンはそんな記憶の彼方に封じていた声を、再び聞いたような気がしていた。






感応 01 /  感応 03


初出:2004.08.18.
改訂:2014.08.23.