感応 06


「何を見た? セト」
「それは…」
見たのは確かだ。そして声も聞いた。
目を閉じればその些細な影の一筋までもありありと思い描けるようで。
だが言葉にしようとした瞬間、まるで煙のように消え去ってしまう。
覚えているのは今は亡き母の姿と。
そしてその側にあって、自分の半身と言われた ―― 高貴な存在。
だが、それを告げることは何故か憚られる気がした。
そう、誰かが ―― 決して他人には言ってはならぬといったような気がして。
それに、
「申し訳ありません。何か見たような気がするのですが…思い出せません」
嘘ではない。だが真実でもない返事で返すと、痛いほどに見つめられている気配を感じた。
だが、
「…そうか…」
まるでその千年眼で見極めんとするほどに見つめられたが、セトは毅然と立ち上がるとその鋭いまでの視線を正面から受け止めた。
そこにはたかが15歳の子供の姿はなくて、まさに生まれながらの天上人のような気高ささえあって。
(似ておる…な。やはり、血は争えぬか…)
どんなときもまっすぐ前だけを見ていた。
あの美しい巫女の姿が思い出されて ―― 。
「そうか…まぁよい。どうやら錫杖はそなたを選んだようだな。これからはその千年錫杖の主として、われらが六神官の一員となるが良い」
それはまるで既に決まっていることのように告げられて、流石のセトも驚愕に面を上げた。
「何と? 私ごとき若輩がそのような大役…」
「構わぬ。その千年錫杖が選んだのだ。後日改めてファラオには私から言上しよう」
(そもそもその錫杖は…セト、今となってはそなたしか手にすることはできぬからな)
六神官を束ねる立場にある自分でさえ、手にすることはできない千年宝物の一つ。
それは、かつての所持者の強い思念が他へ譲られることを拒んでいたからで。
「今宵はゆっくり休むが良い。宿舎へ案内しよう」
「はい…ありがとうございます」
そういうと、アクナディンはセトに錫杖を持たせたまま、外へと歩き出していた。



再びドアが閉められると、宝物殿の中は暗黒の支配する世界となっていた。
だが ―― その場に潜んでいたバクラには、全てのものが手にとるように判っている。
何よりもここに集い吸い寄せられた死霊たちが、バクラの周囲から離れようとはせずにまとわり付いて。
おそらく感じているのだろう。バクラの中に眠る憎悪と、同じ血の匂いを。
そして、この場所からの開放を。
だから迷うことなくそれが納められた祭壇に登ると、バクラはたやすく石棺の蓋を開けた。
中に入っていたのはまるで血で染められたようにドス黒い表紙の魔道書と、妖しく輝く金色の魔道器 ―― 今となってはたった一つ残った千年宝物の一つ、千年輪である。
「千年輪…まさかこんなに早く再会できるとは思わなかったぜ」
そう呟いて手に取れば ―― 途端にバクラの中に凄まじい量の邪念が飛び込んできた。
千年宝物は全部で7個。だがそれぞれに特殊能力を持っており、この千年輪には漂う邪念を察知するのと同時に、その中に捉える力も備わっているらしい。
それともこれは、あの時蘇った邪念の名残か。
だが、
「くっ…おいおい、オレ様をとり殺す気か? オレ様はお前らと同族なんだぜ?」
流石にその凄まじいまでの邪念の量に、一気に死者のように体温が下がっていくのが判る。
まるで「死」への疑似体験。だが、それさえもあの時の恐怖には比べようもない。
一瞬にしてこの髪を白く染めた恐怖。
バクラの生まれ故郷、クル・エルナ村の隠された地下神殿で行われた、あのときの恐怖に比べれば。
「闇の錬金術」は、99の生け贄に最大限の恐怖と絶望を味あわせつつ、千年宝物の材料として生きながらその身体を焼き溶かす世にも恐ろしい秘術。
あの時、闇から這い上がってくる強大な邪念との遭遇に比べれば ―― 。
「まぁ焦るなよ。オレ様が今、開放してやるぜ」
生贄となった者たちは、たとえ肉体は滅んでも魂に安息は得られない。
呪われた魂は、例え肉体が滅んでもあの世に旅立つことは許されず、苦痛を与えられたままこの世を彷徨い続けている。
それはこの世に千年宝物が存在する限り、終わることのない拷問であり。
そして ―― その拷問と引き換えに平安を手にいれたエジプトを、いや、この世の全ての「生きるもの」を呪い続けている。
「来いよ、呪われた魂たち。今こそ力となって、このエジプトを滅ぼしてやれ!」
そういって千年輪を手に取り、その首にかければ ―― リングの針は迷うことなくバクラの胸に突き刺さり、肉に食い込んでその身体に入ろうとした。当然バクラにも身を引き裂かれるような激痛が走るが、それでいてその痛みはやがて快楽にも近い恍惚へと変わっていく。
まるで千年輪の中に刻まれた憎しみが、バクラの胸で血の涙を吐き出すかのような光景で。
そして ―― その怨念はやがて一つの形を作り出し、やがておぞましい精霊獣へと姿を変えていった。






to be continued.





感応 05


初出:2004.10.02.
改訂:2014.08.23.