自覚 10


翌日、謁見の場にはアクナディンを筆頭とした六神官とユギの姿があった。
実は寸前まで出席を渋っていたユギだったのだが、それならば父王が出ようと言い出したために、折れたのである。
尤も、六神官 ―― 中でも、特にセトの同席を条件にしたのは言うまでもない。
「ようこそ参られた、ヌビアの姫君。遠路、御苦労されたことと存じます」
そうアクナディンが挨拶をすれば、ヌビアの第二王女は丁寧に挨拶を返した。
「こちらこそ、王子様をはじめ六神官の方々への謁見をお許しいただき、恐縮でございます。ここに父王からの親書をお持ちいたしました。何卒よしなにお取り計らい下さいませ」
褐色の肌に彫りの深い顔立ちの姫君は、歴々の前とはいえ臆することなく口上を述べた。
年はユギよりもたった一つだけ上であるが、総じて女性の方が早熟なものである。その上、ヌビアの王はなかなかの偉丈夫と聞くが、どうやらその血を強くひいているらしい。
身体つきなどは既に大人の女性と遜色なく、とても砂漠を旅してきたとは思えないような豪奢な衣装で豊満な胸とくびれた腰を強調していた。
匂うような肉感的な美女であり、時折、露骨なまでにユギに秋波を送っている。
それがあまりに目について、何故かセトは機嫌が悪かった。
しかし、
「親書の返事は早急にいたしましょう。今宵は宴の席を設けますので、是非、ご出席を」
「ありがとうございます。それでは、また後ほど」
そう一礼をすると、最後にしっかりとユギに色眼づかいを送りながら、少し厚めの唇に笑みをたたえて姫君は退出していった。
あれこれと危惧した割には、あっけないほどの簡単な謁見である。却って身構えていたシャダやカリムなどは物足りないくらいの感であっただろう。
おそらく公式の場であるここでとやかく言うよりも、後ほど開かれるという宴の席で話を出すつもりなのだろう。
酒席での方が近づくには好都合であろうし、それだけ自分の魅力には自信がありそうだ。
だが、当の本人であるユギの方も全く興味のないようで、姫君の姿が見えなくなると、退屈そうに欠伸をするくらいだった。
そんなユギの様子に、
「いかがでした、ヌビアの姫君は?」
「確かに美人っていうんだろうな」
「謁見の席であのお姿ですからね。今宵の宴の席では、どれだけ艶めかしいものか見ものですわ」
王子もおモテになりますこと、と。アイシスが笑いながら言えば、ユギは
「ああいう女は好みじゃないぜ」
そう吐きだすように言うと、つまらなそうに椅子の上で胡坐をかいた。
そうしてチラリとセトの方を見るが、セトはまったく意に関せずというようにユギの方を見ようともせず、まるで厚い壁の向こうにいるようだ。
(全く…まだ怒ってるのかよ)
冷たく取り澄ました姿は、先ほどの姫君など足もとにも及ばないほどに綺麗だと思う。
ただしその美貌は、触れれば返す手で切りかかってくるような危険を孕んでいる。
(まぁ、そういうところがセトらしいんだけどな)
そんなことを思いながらつい苦笑を浮かべれば、目ざといアイシスが見逃すはずもない。
「それでしたら、王子のお好みはどんな方なのでしょう?」
そこはアイシスのことだ。チラリとセトの方を見て言えば、
「俺の好み? そりゃあ、清楚で色白で細身な知的美人ってところだろ」
ついセトのことを考えていたユギも、口が滑った。
おかげで、
「あら、まるでもう、どなたか思う方がおられるようですわね」
「なんですと! 王子、本当ですかっ!」
全くわかっていないシモンは、飛びかからん勢いでユギに詰め寄った。
「一体、いつの間に…いえ、それより、どこの姫君ですっ!」
「え、えっと…どこのって言われてもな…」
そもそも「姫君」でもない。だが、そんな事を言えば、それこそセトに殺されかねない。
それどころか、
「まさか、城下で見染めたとおっしゃいますか? それでしたら、とりあえずは王宮に呼び寄せましょう」
「いや、城下じゃなくて…」
「なんと! 城下でないとは…それでは、王宮の侍女ですかっ!」
どうやらシモンにはユギの相手が誰であるか全く見当がつかないようで。
当然気が付いているアイシスは意味深にセトの方を見て笑っているし、シャダやカリムも薄々気が付いているようだ。
当の本人であるセトも流石に平静ではいられないようで、凄まじい殺気でユギを睨みつけている。
(おのれ…余計な事を一言でも口にすれば、この場で張り倒してくれるわっ!)
(うわぁ〜、マジ怒ってる。絶対、怒り狂ってるぜ)
つくづくここが謁見の場でよかったと思うユギである。さもなくば、今頃はセトの怒りに触れて到底無傷ではいられなかったことだろう。
そして、そんな二人を、アクナディンだけが何やら苦渋めいた顔色で見守っている。
だが、シモンにとってはそれどころではないようだ。
「王子! はっきり申されませ。どの侍女ですか!」
「いや、侍女でもなくて…まぁいいだろ、まだその話は。相手の了承も貰ってからでな」
「ということは、やはりおられるのですなっ! 侍女ではないということは…巫女ですか? それともどこぞの貴族の娘ですかっ!」
そこは気の短い老人のことだ。あげくには生きているうちにユギの御子を抱ける日が来るかもしれないなどとまで口走り始め、さらには感涙まで流さぬ勢いともなれば、ユギとしても言うに言えないところだ。
(いや、子供は無理だろう。流石に…な)
一瞬、セトとの子供ならどんなに可愛いだろうと思ってしまうが、普通のものなら気死しかねないセトの視線を感じて、ユギは冷や汗をかくばかりだ。
そんな中、
「申し上げます。只今、下エジプトから早馬が参りました」
一見微笑ましい騒ぎに包まれていた席に、一瞬にして緊張が走る。
「何事か?」
中でも騒ぎに入っていなかったアクナディンがすぐさま対応すれば、飛び込んできた使者は拝礼の儀もそこそこにこう述べた。
「はい、アブシールにて不穏な動きがあるとのこと。当地の神殿長ヘイシーンが、武器や傭兵を集めているとのことです」
その報告に一同が驚きを隠せずにいたが、なぜかセトだけは今までの怒りもどこかに失せて、冷静に使者とアクナディンの次の言葉を待っていた。






to be continued.





自覚 09


初出:2008.06.01.