Resurrection 06


ソールズベリー平原に舞い降りると、クリスは忠実な下僕に褒美の口付けを与えた。そして寄り添うように身体を横たえ、静かに眼を閉じる。
降り注ぐ月光が心地よい。
流石に晩秋の風は肌に冷たいが、『青眼の白龍』に守られるように抱かれていればあまり気にならない。
ところが ――
「…まるで、古の財宝を抱く龍って感じだな」
突然聞こえたその声に、クリスは跳ね起きた。
「誰だ!」
―― キシャーアッ!
鎌首を持ち上げて、『青眼の白龍』も戦闘モードに突入する。
しかし、
「眠り姫を起こすのは王子様の熱いkissだよな、あ〜勿体無い。でも、こんなトコで寝てると風邪引くゼ」
そう言って苦笑して見せたのは、あの紅玉の瞳を持つ男 ―― ヘンリーであった。
「何者だ、貴様」
『青眼の白龍』を背後に従えて月光に中に佇むその姿は、まるで月の女神アルテミスである。
気高く美しく、そして苛烈な気性をそのままに映す蒼穹の瞳が、ヘンリーを射抜くように睨み付けている。
しかし、その鋭い視線を向けられた相手の方は、全く気にした素振りもなく、寧ろ苦笑を浮かべる余裕さえ持っていた。
「怒った顔もキレイだな。いやあ、待ってた甲斐があったゼ♪」
「…何者だと聞いている」
ニコニコとマイペースな相手に、クリスも戸惑いを隠せない。更に、
「オレの名は ―― ユギだ」
あえてミドルネームを伝えると、ドクンと、クリスの胸がその名に反応した。
(何…だ? そんな名前など知らないのに…この息苦しさは?)
まるで、遥か昔から知っていたかのような甘い響き。切なくて、苦しくて、そのくせどこか安堵を思わせる既視感。
それは、青眼のカードを初めて見た時の懐かしさと何処か似ていて。
クリスはこみ上げてくる思いを抑えるだけで精一杯だった。
だから ―― 不意に抱きしめられたときも全く抵抗が出来なかった。
「逢いたかった」
「な、何を ―― !?」
「ずっと探してたんだ」
「き、貴様など、知らんわっ!」
「つれないコト言うなよ、クリス。いや、セト」
名前を ―― 余り公では使っていないミドルネームを呼ばれて、クリスの心音が一気に跳ね上がる。
(また…だ。何故、コイツに呼ばれただけで ―― ?)
どんなに甘い睦言よりも、ドキリとする声にクリスの困惑が広がる。
しかも、体格的にはさほど変らないはずなのに、どこにこんな力があるのかと思わせるほど回された腕はびくともせず、クリスを捕らえて離さない。
更には、
―― キシャーッ!!
主の危機に反応した『青眼の白龍』が怒りの咆哮を上げると、
「悪いな、ちょっと大人しくしててくれ」
そう言ってヘンリーがかざしたカードは、『ドラゴン族封印の壷』
クリスの使役する聖獣がドラゴン族である以上、それを封印するには絶対不可欠の魔法カードである。
―― シュルル…
突如現れた壷の中に『青眼の白龍』が吸い込まれていく。
「貴様!」
カードを出したがために束縛が半減した隙に、クリスは腰の剣を抜きヘンリーに切りかかった。
それを間一髪で避け、離さずにいた左手を引き寄せると、体勢を崩した2人はそのまま地面に倒れこみそうになる。
(ヤバ…このままじゃ…)
先に体勢を崩したのはクリスの方であり、腕を掴まれているから当然受身など取れようもない。
だから咄嗟に体勢を入れ替え、ヘンリーは自分を下にして倒れるクリスを抱きかかえた。
「…ってぇ…」
「き、貴様…」
流石に2人分の体重を受身も取らずに支えるのはきつく、ヘンリーの表情に苦痛の歪みが走る。
「馬鹿か? 何故、庇ったり…」
「当たり前だろ、大事なお前に怪我なんかさせられるか」
そういってウインクを返すところなどは、天性のプレイボーイとしか思えない。
これでその辺の町娘や貴族の箱入り娘なら、コロっと落せるのだが。
「フン、余計なことを…だが、そもそもの原因は貴様だからな。当然といえば当然か」
そう冷ややかに言うと、クリスはヘンリーの手を逃れて起き上がろうとした。しかし、ヘンリーの方もそう簡単には離そうとしない。
「離せ」
「ヤダ」
「キ、サマ…」
地面に倒れた拍子に、剣も手から離れている。
更には体勢を入れ替えられ、地面に押さえつけられていた。
それでも、キッと睨みつけられた蒼穹の瞳が外されることはない。
気高く孤高な蒼穹の瞳。
ずっと探していた、唯一無二の存在。
愛しくて、愛しくて、そして ―― 切なくて。
やっと手に戻った存在を確かめようと、ゆっくりと顔を近づけて ――
「グフッ!」
ヘンリーの腹に、クリスの膝蹴りが見事にはまる。
そして、
「Remove Trap! 戻れ、ブルーアイズ!」
一瞬の隙を逃さず「罠外し」のカードを発動させてブルーアイズを生還させると、クリスはその背に飛び乗った。
復活した『青眼の白龍』も、バーストストリーム準備OKである。
しかし、
「やっと見つけたんだ。もう…逃がさないぜ、セト」
地面に座りこんでいるヘンリーは、口調はふざけたようで、でもその紅玉の瞳は恐ろしいほど真摯だった。
『離さない。お前だけは…何に変えても…』
クリスの脳裏で、誰かが囁く。
身も心も溶けてしまいそうな甘い囁きにゾクリと身体を震わせ、目の前の紅玉の瞳に囚われる。
(知っている? いや…知らない。しかし…)
困惑する思考に『青眼の白龍』への攻撃も命ぜず、クリスは不本意ながら退却を図った。
「今日のところはその命を預けておいてやる。だが、次はないと思え!」
―― ゴォーッ!
一瞬、クリスを確かめるように見上げた『青眼の白龍』が、しかし主には逆らうことなく地を蹴って舞い上がる。
そして、残されたヘンリーは天空の人となったその愛しい姿を見上げて、絶対の自信に裏づけされた不敵な笑みを浮かべた。
「逃がすかよ、セト。絶対に手に入れてやるゼ♪」



そして、その3日後 ――
王宮にランカスターの赤薔薇を旗印に、ヘンリー・ユギ・チューダー挙兵の知らせが響き渡った。






to be continued.




Resurrection 05


初出:2003.11.19.
改訂:2006.07.19.

Atelier Black-White