Resurrection 05


ほんの一瞬のすれ違いのはずだった。
夜が明けた今では、相手がどんな服装であったかさえも忘れ去っている。しかし、自分を射抜くように見つめていたあの紅玉の眼だけが忘れられなかった。



「流石ですネ、クリス。見事、『青眼の白龍』を召還したそうで…」
独特の口調で馴れ馴れしく近づいてきたのは、同じく薔薇十字団のペガサス・J・クロフォード。薔薇十字団の前任総帥の副官だった男である。
「しかし…素晴らしく美しいデース。ドラゴン族最上級の位階にあるものは、流石に違いますネ」
まるでアナタのように ―― と、差し伸ばされた手が絡められるのを平手で拒絶すると、クリスは冷ややかな視線を投げつけた。
ソールズベリーの平原で行われた古代儀式魔法によって顕現した美しき聖獣。
数ある精霊の中でも最高位に属するその聖獣は、並みの者では対峙するだけでも気死するほどの威圧感と神々しさを撒き散らしている。
ただのカードであった頃でさえも所有するものを選ぶといわれ、金に物を言わせて買い求めた現国王もその威風に躊躇し、かのロンドン塔に封印していたという代物であった。
誰もがかの聖獣を従える人間などいないだろうと信じていたほどに。
かの聖獣を従えて立つ者など、この世にはいないだろうと思われていたのに。
「フフッ…相変わらずの気の強さですネ。その気性が、陛下にもお気に召されているのでしょうネ」
「…何が言いたい?」
「いえ別に。我ら『薔薇十字団』の新しき総帥が、アナタのように才色兼備な人物で良かったと思っているだけデース」
奥歯に物の挟まった言い方 ―― しかし、その真意はクリスにはイヤというほど判っていた。
薔薇十字団は国王の直参の軍隊である。当然、実力だけでなくその生まれや家柄も入団の際にはチェックが事欠かない。
だから、本来ならクリスには入れるようなところではなかったのだ。
剣の腕も戦略を練る頭脳も申し分がないことは自負している。しかし、何の後ろ盾も持たぬ、一介の騎士でしかなかったあの頃の自分では。
―― キュウルルル…
言いたいことだけ言って去っていくペガサスを忌々しく見やると、聖なる僕は主人の心情を思ってか、そっと頭を摺り寄せてきた。
「イブリース…心配するな。俺なら大丈夫だ」
そう言いながら ―― どうしてもあの紅玉の瞳を脳裏から消すことだけが、クリスには出来ないでいた。



『青眼の白龍』という強力な僕を手に入れたとはいえ、戦が連日のように起きるということはなく、クリスはそれから暫く、王宮内にある自分の執務室で雑事に追われる日々を過ごしていた。
歴史の流れからすれば戦争中と言われるであろうが、一つの戦を起こすにはそれ相当の準備期間も必要である。
ましてや、かたや既に王位を得ているヨーク家に比べ、ランカスター家には嫡流さえ途絶えている。
担ぎ出す王子はいるにはいるが、つい先日までフランスに亡命していたということもあり、多くの者たちがこのまま『薔薇戦争』と呼ばれたこの戦いがなし崩し的に終結するだろうと思っていた。
(それなら…それでも構わぬがな)
一介の騎士から薔薇十字団の総帥まで上り詰めたとはいえ、クリスが真に欲していたのは青眼のカードのみである。
無論、己の能力に対する正当な評価というものは望むところであるが、それも全て『青眼の白龍』を手に入れる条件の一つに過ぎない。
だから、戦がどうのなど自分には関係ない。ただ薔薇十字軍の総帥として青眼のカードを持つ以上、その任を全うするということは義務の一つという認識はあったが。
それゆえに、情報を収集し補給を整え鍛錬を怠らず ―― それは極当たり前の日常であったが、それなりに多忙を極めることも確かであった。
ましてや、クリスがいるのは王宮の一角である。余計な雑事はそれだけで加速する。
そして ―― 王宮といえば、悪意のある下世話な噂話が広がるのも一瞬のことで。
これが一介の平民が口にしていれば、すぐさま不敬罪で処断も出来るが、相手が貴族であればそうもいかない。
それ以上に不快なのは、事実だけを見ればそれが真実であるということで ―― 平静を装っていたクリスであったが、その日はどうしても我慢がならず、一度は城下の自宅に戻りながら、夜中には召還した『青眼の白龍』によってあの始まりの地へと向かっていた。






Resurrection 04 / Resurrection 06


初出:2003.11.19.
改訂:2006.07.19.

Atelier Black-White