Declaration 01


「これまでの武勲も考慮し、クリスチャン・セト・ローゼンクロイツを近衛師団『薔薇十字団』総帥に任命する。異存のあるものはおらぬな」
多くの大貴族や騎士たちが居並ぶ謁見の間で、珍しく上機嫌な現国王リチャード3世がそう宣言するのを、クリスは表面だけは恭しく聞き入っていた。
「身に余る光栄でございます、陛下」
玉座の前に膝を屈し丁重に応える。熱のない冷めた声であるが、次に顔を上げた瞬間、居並ぶもの全てがその美貌に釘付けになっていた。
透けるような白皙の肌に、天界の技師によって作られたと思わせるような美貌。
その美しさはこの世のものとは思えず、どんなに彼に反感を持つ者でも息を呑まずにはいられない。
唯一つ ―― その蒼穹の瞳が放つ野心だけは隠し通される事はなかったが。
「これは余からの褒美じゃ。受け取るが良いぞ」
玉座からの声を聞き、クリスは初めて立ちあがった。
白地に金であしらった軍服はまるでクリスのために用意されたと思わせるようなものである。
そして、更にもう一つ。
「『青眼の白龍』のカードをローゼンクロイツに下賜する。更なる忠誠を望むぞ」
「陛下の御意のままに…」
誰もが認めずにはいられない、絶対の「対になるもの」。蒼穹の瞳を持つ白き聖獣と、その主の存在であった。



ようやく己の体から離れた国王の背中を見送って、クリスはゆっくりと寝台の上に身体を起こした。
その瞬間に下肢に鈍い痛みが走り、流石に眉が顰められる。
(クッ…散々、好きにしおって…)
痛みを逃がそうと息をつけば、己を蹂躙した男が体内に残した欲望の残りが細い足を汚した。
その不快さにゾクリと身を震わせながら、それでもクリスは気丈にも床に落ちた服に手を伸ばした。
灯りは消されているが、今夜も見事な月夜である。
窓から差し込む月光がクリスの白い身体を蒼く染め上げ、さながら幻想的な妖しささえ醸し出していた。
―― コトッ
かすかな物音がし、人の気配を感じ取る。
しかしここは王宮の最奥。ここに足を踏み入れることができるのは ――
「そうした姿も…流石に絶品であるな」
在位2年に満たぬ国王リチャード3世は、年も未だ30台前半である。
父親のエドワード4世同様、宮廷では美丈夫として有名であるが、どこか冷たい印象を与えるのはその人となりのせいであろう。
己の野望のためには幼い甥達までも粛清のリストに掲げることに躊躇いもなく、密かに闇に葬られた魂は、ロンドン塔にいまだ幽閉されているという噂も絶えてはいない。
しかし、そんな冷酷な君主に対して、クリスは隠微な笑顔を作りあげると優雅に振り向いた。
「お戯れがすぎます、陛下」
「そなたの真意は計り知れぬのでな。あの聖獣と共に、余の元からいつ逃げるつもりか?」
「何を仰せに…私がお仕えいたしますは陛下の御側のみでございます」
一糸も纏わぬ裸体を晒し、クリスは国王の胸にその身を委ねた。
身体など欲しければいくらでもくれてやる。心を偽ることにも何の躊躇いすらない。クリスにとって一番欲しいものは ――
「しかし…そなたは誠に美しい。背徳の美とはそなたを具現しているようなものだな」
抱き寄せたクリスの身体を寝台に戻し、国王はその白い身体を組み敷くと再び愛撫の手を深めた。
「…陛下…あっ…」
一度汚された身体に火が着くのは早い。
しかしそれを隠すように恥らって見せれば、嗜虐性をもつこの男が自分に執着することは計算の上である。
「陛下…もう、お許しください。明日は軍議が…」
「構わぬ。戦など他の者にやらせておけば良いかろう。そなたは儂の元におればよい」
「しかし…ああっ…」
度重なる血の粛清で国王に対する家臣の忠誠は皆無に等しい。そのことは当の本人である国王も気付いている。
いや、そもそも家臣すら信用などしていないのだ、この男は。
誰も信用しない冷酷な男 ―― しかし、クリスに対する執着だけは異なった。
それはもしかしたら、クリス自身が持つ氷の心を知っているからかもしれない。
クリスもまた、己自身しか信じてはいなかったから ―― 。
「そなたが女であればな。儂の子をなし、次期の王の座をくれてやるものを」
そんなことを耳元で囁きながら、国王には判っていた。
この美しい獣が、俗世の地位など欲してはいないことを。
欲しているのは ―― 失われた3枚のカード、『青眼の白龍』だけであると。
唯一存在が確認された1枚のカードのため、その身すら惜しげもなく差し出す潔さに、嫉妬を感じなかったとは否定できない。
いや寧ろ、そこまで欲するには隠された価値があるのかと、疑いすら思ったものである。
国王が知るだけでも、5指に余る術者があのカードを手に入れながら、伝説の聖獣を呼び出すことすらできず、失意のうちにこの世を去ったといわれていた。
そのため、いくら『ローゼンクロイツ』の名を継承したとはいえ、一介の若い騎士にすぎないはずのクリスが、あまつさえ伝説の龍を蘇らせ、しかもそれに主と認めさせるとは到底思えなかったのだ。
あの、聖獣と共に帰城した朝までは ―― 。
そしてその姿を見た瞬間、誰もが納得せずにはいられなかった。
カードの図案と同じく蒼穹の瞳をもつ伝説の龍と、その龍と同じ色の眼を持つ美しき主の、いわば半身同士とでも思える対の存在に。
そして、その神々しいまでの姿を見た瞬間、玉座以上に欲しいと思ったのは事実であったから ―― 。






Declaration 02


初出:2003.11.26.
改訂:2014.08.30.

Silverry moon light